第71話 女三人寄れば姦しい



 風呂から上がり体を拭いていると、夕日が何も拭かずに飛び出して行こうとする。



「こら夕日、体も拭かず、しかも真っ裸で飛び出して行くのは流石に良くないぞ」



 俺は寸での所で夕日の頭を掴み、制止させる。



「えぇ~!? いつも外で拭いてるよ!?」



「……普段はそうなのかもしれないが、本当は余り良くないことなんだぞ?」



「なんで?」



「猥褻物陳列罪になるからだ」



「わい……ちんちん?」



「違う。まあそれはともかく、要は無暗に異性に裸を見せてはいけませんってことだ」



 津田家の男女比は、女性の方が比率が高い。

 そんな中を真っ裸で突っ切るのは、子供とはいえ余り良いことでは無いだろう。

 子供のうちだからと大目に見ると、後々面倒になることも多い。

 こういった事は、早めにしつけておいた方が良いのである。



「夕日のお姉ちゃん達も、裸で外には出てこないだろ?」



「え~、でも、姉ちゃんも父ちゃんも、時々ほとんど何も着ないで出てくるよ?」



 なん……、だと……

 父上に関しては局部は最低限隠しているだろうから良いとして、姉さんもだって……?

 どちらの姉さんだ?

 いやいや、姉妹どちらであっても、教育上良くないことには変わりないのだが……



「……下着くらいは穿いているだろうな?」



 ってしまった! 思わず聞いてしまった!



