第30話 『正義部』へようこそ

 


 ◇如月真矢





 どうしてこうなった?

 俺の短い人生の中で、恐らく最も多く自らに問いかけた疑問である。



 一番初めは俺が三つの頃、親父が失踪したときだったと思う。

 幼いながらも理解できるほどのクズ野郎だった親父は、ある日を境に家に帰ってこなくなった。


 最初は俺も兄貴も、それを心から喜んだ。

 暴力は振るううえに、家に居ても何もせずテレビを占領する親父が、俺は大嫌いだったからだ。

 しかし、そんな俺達の感情を他所に、母さんは家を空けることが多くなり、日に日にやつれていった。


 どうしてこうなった?


 その疑問は結局、答えを得られないまま、うやむやになった。

 当時の俺は幼かったし、そんな疑問よりも親父がいなくなったことの方が重要だったからである。

 親父がいなくなって特に嬉しかったのが、テレビのチャンネル権を得られたことだった。

 兄貴も母さんも、特に見たいチャンネルを主張しなかったため、チャンネル権は丸々俺に移ったのである。

 俺がアニメや特撮を好むようになったのは、このときチャンネル権を得られたことが切っ掛けだ。

 特に、特撮のヒーロー達は、クズ親父を見て育った俺にとってはまさに憧れの存在であったと言ってもいいだろう。


 そんな憧れを胸に抱いていた俺は、ある日同級生のイジメ現場に遭遇してしまう。

 不運にも、遭遇してしまったのである。

 ヒーローに憧れ、正義感の強かった俺は、それを止めずにはいられなかった。

 そして次の日から、今度は俺がイジメの対象になった。

 助けたハズの同級生までもがイジメに加担していたことには、怒りや悲しみより、呆れに近い感情を抱いたのを覚えている。


 どうしてこうなった?


 疑問を胸に抱きながら、俺は心身ともに傷を増やしていった。

 しかし、そんな日々はある日唐突に終わりを告げる。

 俺をイジメていた奴らが、唐突に謝罪をしてきたのである。


 どうしてこうなった?


 その答えはすぐ出た。

 どうやら兄貴が、不良として学校で名を馳せるようになったかららしい。

 兄貴を恐れた奴らは、手のひらを返したかのように、媚びへつらうようになった。


 それからは俺も、自分の身を護るために喧嘩の仕方を覚えたり、不良の真似事をするようにもなった。

 その結果母さんが学校に呼び出されることとなってしまったため、目立った行動は控えるようになったが。


 ともあれ、俺は悟ったのである。

 正しく、真面目に生きることは美徳でもなんでもなく、ただ愚かであるということを。

 正義なんてものは、より強く、より多い思想に左右される虚構に過ぎないのだと。


 ……そして、俺は全てを諦め、自らに疑問を問いかけることもなくなった。





 しかし……






「おい! 真矢! 大丈夫か!?」



 肩をガクガクと揺さぶられる。

 表情から心配しているは伝わってくるが、随分と雑な扱いだ。

 兄貴らしいといえば、兄貴らしいが……



「……大丈夫だ兄貴。それより、少し退いてくれねぇか?」


「あ? ああ……」



 兄貴が横にずれ、再び視界が開ける。

 視線の先には、倒れた神山を背負って立ち上がる、尾田の姿が見えた。

 意識が戻り、一部始終を見ていた俺は、あの二人が何をしたのかを、大まかにだが理解していた。

 ……あの二人を見ていると、何か、胸に熱いものがこみ上げてくる気がする。



「……兄貴」


「ん? どうした?」


「…………正義の味方って、本当に、いたんだな……」





 ◇神山良助





 ――――三日後。



「痛っ……」



 こめかみの辺りに、鈍い痛みが走る。

 割とギリギリ近くまで『転換の秘法』を使った弊害か、未だに頭痛が残っていた。

 煩わしいことこの上ないが、偏頭痛程度で済んでいるだけマシと言えるだろう。


 『転換の秘法』は生命力を魔力に変換する秘術である。

 生命力という曖昧かつ危険な概念を利用しているため、前世ではほとんど実験もできず、実用には至らなかった禁術だ。

 そんな危険な術ではあるが、コチラの世界の知識を得たことで、一応ながら実用レベルには至ったと俺は判断している。

 こうして副作用が出ていることを考えれば、まだまだ完成は遠そうだが……



「大丈夫ですか? マスター……。無理せずお休みになられればいいのに……」


「そうしたいところだが、そうも言ってられんのだよ……。まあ気にしないでくれ」



 三日前の件で、俺の皆勤賞はなくなってしまった。

 だから無理して出席する意味はほとんどないのだが、俺が危惧したのは一重と同じ期間休んでしまうことである。

 二人揃って同じ期間休んだりしたら、一体どんな噂が立つやら……

 これ以上のイメージダウンは、避けなければならない。



「まあ、マスターがそう言うのでしたら……」



 麗美はそう言いながらも、心配そうな表情で俺に寄りそう。

 そんなことをするとまた一部の男子から敵視されそうだが、今は部室で人の目もないため好きにさせておこう。



「そういえば、一重さんはまだ復帰できない状態なのですか?」


「いや、八割がた回復はしているよ。大事を取って休ませているだけだ」



 一重の体力はほぼ回復しているが、学校への復帰は来週からを予定している。

 ちょっとした大型連休になってしまうが、大事を取るに越したことはない。

 休んだことによる学力低下は、少々心配だが……



「あの術の反動、ですか……。マスター、あの術は一体どのような術なのでしょうか? 身体強化の一種だとは思いますが……」


「ああ、あれはだな……」



 ガラガラ



 俺の言葉を遮るように、部室の扉が開かれた。



「そいつは俺も少し聞かせて欲しいな」


「……尾田君か。わざわざ部室まで来るなんて、どうしたんだい?」


「一々口調変えるなよな……。まあいいや、……おい、そんなとこいねぇで入ってこいよ」


「あ、ああ」



 尾田君が少し体を横にずらし、招くような仕草をする。

 その様子から察するに、どうやら尾田君自身の用事ではないらしい。

 そうして姿を現したのは、如月真矢であった。



「喜べよ神山。なんと入部希望者だ」


「お、お前! 俺から言うって言っただろ!? …………あ~、俺は1-Cの如月真矢、です。こ、この『正義部』っていうのに、俺も入部させて、もらえませんか?」



 如月真矢は照れくさそうな仕草で、少し遠慮がちにそう言ってきた。

 少々意外だったが……、別に断る理由などない。



「ようこそ。入部を歓迎するよ、如月真矢君」




 ――――こうして、『正義部』に新たな仲間が加わったのであった。


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