第101話 本当の顔



「こ、これが神山の部屋、なんだね……」



 津田さんは、俺の部屋に入るとキョロキョロと周囲を見渡している。

 別に見られて恥ずかしいものはないが、あまりキレイにしているとは言えないので少し気まずい。



「煩雑で済まないね」



「ううん。思ったよりもキレイだなって。……なんか、トレーニンググッズとかあって、ちょっと意外かも」



「まあ、こう見えて鍛えているからね」



「あ、それはわかっている……あ、いやその……」



 津田さんは顔を赤くしつつ言い淀んでしまった。

 ……まあ、何かと触れる機会も多かったから、俺の体が鍛えられていることくらいわかっているだろうな。



「……早速だけど、儀式を開始しようか」



「い、いきなり!?」



「……何か準備が必要かな?」



「えっと、心の準備?」



「では、速やかに済ませてくれ。あまり時間もかけられないからね」



「…………」



 津田さんは何故かジト目で俺のことを見てくる。

 そんな目をされても、事実なのだから仕方がないではないか……



「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……。じゃ、じゃあ、その、お願いします……」



「では、失礼するよ」



 そう言って、俺は津田さんの脇から手を背に回す。



「津田さん、君の方からも俺の背に手を回してくれ。なるべく密着したい」



「み、密着……。わ、わかった」



 津田さんは恐る恐るといった感じで俺のせに手を回してくる。

 さらに、俺は足を絡ませてより密着度を増す。



「ひぅ……」



「津田さんの方からも足を絡めて。俺からだけだと、バランスが取れない。それとも、ベッドの上で行うかい?」



「何その二択!? わ、わかった! やるから! ベッドは無しで!」



 俺の方も意地悪をしたくて言っているワケではない。

 魔力を満遍なく循環させるという、ちゃんとした理由で、密着の必要があるのだ。

 決してやましい気持ちがあるワケでは……



(ゴクリ)



 あるワケではないのだが、津田さんのボリューミーな胸が押し当てられているという状況はとてもマズい。

 さっきから余裕ぶった態度をしてみせてはいるが、内心ではドキドキであった。

 絡められる脚も蠱惑的で、押し当てている股間も色々と厄介なことになっている。


 既に鎮静の魔術は使用しているが、こんなものは気休め程度なので、思春期の強い性欲を抑えることは難しい。

 転換の秘法を使うついでにコチラにも強力な暗示をかけたいところだが、封印術にはかなりの魔力を消費することになるため、そんな余裕は一切ない。

 つまり、あらゆる意味でギリギリなのであった。



「それじゃあ、始めるよ」



「う、うん。お願いします」



 俺はまず、津田さんの魔力と同調を開始する。

 封印を施したあの日から、彼女には自身の魔力が目覚めている。

 だからまずはしっかりと同調を行い、俺の魔力を彼女の魔力の波長を合わせる。

 その上で少しずつ魔力を流し込み、循環させていく。



「んっ……」



 津田さんにもそれが感じ取れるようで、何か違和感のようなものを感じているようだ。

 ……しかし色っぽい声を出すのはやめて欲しい。

 この状態では俺がそういう状態になってしまうと、彼女にバレバレなのだ。

 いや、バレる云々以前にほとんど犯罪なのでヤバイ。



「津田さん、違和感を感じるかもしれないが、少し我慢してくれ」



「う、うん。でも、何か入ってくるような感じがして……」



 ……いや、実際に入っているんだけど、その、言い方が非常に艶めかしいのでやめて欲しい。



(いかんいかん! 集中しろ、俺……)



 術式に狂いは無いが、精神状態が伝播する恐れはある。

 そうなると彼女に動揺を与える可能性が出てくる為、魔力の波長が狂いかねない。

 俺は舌の端を噛むことで邪心を振り払う。



(心頭滅却すれば火もまた涼し。心頭滅却すれば火もまた涼し……)





