第67話 夕日少年との対決?



「…お久しぶりです。吉水先生」



「ええ。お久しぶりね、良助君。貴方、体は大きくなったけど、雰囲気はなんだか変わらないわねぇ…」



 幼稚園児の頃と雰囲気が変わらないと言われると、流石に複雑な気分になる。。

 まあ中身は変わらずおっさんなので、その感性は正しいのだが…



「…そちらもお変わりなく。相変わらずお綺麗ですね」



「あはは、懐かしいわねその台詞! 当時はびっくりしたのよ? 園児がいきなりそんな事言い始めるから、親は一体どんな教育をしてるのかしらって!」



 ああ、あったな…

 あの頃は、まだこの世界に対する好奇心が先行し過ぎて、周囲への気遣いがかなり疎かになっていた。

 正直、この吉水先生や両親には大分迷惑をかけていたと思う。



「でも、今それを言われるとお世辞でも嬉しいわ…。私ももう、三十過ぎのおばさんだからね…」



「いえいえ、世辞などでは決してありませんよ。むしろあの頃よりも魅力的になったとさえ思います。本当に、綺麗ですよ」



 これは間違いなく世辞などでは無く、俺の正直な気持ちである。

 この吉水 早苗よしみず さなえさんは、俺が幼稚園時代に、年少組、年長組とお世話になった先生だ。

 当時の正確な年齢は不明だが、恐らく二十代の前半くらいだったと思う。

 あれから十数年以上経った今でもこの幼稚園に勤めていたことに驚かされたが、それ以上驚くべきはこのの若々しさである。

 細かな所で多少は老いが見受けられるものの、とても三十台後半には見えない。


 俺は中身がおっさんな事もあり、比較的年上に対して魅力を感じる傾向にあるのだが、それを差し引いても彼女は魅力的な女性と断言出来た。

 全く…、如月君の母君である晶子さんといい、この世界の女性は老いを感じさせない人が多いな…



「…やっぱり、良助君は少し変わったかも。前よりも口が上手になったわ…。先生、不覚にも少しときめいちゃった」



「はは、先生は中身もあの頃のままですね…って痛っ!」



 吉水先生と楽しく談笑していると、不意に膝に痛みが走る。

 視線を落とすと、そこには生意気そうな顔をした少年が立っていた。



「おっさん! 先生はオレと遊ぶんだ! どっか行け!」



「こ、こら! 夕日君ダメでしょ! そんな事したら!」



 お、おっさん…

 確かにおっさんだけど、おっさんだって実際におっさんて言われると少し心に来るんだぞ…



「いいんだよ! 変なおっさんには気をつけなさいって、先生も言ってただろ!」



 少年はそう言いつつ、俺の足をずっと蹴り続けている。

 地味に痛い。



「言ったけど! この人はおっさんじゃないし、この幼稚園を出た夕日君の先輩なんだよ?」



「じゃあおっさんじゃん! 先生! 向こうでオレと遊ぼうよ!」



 く…、この年齢から見れば確かにおっさんかもしれないけど、なんか悔しいぞ…

 こんな某乳酸菌飲料のようなイントネーションで自分を『俺』というガキに、何故こんな扱いを受けなければならないのだろうか…



「…少年、いい加減蹴るのを止めてくれないか?」



「やだよ! はやくいなくなれ! バーカ!」



 …カチンと来たぞ。



「…先生、ここはお邪魔虫がいますので、もう少し静かな所で話しませんか? 大人だけで」



「え…、でも、まだ業務中だし?」



 真面目に返されてしまった。

 まあ、いいけど…



「ダメに決まってるだろ! 先生から離れろ変態!」



 少年はそう叫びつつ、砂を投げつけてきた。

 子供の必殺技の一つだが、高校生にもなってこの技を喰らう事になるとは…

 久しぶりに…キレちまいそうだよ…



「先輩に喧嘩を売るとは、いい度胸だ少年…。しかし、世の中喧嘩を売ってはいけない者がいると言う事を、身をもって教えてやろうじゃあないか…」



 俺は鞄を先生に預け、腰を低く落とす。



「ちょ、ちょっと良助君!? 何する気!?」



「少し、世の中の厳しさを教えます。心配しなくとも、問題になるようなことはしませんよ」



「いや…、この状況が既に問題な気が…」



 先生が正確に突っ込みを入れるが、俺はそれを意識的に無視する。

 さてこのガキ、どうしてくれようか…





 ◇





 私が地元の駅に到着すると、既に時刻は十八時を回ろうとしていた。



(まさかこんな時間までかかるとはなぁ…)



 こんな時間になってしまったのは、ついさっきまでバイトをしていたからだ。

 今日はバイトのシフトを入れていない日だったのだが、急遽ヘルプに入って欲しいと言われ、断り切れなかったのである。

 ひとまず一時間だけという話だったのだけど、案の定引き延ばされてしまって今に至る。



(だから断りたかったのに…)



『あさがお幼稚園』には一応連絡済だが、だからと言って急がないでいい理由にはならない。

 私は少し小走りで向かう事にするが、やはり走ると少し胸が痛い…

 物理的な意味でもだが、視線的な意味でもだ。



(全く、どうしてこんなに育ってしまったんだか…。やっぱり、食生活のせいなのかな…)



 揺れと視線から胸を守りつつ、またしてもため息が漏れる。

 皆には羨ましがられるけど、今まで胸が大きくて得をしたことなど全くなかった。



(まあ、この前褒めてもらったのは、少し嬉しかったけど…、って私またあの時のこと思い出してるよ…)



 得をしたことが無いかと記憶を辿っていると、不意に神山の顔が浮かんできてしまった。

 意識しないようにしている筈なのに、最近どうにもアイツの事が気になって仕方がないのだ…


 余計な事は考えまいと足を速めると、十分程で目的地である『あさがお幼稚園』の門が見えてくる。

 さらに近づくと、門の近くに吉水先生の姿を確認することができた。



「すいません! お待たせしました!」



「あ、朝日ちゃん…」



「先生…? って、あれ? 夕日はどうしたんですか?」



「それが…」



 複雑そうな顔をした吉水先生が指をさす。

 釣られてその方向を見ると…



「今度はアッチだ! 行けー! 良助号!」



「ハッハッハ! 振り落とされないようしっかり掴まっておけよ! オリャーーーーーッ!」



「アッハッハッハッハッハ! ヒャーーー!」



 私の弟…、夕日が、ウチの高校の制服を着た男子に肩車され、楽しそうにはしゃいでいたのであった。

 しかも、あの男子は…



「神山…? なんで…?」



 弟と一緒になって遊んでいる男子高校生…

 それを見て、私の心臓は一気に高鳴り始める。

 同時に、先程気にすまいとした筈の意識は、嘘のように消えてしまっていた。





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