第103話 魔術に関する説明②



「それでは、まず魔術とは何かという説明だが……、麗美、実践してくれるか?」



「かしこまりました!」



 元気よく返事をした麗美が、立ち上がって全員に見せつけるように人差し指を立てる。

 同時に、指の先端に火が灯った。



「これが最初級の魔術、灯火ともしびです。見ての通り、指先に火を灯すだけの魔術ですね。消費魔力は数値で言うと1といったところです」



 そう言って麗美は指先の火を吹き消す。

 まるで銃口を吹くガンマンのようだが、すすが発生しないので煙は出ない。



「少々地味で申し訳ないが、魔術とは基本このようなものだ」



「このようなって……、流石にその説明じゃ大雑把過ぎでしょ……」



 坊ちゃんからすかさずツッコミが入る。

 まあ、これは当然の反応だろう。



「要するに、魔力を用いて人間単体では引き起こせない現象を発生させる技術全般と思ってくれ」



 人間は道具無しでは火を発生させることはできない。

 しかし魔術を用いれば、それが可能となる。魔術では他にも、水だったり電気だったりを発生させることが可能だ。



「魔力はあらゆる事象に干渉することができる、言わば謎エネルギーだ。俺達魔術師は、その魔力を操ることで様々な魔術を行使している」



「それは、俺が使える『身体強化』ってヤツもなんだよな?」



「そうだね」



「……俺には、その魔力を操るってのがよくわからねぇんだが」



「尾田君は自然体で魔力の循環が行えるようになったようだからね。典型的な戦士タイプというやつだ」



 戦士は、魔力の扱いに精通していなくとも『身体強化』を体得することができる。

 それはある種のセンスのようなものであり、一般人にはない資質だ。

 尾田君は恐らく、以前『魔力起こし』を施した際にそのきっかけを掴んだのだろう。



「戦士タイプ?」



「そういった才能があるということだ。本来であれば魔力の扱いをある程度学んだうえで習得可能な技術なんだが、戦士タイプの人間はそういったプロセスをすっ飛ばして『身体強化』を発現する。全くもって理不尽な存在だよ」



 天才という存在は往々にしてそういう傾向にある。

 俺も賢者などと呼ばれてはいたが、基本的に努力がベースであるため、天才という存在にはよく困らされたものだ。

 アイツら、研究発表のときですら肝心な説明をすっ飛ばすからな……



「もしかして、褒められてるのか?」



「ああ。君のそれは、紛れもなく才能と言えるよ」



 俺がそう言うと、尾田君は照れたような顔で視線を逸らし、頭をポリポリとかく。



「尾田君は特殊なケースだが、魔力の扱いを学んでいけば『身体強化』などの魔術は誰でも習得が可能だ。俺や一重ひとえはもちろん、麗美や静子も習得している」



「あ、あの、それじゃあ、その『身体強化』っていうのは、私にも使えるってこと?」



「もちろん使える。津田さんだけじゃなく、シンヤ君も坊ちゃんも習得可能だ。というか、してもらうつもりでいる」



 『身体強化』は、全ての魔術師が最初に覚える基本魔術である。

 学院では、その生徒が将来的に戦闘をするしないに関わらず、真っ先に覚えさせられるのだ。

 その理由は、魔力の扱いを身をもって学ぶことができるというのと、結局全ての資本は体だという理念からだ。

 頑丈な体があれば、高度な魔術の負荷にも耐えられるし、睡眠時間を削って研究に時間を充てることも可能になる。

 ……まあ、あまり推奨できることではないが、いざという時に無理ができるのは良いことだ。



「『身体強化』を習得すれば、そんじょそこらの不良相手であれば不覚を取ることもなくなるだろう。だから、如月君達にはまずコレから覚えてもらうつもりだ」



「え……、それって、今後そんじょそからの不良に絡まれる可能性があるってこと?」



「可能性がある、とうだけだがね」



 麗美の情報では、この街の周辺都市で転生者絡みと思われる不良たちの抗争が行われているという。

 『淫魔の角』の粉末がそういったアウトローから流れてきたブツであることを考えると、関りがないとも言い切れない。

 そういった者達から最低限身を守るすべとして、『身体強化』の習得は必須と言えるだろう。



「勘弁してよ……。僕、争い事とか無理なんだけど……」



「あら、あんなこと・・・・・をしでかした人が言うセリフでしょうか?」



「いや、アレはその、魔が差したというか……」



 坊ちゃんは以前、俺と一重を罠にハメた上で、不良たちで囲んで暴行を加えようとしたという前科がある。

 確かにそんな人物が言うセリフではないかもしれない。



「安心してくれ。坊ちゃんに『身体強化』を覚えてもらうのはあくまでも保険というだけだ。基本的には君に危害が及ぶことはないだろう」



 他地域の不良たちが不特定多数の者を標的にしてくる場合はその限りではないが、そうでなければ坊ちゃんまで手が伸びる可能性は少ない。

 もしそうなった場合も、『身体強化』さえ習得していれば逃げることは容易いだろう。



「だったらいいけど……」



「シンヤ君と津田さんに関しても、覚えてもらうのはあくまでも保険だと思って欲しい。表に立つのは俺達の仕事だ。裏方である君達には手が及ばないようにするつもりだ」



 より正確には、俺の仕事である。

 一重や麗美にも協力はしてもらうつもりだが、彼女達は女性だ。

 戦闘力的にはプロの格闘家にすら勝てるだろうが、それでも危険な真似はさせるべきではないだろう。



「……それで? その『身体強化』っていうのは具体的にどうすれば習得できるの?」



「まずはさっき言ったように魔力門の開放を行う。安全に行うために、シンヤ君と坊ちゃんには魔力を感じ取ってもらうことから始めてもらおう。麗美、協力してくれ」



「わかりました」



「え? あれ? 私は?」



 津田さんが自分を指さし、キョロキョロと顔を動かす。

 自分が対象外にされたことを不思議に思ったようだ。



「津田さんは再封印の際に魔力には触れて貰っているからね。その段階はもう終わっているよ」



「あ、そうなんだ……、って、もしかして、アレ・・を二人にやるの!?」



「いや、やるのは手を握るだけだよ」



 津田さんは変なことを想像したのか、少し顔を赤くしている。

 俺達が抱き合う姿でも思い浮かべたのだろうが、顔を赤くするようなことだろうか……



「それじゃあ、早速だけど始めよう」



 俺はシンヤ君の、麗美は坊ちゃんの手を握り、魔力を籠める。

 しかし、二人の反応は薄い。

 どうやら二人には魔力を感じるセンスが欠けているようであった。



(前途多難だが、まあこれも予測済みだ)



 元々この世界の人間は、基本的に魔力を感じ取るセンスを持っていない。

 一重や尾田君のような存在の方がレアケースなのだ。



「……あの、全然何も感じないのですが」



「そのようだね。しかし、こうして根気よく続けるしか方法はない」



 正直、この工程にどの程度時間がかかるかは俺にもわからない。

 静子の時は一週間かかったが、果たして彼らにはどのくらいの時間を要するだろうか……



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