第27話 正義の味方達②

 


「おいおい、ありゃなんだよ……?」



 尾田君が驚くのも無理はない。

 不破の体は、明らかに一回り以上大きくなっていた。



(間違いなく、身体強化を使っているな……)



 それも見た目でわかるほどの強化となれば、相当の負荷がかかっているハズだ。



「……随分と無茶をする。寿命を縮めるぞ?」


「うるせぇぇぇっ!! てめぇら、ぜってぇに許さねぇぞ!! 男も女も、全員グチャグチャにしてやる……!」



 チッ……、面倒な……

 あのような無茶な強化であれば、恐らくは5分ともつまいが……


 不破は動かない。

 ……いや、呼吸の荒さから見て、まだ動けないのか?

 恐らくだが、先程の一重の蹴りのダメージがまだ抜けきっていないのだろう。

 しかし、だからと言って到底安心できる状況ではない。


 

(強化の影響から考えて、回復までは約1分って所か)



 一重がダウンしたことで、怖気づいていた他の者達も徐々に気勢を取り戻しつつある。

 この状況で、1分以内に怪我人を連れて逃げる余裕はなさそうだ。


 如月真矢はともかく、晶子さんの状態は明らかに深刻である。

 一刻も早く、治療にあたる必要があるだろう。

 しかし、アレを止めるのは俺じゃないと厳しそうだ。



「麗美、晶子さんの回復を頼めるか?」


「……私の知識では気休め程度にしかならないと思いますが、この場を凌ぐだけであれば」



 回復の魔術は、専門の知識と多大な魔力を必要とする高位魔術である。

 その知識や技術体系は教会が秘匿しており、僧侶や神官などにしか伝えられていないため、普通であれば魔術師に頼むこと自体お門違いだ。

 ただ、魔術である以上、ある程度腕のある魔術師であれば応急処置程度の回復魔術は使用することができる。


 麗美は前世で、俺の所属する魔術学会の生徒であった。

 あの学会は魔術業界でも最高峰の学び舎であり、その生徒は優秀な才能を持った者がほとんどだ。

 ゆえに、麗美であればあるいはと思ったのだが、何とか応急処置程度はこなすことができるようであった。



「……優秀だな。宜しく頼む。それから、静子に連絡を……」


「待てよ神山」



 晶子さんを預け、立ち上がろうとする俺を尾田君が制止する。



「お前なら、晶子さんを治せるんじゃねぇのか?」


「……一応は可能だ。しかし、それをすれば俺は行動不能になる。アレを止めるのは……」


「そいつは俺に任せろ」


「……見てわかると思うが、アレは普通じゃないぞ? いくら尾田君の身体能力が優れているといっても、普通の人間では相手にならない」



 身体強化は魔術の中でも初歩中の初歩であるが、その扱いに関しては中々にシビアである。

 強化と一言に言っても、術の対象が自分のである以上、扱いを誤れば文字通り身を亡ぼすことになる。

 魔術の道に足を踏み入れたばかりの新人はこれで魔力の制御方法や使用量の調節を学んでいくのだが、戦士たちの中には大して勉強もせず、形振り構わずに強化を行う馬鹿も稀にだが存在した。

 俗に言う、狂戦士バーサーカーである。


 今の不破はまさにその状態であり、その腕力は恐らくオーガにも匹敵する状態になっている。

 尾田君がいくら優れたタフネスを持っていようとも、生身では耐え切れるハズもない。



「まあ、さっきの雨宮といい、お前らが何かおかしな力を使っているのは理解しているつもりだ。けどな、アイツのアレ・・が、明らかに無理してる状態だってのは素人目にもわかるぜ? 多分、そんなにもたねぇんだろ?」


「それはその通りだが……」


「だったら俺に任せておけよ。あんな張りぼてに負けるほど、半端に鍛えているつもりはねぇぜ」



 ……危険だ。

 だが、彼の身体能力であれば通常の強化でも……


 不破の呼吸が整いつつある。

 最早、迷っている時間はなかった。



「……わかった。アレは君に任せよう」


「応。任されたぜ」



 尾田君の背中に触れる。

 同時に、俺は尾田君に魔力を流し込む。



「っ!?」



 これは、魔力起こしと呼ばれる技法である。

 彼の中で閉じていた魔力の門を、外部から無理やりこじ開けるという邪法に分類される技術だ。



「う、お……、なんだこりゃ?」


「おまじない、のようなものだ。……頼んだぞ」



 あふれ出た魔力を、尾田君の中で循環するよう調整する。

 今の俺に、他人を瞬時に強化するほどの魔力量はない。

 時間をかければ或いは可能かもしれないが、残念ながら不和がそれを待ってくれることはないだろう。


 この魔力起こしは言わば苦肉の策であり、一回こっきりの裏技のようなものだ。

 俺は今、彼の中で閉じていた魔力の門を開放し、体の中を循環するよう調整した。

 これにより普段通っていなかった部分にまで魔力が通うこととなり、その影響で身体能力の向上という恩恵が受けられる。

 純粋な身体強化の術とは本質的に異なるが、効能的には遜色ない効果を発揮するだろう。

 ただし、この効果はあくまで一時的なモノに過ぎない。

 何故ならば、今の状態は全身に魔力が巡ったことで、体自体が一種の興奮状態にあるために引き起こされた副作用だからである。

 つまり、この感覚に体が慣れてしまえば、今のように身体能力が向上することもなくなる。

 だからこそ、一回こっきりの裏技なのだ。



「……ああ、任せろ。あと神山、お前そっちの喋り方の方がしっくりくるぜ?」



 ……全く、大きなお世話である。

 俺は敢えてそれには答えず、晶子さんの方に意識を集中する。

 一度任せると決めたからには、尾田君を信じよう。

 俺は俺で、やるべきことをやろうじゃないか。



「麗美、補助を頼む」


「はい」




 ――――術式、開始。


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