第43話 尋問とアフターケア
使い古され、くたびれた感のあるソファに、俺と麗美は寄り添い合うように座った。
向かいには未だ気絶したままの
「落ち着いたか? 麗美……」
「はい……、マスターのお陰で、大分楽になりました」
麗美は俯いたまま答える。
先程は平気そうに振舞っていたが、やはり精神的ダメージは大きいのだろう。
完全に俺の失態だ……
麗美は元々前世でも女性であり、年齢も今とあまり変わらないくらいの年頃だった。
この世界に転生し、周囲の人間達よりは多くの経験を積んでいるかもしれないが、女性であることには変わりがない。
だというのに、魔術師同士という気心の知れた間柄からか、本来配慮すべきことを欠いていた。
彼女は魔術師である以前に、まだ年端もいかない少女なのである。
軽々しく、こんな任務を任せるべきではなかった……
「本当にすまなかった。俺は間違いなく冷静さを欠いていた。言い訳になるが、ここのところのストレスで少し考え方が前世寄りになっていたんだと思う……。本来であれば、同い年の女子に任せるような任務内容ではないというのにな……」
全く、今日の俺は少しどうかしていた……
何が信頼している、だ。
信頼という言葉にかこつけて、体よく利用しようとしたに過ぎないではないか。
麗美は、怖いものは怖い、と言っていた。
俺はそれを真面目に受け取ったか? 否だ。
せいぜい、軽い冗談程度にしか受け取っていなかった。
「そんな! マスターは私を信頼して任せてくれたのでしょう!? 責められるのはむしろ、使命を果たせなかった私の方です!」
「いや、そうじゃない。確かに俺は魔術師として信頼し、麗美に任務を命じた。しかし、この世界は俺達のいた世界じゃないんだ。その常識、モラルから考えれば、俺のしたことは最低の部類だ」
そう、前世の世界であれば俺の考え方こそが主流であり、常識となるが、この世界はそうではない。
俺は間違いなく、前世の思考パターンに引っ張られていたのである。
(これは、あまり良くない兆候だな……)
同じ境遇である麗美相手だったからこそ、そんな思考に陥ったのかもしれないが、楽観はできない。
これからは少し意識した方が良さそうだ。
「しかし……」
「麗美、君は
「マス、ター……」
「……すまん。説教するわけじゃないんだ。今回の件は間違いなく俺の判断ミスだし、麗美に落ち度はない。……ただ、俺達はもう以前の魔術師ではないということを、改めて認識しておいて欲しい」
「わ、わかりました……」
思えば麗美も、出会ったときはかなり過激な考え方をしていた。
もし、あのまま俺達が出会っていなければ、彼女は確実にこの世界の異端者、異物になっていただろう。
そして俺も、同じ境遇の人間と出会わなければ、かつての考え方に呑まれていたかもしれない。
当然と言えば当然だが、俺達は確実に前世の影響を受けている。
しかし、その影響に染まれば、俺達はこの世界で生きる資格を失ってしまうだろう。
そうならないためにも、俺達は自分達の立場をしっかり理解していく必要がある。
「……まあ、その辺のことはまた今度話そう。同じ境遇を持つ仲間同士、色々と話し合う機会を作った方が良さそうだ」
「は、はい! マスター!」
麗美が目を潤ませながら返事をする。
薄暗いからあまり見えないが、やや頬も赤い気がするな……
いかんいかん、歳を取るとどうも無意識に説教臭くなりがちだ。
「……さて、それでは目的である田中君への尋問に取り掛かろうか」
俺は誤魔化すように視線を逸らし、話を切り上げる。
「どうするんですか?」
「……ふむ。本当は、ただこちらの質問に答えてもらうだけのつもりだったんだがね……。彼は色々とやり過ぎた。それ相応の対応を取らせてもらうとしよう」
「で、ではその役目は私に!」
「ああ、俺も別に善人というワケではない。この世界の常識やモラルは大いに尊重するが、全てに従うつもりもない。麗美が受けた屈辱分くらいは返してやればいいさ」
俺は、必ずしも悪いことをしてはいけない、という考えは持っていない。
俺が危惧しているのは、それを無自覚、無節操に行う人間になることだ。
そういった線引きこそが、魔術を扱う者の最低限の嗜みであると思っている。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに返事をし、ワキワキと手を動かす麗美。
「……言っておくが、身体的危害を加えるのはなしだからな?」
「もちろんです! 気持ち悪くて触りたくありませんしね!」
辛辣な言い方だが、自分を襲おうとした相手なのだし、それもそうか……
――――約1時間後。
「聞きたいことは、概ね聞き出せましたかねぇ?」
「俺達の質問内容に漏れがなければ、恐らくはな」
田中純也からは、それなりに有用な情報を得られた。
中々に交友範囲も広かったらしく、
他にも、速水桐花がどんな娘だったかだとか、彼のプライベート情報なども一緒に聞き出している。
「それにしても、こちらの世界では今と同じようなことを、薬や催眠術で行っているのですよね? むしろ我々の魔術の方が余程安全でクリーンなやり方ではないですか?」
