第18話 如月家の事情

 



 ――――都内某所。



「ここがその男のハウスね!」


「いや麗美、それ言いたかっただけだろ」


「あ、わかりますか?」


「お前ら、少し静かにしてくれねぇか……」



 ここは都内某所、如月兄弟の住まうマンションである。



「ちなみに、住所は個人情報なので記載できません」


「……誰に言っているの? 良助?」



 重要なことなんだぞ?

 まあ、住所程度の個人情報なんて、同じ学校の生徒であれば容易に調べることができるんだけどな。

 その辺は静子の得意スキルであり、麗美も色々と精通しているようであったため、如月兄弟の住所はあっさりと判明した。

 学校のセキュリティは甘々である。


 さて、何故俺達がわざわざそんなことまでして如月兄弟の住所を調べたかというと、クラスメートであり心の友である尾田君にお願いされたからである。

 尾田君いわく、こっちにも落ち度はあったんだからケジメとして謝っておきたい、とのことだ。


 彼なりに如月真矢の不登校については、少し責任を感じているらしい。

 話を聞く限りではほとんど如月真矢の自爆であり、尾田君が責任を感じるのはどうかと思うのだが……

 とりあえず詳細は聞いていなかったので一応尋ねてみると、尾田君は複雑な顔をしつつも答えてくれた。





 ある日の放課後、尾田君は如月真矢から校舎裏に来るように呼び出されたらしい。

 尾田君は、その見た目が災いしてか揉め事慣れしており、うんざりしながらも行くことに決めたそうだ。

 なんでも経験上、その方が無難なんだとか。


 指定通り校舎裏に向かった尾田君はまず、自分に争う意思がないことを伝えた。

 しかし、如月真矢は聞く耳を持たず、尾田君の胸倉を掴んでくる。

 入学してそんなに経っていない真新しい制服――

 それに皺が付くのを嫌った尾田君は、放せと彼を小突いた。

 すると、そこまで強く握っていなかったのか、はたまた握力がなかったせいなのかはわからないが、思いのほか大きく如月真矢は後退した。

 運が悪かったのがそこからで、たまたま進路に有った小石につまずいた彼は、更にバランスを崩して花壇に突っ込んだのだそうだ。

 しかも、植えられていたのは薔薇だったらしい。

 悲惨の一言である。


 ……ということで、一応尾田君が小突いたこと自体は事実なのだが、見かたによってはほとんど当たり屋のようにすら思える。

 しかも、尾田君は胸倉を掴まれたというじゃないか。

 胸倉を掴むという行為は立派な『暴行罪』であり、むしろ先に被害にあったのは尾田君の方だ。

 はっきり言って、尾田君の方が被害者と言ってもいい状況である。


 だというのに本人は罪悪感を感じているというのだから……

 全くもって、尾田君はお人好しである。


 ……だがそれがいい。


 そんな尾田君のお願いを聞かないワケにはいかない。

 野外活動を自粛していた『正義部』であるが、一時的にその禁を解いて活動を再開したというワケだ。





「それで、如月の奴はどの部屋に住んでいるんだ?」


「305、と書いてありましたが……。あ、ポストにも如月って書いてありますね。間違いないでしょう」



 マンションの一階に取り付けられた郵便ポストには、しっかりと如月の名前があった。

 オートロックのかかるようなお高いマンションではないので、こういった情報はダダ漏れである。

 早速俺達はエレベーターに乗り込み、3Fへと向かう。



「ここ、で間違いないか」


「表札も如月だし間違いないだろう。……ひょっとして尾田君、緊張してるのかな?」


「ば、馬鹿! んなワケねぇだろ!」


「ハイハイ、こんな所で漫才してたら迷惑ですよ~。ポチっとな」



 ピンポーン♪



 心の準備が整わずに緊張している尾田君を無視して、麗美がインターホンを押した。



「おまっ、はやっ」



 取り乱す尾田君を見て一重がほくそ笑む。

 同様に、静子も頬をピクピクとさせて笑いを堪えていた。

 俺はというと、普通に噴き出してしまった。

 だって、「おまっ、はやっ」はないだろう。


 そんな俺に文句を言いたそうな尾田君だったが、その間もなくインターホンから女性の声が返ってくる。



『はい、どちら様でしょうか?』


「あ、どうも初めまして、私達、如月真矢君の学友なんですけど、真矢君はご在宅でしょうか?」


『え、本当に!? ま、待ってて! すぐ開けるわ!』



 すぐさま鍵が開けられ姿を現した女性。

 かなり若く見えるが、流石に姉ということはないように思える。

 恐らくは……、母親か?