「うん。でもシャツとパンツだけだよ?」



「……」



 い、いかん……、想像してしまった……

 落ち着け……、俺……、流石にクラスメートの家で興奮するのは不味いぞ……

 なまじ体が若いだけに制御するのが大変だ……



「じゃ、じゃあ、夕日もシャツとパンツは穿こうな? 特にパンツは絶対穿かなきゃ駄目だ。強い男になりたいなら、そういうところはしっかりしなきゃ駄目だからな?」



「うん! わかった!」



 自分で言ってて、何故それが強い男になることに関係あるのかさっぱりである。

 しかし、動揺しているせいかそれくらいしかパンツを穿かせる理由が思い浮かばなかったのだ。



「……よし、拭いてやるから大人しくしてろよ?」





 ◇





「あらあら、夕日ったら服まで着せて貰っちゃって……。ありがとうございますね、神山君」



「いえいえ。あのまま飛び出して行っては、あちこち濡らしてしまいそうでしたから……」



 普段は後始末も込みで考えているのかもしれないが、減らせる手間は減らした方が良いだろう。



「お気遣い頂いてどうも。……それにしても、夫の服、ちゃん切れたようで安心したわ」



「わざわざ服まで貸して頂きありがとうございます。丁度良いサイズでした」



「汚れてしまった服は今洗濯機にかけてるんで、もう少しお待ちくださいね」



 む……、まさか洗濯までしてくれているとは……

 少しよだれが付いたくらい、気にしないんだがな……



「折角ですから、夕飯を食べて行ってくださいよ。夕日も朝日も喜びますから」



「ちょ、ちょっとお母さん!? 何言ってるの!?」



 それまでテレビを見ながら、横目でチラチラとこちらを伺っていた津田さんが慌てて飛び出してくる。

 その後ろを、妹の真昼ちゃんがニヤニヤしながら追いかけてくる。



「夕日はともかく、私は全然嬉しくないから! 神山も遠慮せず……じゃなくて遠慮して帰っていいからね!」



「あら朝日、そんな言い方は失礼でしょ? ごめんなさいね、誰に似たのか、口が悪くって…」



「そうだよお姉ちゃん! 元はと言えばお姉ちゃんが悪いんだから、食事くらいしていってもらわないと失礼だよ!」



 いや、お気遣いは有り難いんだけど、こちらにも事情があってだな……

 チラリと時計を見ると、もうそろそろ20時を過ぎる所ある。

 まだギリギリ、小言で済む時間……、だといいなぁ……



「神山さん! 是非ウチの夕飯食べてって下さいよ! 色々聞きたいこともありますし!」



 真昼ちゃんの顔には、はっきりと後半が本題だと書かれていた。

 やはりこの年頃の娘は、他人のそういった話が大好物なのだろうなぁ……



「いや、その申し出は有り難いんだけど、ウチにも腹を空かせた人達が待っていてね……。悪いんだけど、今日の所は帰らせてもらうよ」



「えぇ~っ! でも、まだ服洗い終わってませんよ?」



 そうなんだよな……

 このまま服を借りていくのもちょっと躊躇われるし、どうしたものか……



「それにしても、お父さんの服、凄い似合ってますね! お父さんより全然カッコイイです!」



 そんな事を言われても、どう反応すればいいのだろうか……

 ありがとうと返すのも、なんだか気が引けるぞ。



「真昼! 神山が困ってるから引っ込んでて!」



「えぇ~、いいじゃん! 何? もしかしてお姉ちゃん、彼女面ぁ? 神山さんってお姉ちゃんの彼氏じゃないんでしょ?」



「そうよ朝日? ひとりじめしたい気持ちはわかるけど、母さん達だって色々聞きたいんだから」



「そ、そんな気持ちないから! 私はクラスメートとして、迷惑をかけないようにって思っただけで!」



 ……俺を挟んであれこれやり取りするのはやめて頂けないだろうか。

 三人とも結構な美人だし発育も良いので、そんなラフな格好であれこれされると正直目のやり場に困る……

 動くたびにダイナミックに揺れる胸は、思春期(体のみ)の学生には目に毒過ぎる。


 母と姉妹が、暫しかしましくやり取りをしていると、洗面所の方からピー、という電子音が聞こえてくる。



「あら、そうこうしているうちに乾燥まで終わっちゃったたみたいね」



(仕事が速くて助かる! グッジョブだ洗濯機!)



 女三人寄れば姦しいと言うが、今まさにそれを体験した気がする。

 わざわざ俺を挟んで舌戦を繰り広げるのは、ひょっとして何かの嫌がらせだったりしたのだろうか……?

 夕日は俺を残して早々にテレビの前に逃げてしまうし……



「はい神山さん。本当にアイロンはいいの?」



「はい、お構いなく」



 俺はワイシャツを受け取り、代わりに借りていたシャツを脱いで返す。



「キャーーーーッ! 凄ーい! 神山さん、何かスポーツとかやっているんですか!?」



 って、しまった……

 一刻も早く帰りたい気持ちから、何も考えずその場で脱いでしまった……

 夕日に注意しておいてコレは流石に酷いな……。猛省だ……



「……いや、スポーツはやってない。ちょっと筋トレをしているだけだよ」



「本当ですか!? でもそれって逆に凄いかも! ねえお姉ちゃんも見たでしょ!? ヤバイよあの筋肉は!」



「う、え、そ、そうだね……、って! そんなことはいいから! 神山もちんたらしてないでさっさと帰りなよ! ほら! ほら!」



 顔を真っ赤にした津田さんにリビングから押し出される。

 慌ただしい事この上ないが、あの空気の中に留まるよりは遥かにマシであった。

 グッジョブだ津田さん。





「あの、さ……、慌ただしくて、ゴメンね?」



 外に出ると、津田さんが気まずそうな顔でそう言ってきた。



「いや、賑やかなのは良いことだと思うよ。良い家族じゃないか」



「……うん、まあ私もそうは思うんだけど、アレじゃ流石にドン引きするっていうか……、無いかなって」



 もじもじとする津田さん。

 こういった仕草は普段学校では見られないので、中々に新鮮である。



「え~っと、本当に今日はありがとうね」



「いや、俺も楽しかったよ」



 なんとなくしんみりとした空気が流れる。

 居心地が悪いワケではないが、このまま浸っていてもしょうがないだろう。



「……それじゃあ、俺は帰るよ。また明日」



「あ、ちょっと待って!」



「ん?」



 そそくさと退散しようとした所を呼び止められる。



「ひ、一つお願いがあるんだけどさ、帰ってから、幼稚園のアルバムとか、調べないでよね? 私、昔の写真とか見られたくないから、さ……」



 む、帰ってからじっくり調べようと思っていたのに、待ったをかけられてしまった。

 そんなに見られたくないのであろうか……?

 ……まあ、人が嫌がっている事をする趣味は無いし、諦めるか。



「わかったよ。誰だって知られたくない過去の一つや二つはあるだろうしね。それじゃあ」



「って、ちょっと待ってて!」



 去ろうとした俺を、津田さんが再度呼び止める。

 何やら津田さんは津田さんで、母上に声をかけられたようであった。



「なんか、お母さんがこれ渡せって」



「……これは、パン? 良いのか?」



「うん、売れ残り。結局私達の朝ごはんになるだけだから、貰って行って」



 手渡された袋からは香ばしい良い匂いがしている。

 空腹なせいもあるが、これは相当に美味しそうに思える。



「ありがとう。とても美味しそうだ」



「へへ、美味しかったら、是非リピートしてね!」



「そうさせて貰うよ。それじゃあ、今度こそ」



「……うん、またね」



 そう言って、今度こそ俺は帰路につく

 母さんや一重に対する言い訳をどうするかと考えていたが、これは良い土産になりそうだな……





 ◇





 神山が去った後、再び母さんから声がかかる。



「ねえ、朝日。あの神山君って、もしかして……?」



「うん……、多分だけど」



「そう……。良かったわね……」



 そう言って、母さんは優しげに微笑んでくる。

 でも、本当に良かったと言えるのだろうか?

 正直、今の私は自分の感情を完全に持て余している状態だ。

 過去の自分の感情と、今の自分感情が混ざり合い、頭の中は完全にぐちゃぐちゃだった……



「正義君……」



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