「まあ、やっていること自体クリーンとは言えないがな……。それに、俺達も魔術がどのように作用して対象の自意識を操作しているか、完全に把握しているワケではないだろう?」
「ああ、それもそうですね……」
魔術は色々な工程、過程を取っ払って、結果をもたらすことのできる技術である。
その省略された部分について、前世の人間は誰も疑問に思っていなかった。
恐らくは、生まれたときから当たり前に存在していた技術であったからだろうが、最大の違いは好奇心の旺盛さだろう。
この世界の人間は、前世の人間に比べて非常に勤勉で、好奇心が旺盛だと思う。
たとえば、物が何故下に向かって落ちるか? などにも言えることだが、前世ではそれを疑問に思うような人間は全くと言っていいほど存在しなかった。
それに対し、この世界の人間はそんなことにすら疑問を持ち、そしてその答えに辿り着いている。
この事実をかつての同士達に伝えられたら、彼らはひっくり返って驚くかもしれない。
……まあ、それでもほとんどの者達は、自分でそれを探求しようとはしないと思うが。
「……あ、もしかして、私がさっき解毒できなかったのも?」
「ああ、睡眠薬と一口に言っても色々種類があるからな。俺達の使う一般的な解毒術は、薬効を消す類の術だ。つまり、即効性のある睡眠薬には効果が薄いんだよ。この場合、既に働きかけている中枢神経や脳への働きを直接弄らなきゃ防げない。麗美も、薬学知識は非常に有用だから覚えておくといいぞ?」
「成程……。精進いたします」
この男が使ったのは、合成麻薬の類だ。
中毒性はほとんどないが、記憶が飛ぶため事件に発展しにくい。
そのせいで泣き寝入りした犠牲者も、少なからずいるハズだ。
「……この男の悪行については、後で静子に拡散してもらう」
レイプ事件も少なからず起こしているようだし、情状酌量の余地はない。
社会的に死んでもらうことにしよう。
「それがいいでしょうね……、って、もう時間ですか……」
麗美の返事に被さるように、備え付けの電話機が鳴り出す。
時計を確認すると、入店してから約1時間50分が過ぎていた。
この部屋は恐らく2時間で取ってあったのだろう。
その10分前のコールが来たというワケだ。
「……あの、マスター。その、延長しても、良いですか? 初めてのカラオケがコレじゃ、嫌な印象しか残らないので……」
上目遣いに頼んでくるその仕草は、中々にあざとい。
しかしまあ、麗美のメンタルケアのことを考えれば、今回ばかりは乗ってやるべきだろう。
俺は受話器を取り、1時間延長をお願いした。
………………………………………………
………………………………
……………………
麗美と別れ地元に戻ると、静子から連絡が入る。
「もしもし、師匠。その、大丈夫でしたか……?」
「ああ、助かったよ静子。ギリギリだったが、間に合った」
「良かった……」
あの時、俺が麗美の救出に間に合ったのは静子のお陰だ。
実のところ、俺はあの瞬間まで何事もおきまいと楽観視していたのである。
カラオケにはカメラが設置されてるから、危険行為には及ばないだろうと。
しかも、麗美は優秀な魔術師だ。
仮に襲われたとしても、問題なく対処するだろうと甘く見ていたのである。
そんな俺に忠告をしてくれたのが静子だ
静子は、俺と麗美の反応が少し離れていることに気付き、連絡をしてきた。
ありのままに現在の状況を伝えると、静子にしては珍しく、俺に非難を示した。
静子は、麗美がいくら優秀な魔術師でも、まだ未成年の少女であるということを強調しつつ、俺の危機感と配慮のなさを指摘した。
俺はそのお陰で、自分が正常性バイアスのようなものにかかっていると気づけた。
「静子には感謝している。あそこでああ言ってくれなければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない」
「感謝なんていりませんよ、師匠。私はアナタの弟子であると同時に、友達でもあるのですから。当然のことを言ったまでです」
「…………」
友人が間違った考え、行動をしているのであれば、
静子は何げなく言ったつもりかもしれないが、俺はその言葉に少し胸が熱くなった。
(前世には友人などほとんどいなかったが、友か……。いいものだな……)
「……ところで師匠、麗美さんのアフターケアはちゃんとしてあげましたか?」
「ん、ああ、一応気分転換も兼ねて、二人で少しカラオケを楽しんで、俺オススメの美味い店で食事をした。また行きましょうと言っていたし、少なくともカラオケ自体がトラウマになったりはしていないと思う」
カラオケのあとも、麗美は終始笑顔を浮かべていた。
あの笑顔に偽りはなかった……、と思う。
「そうですか…………。あの、師匠……、今度私も、カラオケに連れてってくれますか?」
「……ああ、もちろんだ」
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