第45話 完全にアウト
「おお……! ここが正義部のアジトか!」
部屋に入るや否や、興奮気味に声を張り上げる如月君。
まるで子供の様なはしゃぎっぷりである。
まあ、男である以上、その気持ちはわからなくもない。
男子というものは、何故か秘密基地やアジトに憧れるものだ。
かく言う俺も、いい歳こいておきながら、少しわくわく感があるのは否定できない。
「如月君、連絡先は渡せましたか?」
「……兄者、俺のことは真矢と呼んでくれと言ったハズだぜ?」
「……では真矢君、連絡先のほうは?」
色々と突っ込みたいのは山々だが、このままグダグダと会話を続けるのも面倒なので合わせてやることにする。
真矢君は別に悪い人間ではないのだが、何というか、微妙にウザイ。
いや、嫌いとかではないのだが、妙なくらいウザキャラ感があふれ出ている気がする。
おかしいなぁ……、彼はもう少し引っ込み思案なキャラだと思ったのになぁ……
「ああ兄者、しっかり受け取らせたぜ」
「そういや、如月だけ俺らが部屋出ていってからもコソコソと何かやりとりしてたな。一体何やってたんだ?」
「ちょっとした小細工ってヤツだよ。まあ、上手く行くハズだ…………、ホラな?」
そう言ってドヤ顔で見せつけてきたスマホのディスプレイには、
◇
俺達は
卒業式にも参加せず、卒業アルバムにも別枠で写真が載せられているそうだ。
そして、その切っ掛けとなった事件に関しても、大まかな話は聞くことができた。
被害者である谷中浩史の方は、重度の男性恐怖症にかかったらしく、まともに学校生活を送れなくなったらしい。
それでも事件発生前までは一応学校には来ていたようだが、事件後は完全に引きこもりとなり、進学もしていないようである。
男でありながら男性恐怖症にかかるという悲劇には同情を禁じ得ないが、俺だってただ同情していられるほど余裕があるワケでもない。
申し訳なく思うが、彼からはなんとしてでも情報を引き出す必要がある。
「……では、まずは麗美から調査報告をお願いするよ」
「はい。マスター」
クイっと眼鏡の位置を直し、笑みを浮かべる麗美。
こうして見ると、優秀な美人秘書っぽくて少しドキリとする。
まあ、眼鏡は伊達のようだが。
元々、彼女の容姿は一重に勝るとも劣らないレベルな上、にじみ出る知性が如何にもデキる女という雰囲気を放っている。
美しいロングの黒髪に、常に薄らと微笑みが浮かぶ優し気な表情――
それに加え、着物が似合いそうなスリムな体つきに、スラリと伸びた美しい脚。
まさに、美しいお嬢様と言える容姿であった。
クラスメートの中には、彼女のことを大和撫子だと称す者もいる。
「私と静子さんは、谷中浩史の家に直接お邪魔してきました。残念ながら家族から協力を得るのは困難だったため、家の敷地全体に催眠の魔術をしかけ、その隙に侵入し情報収集を行っています。ただ、流石にそれだけでは大した情報を得ることができませんでしたので、田中純也のときと同様、谷中浩史本人に自白の魔術をかけ情報を引き出しました」
一部の生徒から大和撫子とまで称される少女の口から語られたのは、法的にも完全にアウトな内容であった。
「お、おい……、それって犯罪なんじゃ……」
「如月君、確かに今回の私達の行為は、犯罪と分類されても仕方ありません。ですが、この件を犯罪として立証することは極めて困難と言えるでしょう。人払いの魔術をかけたので目撃者はいませんし、睡眠導入に薬物も用いていないので、たとえ何らかの検査を受けたとしても反応が出ることはありません。もちろん、家宅侵入に関しても映像や指紋などの物理的証拠は残していませんよ?」
「……でも、犯罪は犯罪なんだよな?」
「立証できなければ、犯罪とは呼べませんよ。今回ターゲットとなった谷中家の者には一切危害を加えていませんし、物損もなければ侵入の証拠もありません。本人達は、何かあったことさえ気づくことはないでしょう。法的に裁くことは不可能です」
いやいや、確かに結果だけ見れば誰も被害らしい被害は受けていないだろうが、犯罪行為は犯罪行為である。
ドヤ顔で論破! みたいな顔してるけど、普通にアウトだからね?
「な、成程……」
そして納得してしまう真矢君。
尾田君だってドン引きしてるっていうのに、ヒーロー好きがそれでいいのか?
いや、それよりも、白昼堂々と静子を犯罪に加担させないで欲しいんだが……
「それでは、まず物的証拠の類ですが、残念ながら大したものは見つかりませんでした。谷中浩史本人のパソコン、スマホについても確認しましたが、画像データはおろか、メールの類もありませんでしたね」
……誓って言うが、俺はそこまでしろとは言っていない。
探れとは言ったが、家探ししろという意味では決してない。
「……マスター?」
俺が眉間を押さえていると、麗美は何もわかっていなさそうに首をかしげる。
その無邪気そうな表情を見れば、彼女に悪気がなかったことは明白である。
「静子……」
「……すいません師匠。麗美さん、なんだか凄くノリノリだったので、ちょっと止められませんでした」
……今回のケースはあのゲス野郎こと、田中純也の件とは状況がまるで違う。
心的外傷、いわゆるトラウマを抱えた青少年を相手にする、非常にデリケートな案件だったのである。
だからこそ、男性恐怖症のことを考慮し、女子だけで行動してもらったのだが……
「……いや、いいんだ。俺の指示が悪かったのだろう……。続けてくれ、麗美」
「……私、もしかして何かやらかしてしまいましたか?」
「いや、少し強引だとは思うが、落ち度はない……、と思うぞ」
「ホッ……。安心しました……。え~、それでは続けますね。先程の述べましたように、物的証拠は見つかりませんでした。ですが、彼自身の体に何らかの形で傷跡が残されている可能性もあります。そのため、服を脱がして隅から隅まで確認をしたのですが……、残念ながらそれも見つかりませんでした。てっきり、肛門裂傷の痕跡でも残されていると思ったのですが……」
「「「…………………………」」」
俺は頭を押さえながら静子の方を見る。
すると静子は、気まずそうに顔を逸らした。
……俺は密かに、谷中君の社会復帰に全面協力しようと心に誓った。
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