 ………………………………



 ……………………



 …………





 術式が無事完了し、リビングに戻ると、麗美が食卓の前で食べかけの朝食を凝視していた。



「……なにをやっているんだ?」



「はっ!? いえ、とても美味しそうなお料理でしたので、つい目が……」



「なんだ、朝食食べてないのか?」



「はい。朝は基本的に食べないことが多いので……」



「なら食べていくといい。結構余分に作ったからな」



 今日の朝食はスクランブルエッグにほうれん草とコーンのソテー、そして食パンである。

 食パンはもちろん津田ベーカリーのものだ。



「作った!? これはマスターが作ったのですか!?」



「ああ。我が家の料理は基本的に俺が作っているからな」



「なんと! 是非食べさせていただきます!」



 ありふれた料理なのに、何をそんなに興奮しているのだろうか……

 別に作り手が俺だからって、何かエンチャントされているワケではないのだが……



「あ、良かったら津田さんも一緒に食べていくかい?」



「ふぇ!? う、ううん、私はその、もう色々とお腹いっぱいだから、大丈夫です……」



 何が色々となのかはわからないが、津田家はちゃんと朝食をとる習慣があるようだし、流石に二食は厳しいのだろう。

 ……それにしても、さっきから一重の視線がやけに気になる。

 先程の津田さんのようなジト目ではないが、何かを見極めているようなあの視線は一体……?


 気にはなるが、とりあえず俺は麗美の朝食を準備するとしよう。





 ◇





 戻ってきた良助と津田さんのことを、私は念入りに観察した。



(二人とも、やや上気したような顔をしている……)



 それはまるで、何か情事の後のような雰囲気で、胸がチクりとする。

 良助のほうは……、正直何を考えているのかわからない。

 もう十数年の付き合いだというのに、私は未だに彼の表情を読むことすらできないのだ。

 それが堪らなく悔しい。


 津田さんの方は、もう見るまでもないだろう。

 この子は確実に、良助に恋をしている。

 そしてその想いは、私や静子ちゃんに匹敵するものかもしれない。

 何故なら、彼女の想いもまた、私達と同じくらい前から続くものだからだ。


 そう。私は、彼女のことを憶えていた。

 憶えていながら、良助には伝えなかったのだ。

 それはもちろん、自分のライバルになる可能性があったからだ。


 幼稚園時代、彼女は何故か男の制服を着ており、見た目も今よりもふくよかだった。

 そのせいもあってか、他のみんなは全員、彼女のことを男の子だと思っていたと思う。

 私だって、注意して見ていなければ気づかなかっただろう。


 あの頃から、良助を見る彼女の目は、恋する乙女そのものだった。

 そのことに気づけたのは、私が普通の子より精神の成熟が早かったこと、そして何より、私も良助に恋をしていたからだ。


 そんなあの子と高校に入って再会したとき、私は少なからず動揺した。

 彼女は見た目もキレイになり、スタイルも抜群に良くなっていたからだ。

 ……でもそんな彼女は、良助のことをすっかり忘れていた。


 幼少時代の恋心など、所詮そんなものだろう。

 そう思いつつも、良助のことを簡単に忘れてしまった彼女のことを、心の中で見下していた。

 でも、彼女は何かのきっかけで、それを思い出してしまった。

 結果として彼女と良助の距離は縮まり、今のような状態になってしまっている。


 非常にマズい状況だった。

 残念ながら、良助はまだ、私に恋愛感情を向けてくれていない。

 あの日遊園地で唇まで重ねたというのに、良助の感情は未だに私の方を向ききっていないのだ。

 それは恐らく、幼少の頃から感じる良助の父性のようなものが原因なのだと思う。

 それを覆さない限り、良助の愛情を恋愛感情由来のものに変えることは困難だ。


 最近は、自分の女の部分を少しは意識させられていると思うが、完全に意識させるのにはまだ時間がかかるだろう。

 かといって、今まで良助が作り上げたと思っている・・・・・私のキャラクターを崩すワケにはいかない。

 私は純粋で無垢なまま、良助を誘惑する必要があるのだ。


 ……なんて困難なことだろうか。

 でも、私は諦めない。



(リョー君……)





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