第70話 津田家でお風呂
さて、どうしたものか……
津田さんの母上だけならともかく、まさか父上まで出てくるとはな。
いや、自営業なのだから当然と言えば当然なのだが……
あれ? でも、それなら今は誰が店を……?
……まあいい、今はとりあえず名乗っておくか。
誤解は当然解くべきなのだろうが、俺が無理に解かずともあとで津田さんが訂正するだろうからな。
「……初めまして。自分は
「あらあら、ご丁寧にどうも~」
温和そうな津田さんの母上は、どうやら俺に対して警戒心を抱いていないようである。
父上の方は、なんと言うか、複雑な顔をしているが……
「突然お邪魔して申し訳ありません。本日は息子さん、夕日君と遊ばせて頂いたのですが、ちょっと疲れたのかぐっすりと寝てしまいまして……」
「まあ、わざわざありがとうございます。起こして頂いても良かったのに」
「いえ、折角熟睡している所を起こすのも悪いですから。元々は自分と遊んで疲れたことが原因でしょうしね……」
子供は元気に溢れているが、その体力自体は余りにも少ない。
俺自身、それで何度か痛い目を見ているので良くわかる。
「お父さん! お母さん! 誤解! 誤解だから!!!」
その時、津田さんが遅ればせながらようやく参上した。
「やあ津田さん、一体どこまで走っていったんだい?」
「調理場よ! そしたら二人とも居なくて…って、なんで神山はそんなに落ち着いてるの!?」
「まだあわてるような時間じゃない」
「何でこんな時にス〇ダンネタ!?」
「こんな時だからこそさ。それにしても、津田さんもスラ〇ン知ってるんだね……。今度色々と話そうじゃないか」
「いいけど…って、そうじゃなくて!」
「朝日! 落ち着きなさい!」
やや過呼吸気味になっていた津田さんを、津田さんの母上が宥める。
流石は母親、絶妙なタイミングである。
「はぁ…、はぁ…、え~っと、本当に、彼氏とかじゃないから」
「はい。お二人とも安心して下さい。僕はあくまでもただのクラスメートですよ」
「……最初にそれを言ってよ」
「あらあら、神山君は最初からそう言ってたわよ? お父さんは疑っていたけど」
「そ、そんな事は無いぞ!?」
津田さんの父上は慌てて否定するが、流石にそれはちょっと無理がある。
というか、今でも少し懐疑的な視線を感じるし。
まあ、それはきっと愛情の裏返しなのだろう。
大事にされているな、津田さん……
「う……、ん……? あれ? お父さんとお母さんだ……」
「お、夕日、起きたか」
俺の頭に顔を押し付けるようにして寝ていた夕日だが、どうやら目覚めたらしい。
「あれ、良助だ……。良助がなんでウチにいるの?」
夕日はまだ寝ぼけているらしく、状況がわかっていない様子だ。
「夕日、ちゃんとお礼を言いなさいよ? 神山がわざわざウチまで運んできてくれたんだからね? こんな汗だくになって……」
うん? 俺は確かに多少汗をかいているが、別に汗だくって程では……
って、ああそうか……
「津田さん、これは汗じゃないよ。夕日の涎だ」
「ええええぇぇぇぇぇっっ!?」
◇
「とりゃー!」
夕日が湯舟の中で水をひっかけてくる。
しかし、甘いな……
「水鉄砲とはこうやるものだ」
俺は掌の中で圧縮された水を夕日に向かって放つ。
「うわ! それどうやるの!?」
「ふっふ……、では教えてやろう。これは俺のオリジナルでな? こうやって……」
『た、楽しそうにしてる所ゴメンね!? あの、代わりの上着、ここに置いておくから!』
夕日に水鉄砲のやり方を伝授していると、ドアの外から津田さんの声が聞こえてくる。
どうやら代わりとなる上着を用意してくれたらしい。
サイズの心配はあったが、ややふくよかな津田さんの父上のものであれば、恐らく問題無く入りそうである。
「ありがとう津田さん。悪いね」
『い、いや、悪いのはコッチだから! じゃ、じゃあね!』
そう言い残すと、津田さんは素早く洗面所から出て行った。
まあ、同じ年ごろの男子が扉を一枚隔てた先で全裸なのだから、無理もない反応だと言えよう。
「あんなに慌てた姉ちゃん、初めて見た」
「そりゃ慌てもするさ。普通、同い年の友達を自分の家の風呂になんて入れないだろ?」
「そんな事ないよ! 俺もトモ君のウチで入った事あるし、トモ君もウチの風呂に入った事あるよ!」
「……ああ、その年代なら確かにあったな」
俺も幼少の頃はワンパク小僧だったのでわかる。
確かに、人の家の風呂に入ったり、ひーちゃんや静子と一緒に風呂に入った事も……
って俺は何を思い出しているんだ……
そもそも、俺が何故津田さんの家の風呂に入っているかというと、津田さんのお母さんから強引に説得されたからであった。
夕日の涎によりべとべとになった頭やらYシャツやらを洗う為、というのが理由なのだが、本当に良かったのだろうか……
当然俺は、モラルやら世間体の問題もあるので断ったのだが、結果的にはそのまま押し切られてしまったのである。
父上は反対だったようだが、母上の一睨みで黙らされていた。
どうやら母上は、温和そうに見えてかなりの豪の者らしい。
まず間違いなく、父上は尻に敷かれてしまっているのだろう。。
「やはり、どの家庭も女性は強いのだな……」
「ん? なんだ良助?」
「なんでもない。それより水鉄砲のやり方の続きだ」
「おう!」
夕日は生意気ではあるが、こうして懐かれると悪い気はしない。
ついでに、という事で一緒に風呂に入る事になったが、なんだか本当に父親にでもなったような気分である。
しかし、そんな気分に浸って現実逃避をしているが、一重や母さんにはなんて説明するべきか、正直悩ましいな……
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