「いらっしゃい! まさか、真矢のお友達が来てくれるなんて思わなかったわ~」



 満面の笑顔で迎えてくれる彼女だが、俺はやや目のやり場に困ってしまう。

 彼女の恰好――胸元の開いた扇情的な服装は、思春期の少年には少々目の毒だ。

 尾田君も俺と同様、視線を上の方に外していた。



「あらやだ、ごめんなさいね? こんな格好で。ちょっと仕事の準備をしていたから」


「あ、いえいえ、こちらこそ慌ただしい時に押しかけてしまい申し訳ありません」


「いーのいーの、とりあえず上がって頂戴。大したもてなしはできないけど、お茶くらい出すわ」



 俺達は顔を見合わせるが、本来の目的である如月真矢に会うため、その誘いに乗ることにした。



「「「「「お邪魔します」」」」」





 ◇





 招かれたリビングルームは、俺達5人と如月真矢の母親がギリギリ入れる程度の広さしかなかった。



「ごめんなさいね、狭いマンションで。しかも、あまり掃除もできてなくて……、ちょっと汚いでしょ?」


「あ、いえ、すんませんこちらこそ、図体でかくって……」


「気にしない! 気にしない! 体が大きいのはは良いことよ? ウチのバカ息子達もそれくらい育って欲しかったわ~。まあ、旦那が小さかったから期待はしてなかったけどねぇ~」



 カーディガンを羽織って露出を減らした如月母は、そう言いながらせっせと茶の準備を始める。

 しかし、慣れていないのか動きがぎこちなく、見ているとどうにも歯がゆい……。



「手伝いますよ」


「あ、あら、ありがとう……」



 危なっかしい手つきで食器棚からコップを取り出そうとする手を制して、代わりにコップを取り出す。

 茶缶は……、これか。あとは湯を沸かしてっと。



「……手際が良いわね? アナタ……」


「まあ、家でもよくやっていますので」



 実際のところ、我が家の家事は半分近く俺が担当している。

 我が家の場合、母親が家事を苦手としているワケではなく(料理は苦手だが)、単純に俺が興味本位で覚えた関係でいつの間にか俺の担当が増えていたのだ。



「……アナタ、イイ男ね。そういえば連れてきた娘達も半端じゃなく可愛いし……。どの娘が本命かしら?」


「ノ、ノーコメントで……」



 この三人が揃っている状況でその質問はやめて欲しい。

 なんと答えても良い未来が見えない。



「……ふむ、まあいいわ。ありがとう、あとは私でもできるから、アナタも座って」


「わかりました」



 なにか含みを感じたが、触れるのが怖いので触れないでおく。

 前世では女性とほとんど関りがなかったから知り得なかったが、女性は俺の想像以上にしたたかだ。

 藪はつつかない方が賢明だろう。



「さて、ほとんどやってもらっちゃったけど、どうぞ」



 俺達の前にお茶が配られ、如月母も席に着く。



「自己紹介がまだだったわね。私は真矢の母で、名前はアキコっていうの。結晶の晶に子供で晶子。よろしくね?」



「「「「「よろしくお願いします」」」」」


「それで、みんな揃ってここに来たのは、やっぱり真矢の不登校の件かしら?」


「は、はい、その、多分ですが、真矢君の不登校の原因は俺にありまして……」



 申し訳なさそうにそう言う尾田君。

 このお人好しめ!

 まあ、アンタの息子に喧嘩吹っ掛けられたんだよ、などとは言えないだろうが。



「あら? もしかしてあの怪我のこと? …………プッ、アッハッハッハッハッ! おかしー、やだわぁー! えーっと、誰君だったかしら?」


「あ、すんません、俺は尾田って言います」



 ついでに俺達も自己紹介を済ませ、今日尋ねた理由を説明する。



「フフ……、成程ねぇ。でも、それって絶対尾田君のせいじゃないでしょ? だって、あの子ったら体中に薔薇巻きつけた状態で帰って来たのよ? どんな喧嘩すればそんな風になるっていうのよ! オスカル様でもそんな薔薇散りばめてないわよ~」



 オスカル様って……、随分お若く見えるんですが、アナタはおいくつでしょうか?

 思わずそう質問しかけたが、ギリギリのところで踏みとどまる。

 女性に年齢を聞くのは失礼と言うからな……



「ま、そういうワケだから、尾田君が責任を感じる必要なんてないわよ! あの子が引き籠ってるのは、あの子が駄目人間ってだけ。……まあ、そう育てた私に責任があるんだけどね」



 そう言って、少しうれいを帯びた表情を見せる晶子さん。

 その表情に妙な色気を感じて少しドキリとするが、三人娘の視線が鋭くなったため、慌てて表情を引き締める。

 これだから女性は怖いのだ……



「これは言い訳になるんだけどさ、あの子達が小さい頃に、借金抱えた旦那が夜逃げしてね……。なんとか借金は返したんだけど、女手一つで養育と教育を両立させるのは流石に無理だったのよ……。愛情だけは注いだつもりなんだけど、御覧の通りひん曲がって育っちゃってね……」



 ……成程。そういうことか。

 如月兄弟はどうやら彼女、晶子さんが女手一つで育てたらしい。

 女手一つ、しかも借金を背負った状態で男二人を育てるなんて、相当苦労したに違いない。

 先程の仕事の準備という言葉と、今の恰好から察すれば、これから向かう仕事先も水商売絡みなのだろう。

 しかし、二人を育てるための努力は、皮肉にも家族としての距離を引き離していったのかもしれない。



「晶子さん……」


「っと、ごめんなさい、辛気臭くなっちゃったわね。やめやめ! さて、あの子の部屋に行きましょうか!」



 そう言って、そそくさと席を立つ晶子さん。

 俺も後を追おうと席を立つと、他の4人の様子がおかしいことに気付く。



「……あの、皆さん?」



「「「「ええ(ああ)」」」」




 こ、怖いんですけど……


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