第16話 正義部は健全でクリーンな活動をしています

 


 その日、俺の平穏な日常は脆くも崩れ去った。


 いや、実のところ水面下でその兆しはあったらしい。

 それがわかったのは、クラスメートの罵詈雑言の中に「やっぱり最低野郎だったのね!」だとか、「雨宮さんを手籠めにしただけでは飽き足らず……」というような今までの鬱憤が炸裂したような内容が多かったからだ。

 これまでにも俺と一重の関係については色々な想像が渦巻いていたらしく、今回の件でそれが一気に爆発したらしい。

 想像から膨れ上がった俺の悪行は、我が弟子こと本名山田 静子やまだ しずこにまで飛び火した。

 最終的にその憶測は、俺が無垢な少女を食い物にする女衒ぜげんなのではないか、というレベルまで成長してしまう。

 もちろん、俺もそれをただ見ていたワケではない。

 説得したさ。そりゃもう必死に。

 しかし……



「うるせぇ、最低野郎」



 この一言で、大体全てを否定されてしまったのである。

 まさか、あんな罵詈雑言が万能の返答と化すなど、一体誰が想像するだろうか?

 いや、想像すまい……(血涙)


 俺は帰りの挨拶が終わると、刺すような視線から逃げるようにして速やかに部室へ避難した。

 戦況は非常に厳しい。まさに由々しき事態である。



(なんとかせねば……)



 俺が一人で悩むこと数分後、部室の扉が開かれ一重に静子、そして今回の件の火付け役である麗美が現れる。

 俺は今日の一件で、心の中で麗美に対し『KY』の称号を授けていた。

 ステータスというものが可視化できるとすれば、きっと称号の項目には『KY』が付け加えられているだろう。

 恨めしや……、とでも聞こえそうな俺の視線に、麗美がビクリとする。



「いえ……、その……、何と言うか……、申し訳ありませんでした……」



 いくら『KY』だとは言っても、流石に今の状況が良くないことくらいは察しているらしい。

 まあ、恐らく彼女も舞い上がっていたのであろう。

 その彼女を、一方的に責めるようなことはすまい……



「……いや、いいさ。とりあえず座ってくれ。ようこそ、『正義部』へ」



 勧められるままに、麗美は俺の向かいに座る。

 そして、一重と静子は俺の両脇に座る。

 ……何故この配置なんだ?

 静子は普段俺の前に座ってたんだし、麗美の隣でいいんじゃ?

 これではまるで面接のようである。

 しかもこの部室は狭いため、各人の距離が近く圧迫感が強い。

 そのせいか、麗美は若干萎縮しているように見えた。


 ちなみに、この部室は元々女子更衣室として使われていた部屋の跡地である。

 近年低下する学力の影響なのか、この学校は生徒数だけは恵まれていた。

 結果として、各教室の新設などに力を入れており、この女子更衣室もその一環で新設されるために使われなくなったところを、俺達が差し押さえるかたちで使用している。

 無論、差し押さえると言ってもしっかりと許可は取っているが。


 実のところ、『正義部』は部活動における規定人数に達していないのだが、これについてもしっかりと認めてもらっている。

 生徒会長さんに誠心誠意お願い・・・したのが効いたのだろう。



「よ、よろしくお願いします」



 おどおどしながらペコリと頭を下げる麗美。



「そうビクつかないでくれ。別に怒ってはいない」


「ほ、本当ですか……? なんか私、少し興奮気味で色々とやらかしてしまったと思うんですが……」



 麗美は、今になってようやく少し冷静になってきたようである。

 今朝の言動や態度が、まるで嘘のよう控えめになっていた。



「本当に怒っていないさ。まあ、多少困った状況ではあるがな……。ただ、麗美は本当に気にしなくていい。正直この状況は、俺の注意が足りなかったせいでもある」



 感情面はやや複雑ではあるものの、別に麗美を気遣って嘘を言っているワケではない。

 俺も新生活に浮かれて、少し注意を怠っていたことは間違いないのだ。

 高校デビューなんて言葉がある通り、高校生になるというのは人生のちょっとした転機であるため舞い上がること自体は仕方ないと思っている。

 前世が中年のおっさんだとはいえ、健全な肉体に宿った今の俺の精神は若々しいからな……



「まあしかし、今の状況を放置はできない。なんとかしないとな……」


「すいません……」



 今更悔いても仕方がない。問題はこれからどうするかである。

 それ次第で、俺の高校生活の先行きが決まると言っていい。



「ひとまず、『正義部』の外部活動はしばらく自粛しよう。夜間外出もなしだ。基本は学内での問題を解決したり、ボランティア活動を中心に立ち回ろうと思うが、良いかな?」



 まずはイメージの払拭だ。

 『正義部』が、奉仕精神溢れた素晴らしい活動をしているということを学内に浸透させるのである。

 そのうえで、俺達が善意で人助けをしているというイメージを植え付けていくのだ。

 一部でも良いからクリーンなイメ―ジを持ってくれれば、そこから段々と噂は薄れていくだろう。



「私は、良助の指示ならそれで構わないですよ?」


「……私も、師匠の言葉に従います」


「もちろん、私も二番弟子として、マスターの指示に従います!」


「ありがとうみんな……。あと、マスターと師匠呼びも、絶対外ではしないでくれよ?」


「「はい」」



 活動の縮小には一重辺りが反発すると思ったが、その心配は要らなかったようだ。

 呼び方についてはこれまでも注意したのに直っていないので、イマイチ信用できないが……

 何はともあれ、活動方針は決まった。

 俺の、いや、俺達の高校生活を順風満帆とするため、誠心誠意努めよう。




 ……さて、まずは学内のゴミ拾いでもしようかな。


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