第29話 回復魔術

 



 ――――術式、開始。



 まずは自身の魔力を体に循環させ、波長を整える。

 十分に循環させた後、今度はその循環を晶子さんを含めるかたちで行う。


 回復魔術や他者への身体強化、教会に所属する僧侶や神官が法術と呼ぶこれらの術は、対象者に魔力が通っていることが前提とされる。

 そのため、意識を失った者や、門が閉じ魔力が循環していない者には、そのままの状態では術を行使することができない。


 意識のない晶子さんには、先程の尾田君のように魔力起こしをしても意味はない。。

 仮にできたとしても、衰弱した体で魔力起こしなどすれば、一気に体力を失うことになり非常に危険だ。


 こういった場合、まずは対象者を巻き込むように魔力を循環させることで、疑似的に魔力を通わせる。

 この状態であれば、例え相手に魔力が無かろうとも術を行使することが可能になる。

 今の俺は輸血パック……、いや、外付けの心臓と言っても良い状態だろう。

 まあ、通っているのは血ではないが。


 実はこの他者を含めた魔力循環こそが、法術に大量の魔力を必要とする原因だったりする。

 魔力を他者に循環させるということは、循環をさせている間、術者は常に魔力を消費し続けることになるからである。


 しかも、魔力の波長合わせにはそれなりのコツが必要だ。

 魔力には人それぞれ波長が存在するのだが、その波長が合わなければ基本的に術は効果を発揮しない。

 それどころか、かなりの確率で悪影響を与えてしまう危険性がある。

 どのくらい危険かと言うと、この悪影響をより悪質にしたのものが呪術である、と言えばわかりやすいだろう。

 つまり回復魔術とは、非常に扱い難く厄介な魔術なのである。


 しかし、こんな厄介な魔術を専門とする僧侶や神官は、さぞ優秀な魔術師なのだろうと思うかもしれないが、実はそうではない。

 彼らは相手から波長を合わさせたり、自分の魔力消費を最小限に抑える一種の『裏技』を有しているからだ。

 それこそが、彼らを法術の専門家たらしめる、重要な要素なのであった。

 それがなければ、そもそも僧侶も神官も、職として成り立っていなかっただろう。

 だからこそ、教会はこの技術を秘匿しているのである。



「す、凄い……。こんなに短時間で波長を合わせるなんて……」



 麗美が感嘆の声を上げる。

 まあ、驚くのも無理はないだろう。

 この波長を合わせる技術はかなり高度な技術であり、本来であれば完全に同調させるのには数分を要するものなのだ。

 実際のところ、前世の俺でもここまで素早く波長を合わせることはできなかったと思う。

 では、何故今の俺にそれができるのか?

 それは、この世界の発達した知識、情報のお陰だったりする。


 俺は先程、自分を外付けの心臓と例えたが、それは魔力と血液が性質的に似ているからでもある。

 前世では知り得なかったことだが、血液には血液型というものが存在し、それが合わなければ輸血の際様々な悪影響を及ぼすらしい。

 俺はこれを知った時、魔力の波長との類似性に着目した。

 もしかしたら、魔力も型に落とし込めるかもしれない、と。

 結果、俺は気脈の性質を調べ、ある程度波長の切り分けを行い、それをテンプレート化することに成功した。


 魔力が通っていない晶子さんにも、気脈は存在する。

 俺はこの気脈に軽く魔力を当て、性質を読み取り、テンプレートの中から素早く適した波長を選択した。

 これこそが、短時間で波長合わせに成功したカラクリである。



(さて、あとは魔力の巡りが悪くなっている箇所や傷の患部に対して、治癒力の強化などを施すだけだけなのだが……)



 この時点で、俺の魔力はもう枯渇寸前であった。

 どうやら、魔力5では1分ももたないらしい……

 ここから先は『転換の秘法』による供給となるため、より集中する必要がある。

 麗美はそれを素早く察知し、俺の補助に回る。

 俺が魔力の波長を乱さないよう、外部から鎮静の魔術などで干渉するのだ。


 しかし、思ったよりも内蔵の損傷が酷い……

 これは、色々と覚悟が必要かもしれない。





 ………………………………………………



 ………………………………



 ………………





 不破の汚い悲鳴がフロアにこだまする。

 どうやら尾田君は、あの状態の不破を倒すことに成功したようだ。

 本当に、大したものである。


 尾田君はそのまま如月兄の助太刀に入り、あっという間に場を制圧してこちらに戻ってくる。



「おい、神山! 晶子さんは!?」


「大丈夫。なんとか命の危機は脱したよ」


「そうか……。良かった……って、お前も大分顔色悪いが、大丈夫なのか?」


「はは……。大丈夫に見えるかい?」



『転換の秘法』で著しく体力を失った俺は、麗美に支えられてなんとか上体を起こしているが、正直このまま倒れていてもおかしくない状態であった。



「いや……」



 言い淀む尾田君越しに、倒された不破を見る。

 …………やれやれ、どうやらもう一仕事しなければならないようだ。

 俺は最後の力を振り絞り、ふらふらと立ち上がる。



「マスター!? 起き上がっては駄目です!」



 麗美が慌てて止めようとするのを手で制す。



「いや、残念ながら、もう一仕事あるみたいなんでね……」



 俺はそのままノロノロと不破に近づく。



(やはりな……)



 既に不破の体は身体強化が解けており、体は元のサイズまで縮んでいた。

 身体強化が解けているということは、回復力も通常の人間と同じになっているということだ。

 それどころか、無茶な強化の反動で体中に反動がきている。

 つまり、極めて危険な状態ということである。



「おい、神山?」


「……尾田君、さっき静子に連絡をして、研究所に応援を頼んだ。後始末は全て彼らがやってくれる。尾田君と麗美には、彼らが来るまで俺達の護衛をお願いするよ」


「護衛……? おま、何を……?」



 俺は不破に触れる。

 ……大丈夫、これならまだギリギリいけそうだ。



「……なに、友人を人殺しにするワケにはいかないからね。とりあえず、後のことは頼んだよ?」


「!? お、おい!」



 尾田君の声を無視するように、不破の状態を確認していく。

 不破は、文字通り虫の息であった。

 このままでは、あと数分足らずでこの息の根も止まるだろう。



(全く、前世なら間違いなくこのまま放置しておくような手合なんだがな……。残念ながら、今世ではそういうワケにもいかない……)



 不破の顔を確認すると、床に擦れたのか酷い状態であった。

 しかし、顔については命に別状があるワケではないし、このままにしておこう。

 こうなったのも自業自得なんだし、そのくらいは自分でどうにかしてもらいたい。



(さて、気は進まないが、術式開始だ……。とりあえず死なない所までは治してやるから、ありがたく思えよ……)




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