第100話 やましい気持ちなどない……ハズ



 ピンポーン♪



「あら? 誰かしら?」



 朝食中に鳴り響いたチャイムに、母さんが怪訝そうな顔をしつつもインターホンの画面を操作する。

 我が家のインターホンはカメラ付きなので、ボタン操作で来客者を確認することができるのだ。



「……良助、アンタと同じ中央誠心高校の女子生徒が来てるんだけど、どういうこと?」



「ん、ああ、津田さん達か。そういえば今日ウチに来るって母さんには伝えてなかったな」



 インターホンを覗くと、津田さんと麗美の姿が映っていた。

 二人とも、何故か少し強張った表情をしている。

 ウチに尋ねてくるのは初めてなので、緊張しているのかもしれない。

 俺はインターホンのスピーカーをオンにして二人に声をかける。



「おはよう二人とも。今迎えに行くからそこで待っていてくれ」



『は、はい! マスター』



 麗美の返事を聞き終えると同時にスピーカーとカメラをオフに切り替える。

 そのまま二人を迎えに出ようとすると、何故か母さんが俺の手を掴んで引き留めてきた。



「待ちなさい。どういうことか説明しなさい」



「ああ、彼女達は俺のクラスメートだよ。今日は一緒に登校するからウチで合流することになっていたんだ」



「クラスメート? ただのクラスメートが、わざわざ一緒に学校行くために迎えに来るの?」



 そう尋ねてくる母さんの目つきが若干険しい。

 これはどうやら、面倒な勘違いをしているようだ。

 しかし、どう説明したものか……


 現在、津田さんは『淫魔の角』の影響を受けており、定期的に再封印を施さなければならない身である。

 その周期はおよそ一週間であり、ローテーションを組んで月曜日の朝に行うことにしたのだが、再封印は過度の密着……具体的に言うと抱きしめた上で行う必要がある為、なるべく人目につかない場所で行う必要があった。

 そういった経緯から我が家に招くことになったのだが、これを母さんにそのまま説明することはできない。

 何かうまい理由を捻り出す必要があるだろう。



「母さん、何か勘違いしているようだが、彼女達は一重のクラスメートでもある。友達が迎えに来るのくらい普通のことだろう」



「だったら普通一重ちゃんの家の方に行くでしょ。なんでウチに来るのよ」



「それはもちろん、二人には一重がウチで一緒に食事を取っていることを伝えてあるからだよ」



 嘘は吐いていない。他に目的があることを話していないだけで。



「……本当にそれだけ? なんだかとても納得いかないんだけど」



「……なんでそんなに疑うんだ」



「あの子達が異様に可愛いからよ! 良助アンタ、また何かやらかしたんじゃないでしょうね……」



「またって何のことだろうか……」



「静子ちゃんのことよ! 私、未だにあの子の親御さんから避けられてるんだからね!?」



 ああ、なるほど。疑うには十分な前科が俺にはあったな……



「その件についてはとても反省してるよ……」



 静子の親御さんは、俺のせいで自分達の娘がおかしくなったと思っている。

 いや、実際に俺のせいで彼女は変わってしまったので、誤解でもなんでもないのだが……、とにかく俺はその件で目の敵にされているのだ。そのついでに、どうやらウチの両親も避けられているらしい。



「アンタってば、可愛い子ときたら見境なく変な道に誘い込むじゃない! 今回も何かやらかしたって思うのは当たり前でしょ!」



「ちょ、待ってくれ! それは完全に誤解だ! 俺は見境なく変な道になど誘い込んでいない!」



「一重ちゃんと静子ちゃんを誘い込んでるでしょ!」



 ぐぬ……、否定できない……



「母さん! 本当に今回は違うんだ! 信じてくれ!」



「私だって息子のことは信じたいわよ! でも、さっきあの子、アンタのことマスター・・・・とか呼んでたじゃない!?」



 麗美ぃぃぃぃぃぃぃ!!!

 お前はまたしても余計なことを!!!


 ……これはアレだ。致し方なしというヤツだ。

 すまない母さん。



『眠れ』



 俺は言葉に魔力を籠め、母さんに眠りの暗示をしかける。

 長年パスを通してきただけあり、母さんはいとも簡単に眠りの暗示にかかってくれた。





 ………………………………



 ……………………



 …………





 とりあえず母さんをソファに横たえ、津田さん達を家に招き入れた。



「お邪魔しまーす……ってあれ?」



 恐る恐るといった感じでリビングに入った津田さんは、横たわる母さんを見て目を丸くしている。



「……母さんには眠って貰った」



「な、なに、その悪役っぽいセリフ……」



「仕方なかったんだ……」



 困ったときにすぐ魔術に頼ろうとするのが、魔術師の悪い癖だ。

 しかし、前世からの悪癖であるため、中々矯正できずにいる。



「一体、何があったの……」



「諸事情諸問題があったんだ」



「何それ……」



「気にしないでくれ。麗美、津田さんの護衛、ありがとうな」



「いえ! 『正義部』の先輩として、当然の責務ですので!」



 麗美に来てもらったのは、津田さんの護衛のためである。

 まだ可能性は低いとはいえ、『淫魔の角』の主や、それにかかわる者達が接触してくることも考えられる。

 それに備え、なるべく彼女を一人にしないよう『正義部』の面子で持ち回ることになっているのであった。



「とりあえず、津田さんは俺の部屋に行こうか。一重と麗美はここで待っていてくれ」



「了解です!」



「……あの、良助?」



 麗美が快諾したのに対し、一重はなにやらモジモジとした様子で俺の手を引く。



「ん? どうした一重」



「……津田さんに、変なことしちゃ、ダメですよ?」



「っ!? あ、当たり前だろう! 彼女には再封印を行うだけだ! 誓ってやましいことなどしないとも!」



 抱きしめるという行為がやましくないと言い切ることはできないが、不純な気持ちなどもちろんない。

 ……あるハズない。


 しかし、そうやって意識してしまうと、なんだかこれから悪いことをしにいくようでならなかった……





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