第12話 転換の秘法
俺はまず、手近な小石を拾って少年の顔に投げつける。
「勇ましく声を上げた割には
呆れたように言う少年は躱す素振りさえない。
その余裕を証明するように、小石は少年を避けるように逸れていく。
(風の障壁か? 面倒な……)
恐らくは、直接的な打撃を防ぐようなレベルの障壁ではない。
そんなレベルの障壁を張ろうと思えば、魔力の消費は軽く50を超えるハズだ。
発言に偽りがないのであれば、少年の魔力総量は50。
既に幾分か消費している以上、例え効率化により消費量を軽減していたとしても、使用は不可能。
となると、催涙スプレーやガス対策だろうか?
何にしても周到なことである。
もう少し大きめの石であれば障壁を貫通できるかもしれないが、ここはコンクリートの地面なのでロクな石がない
それでも、牽制もかねた
「うっとおしいですね……。近寄ってこないのは、コレを警戒しているんですか?」
そう言ってスタンガンを放電させる。
バチバチと大きな音がし、イオン臭が漂う。
スタンガンを放電させて見せたのは、恐らく威嚇目的だろう。
人は恐怖を感じた際、体が強張ったり、萎縮したりといった反応を示す。
本能的な反応であるが
……しかし、生憎俺は
「……警戒するのは当たり前だろ? 当たったらほぼ無力化されてしまうからな」
いや、無力化で済めばマシな方か。
恐らくだが、この少年が使うスタンガンは、なんらかの改造が施されている。
一重が気絶していることから考えれば、ほぼ間違いない。
何故ならば、本来スタンガンは失神するような武器ではないからだ。
(直接的な改造か、魔力的な補助かはわからないが、最悪死ぬ可能性すらある……)
俺が警戒を強めると、その反応が気に入ったのか少年は満面の笑顔を浮かべて見せた。
「フフ……、どうやら、ちゃんとコレの危険性も理解しているみたいですね? いやぁ、しかし、それにしても凄いと思いません?」
「……? 何がだ」
「これもそうですが、この世界では僕達が魔力で行っていたことの大半を、魔力無しで実現しているじゃないですか? 僕達が如何に魔力に頼り切っていたか痛感しますよね……。魔力が無いからこそ、これだけ技術が発展したんでしょうけど……。実に興味深いです」
それに関しては概ね同意できる。
この世界に転生してからというもの、カルチャー(?)ショックの連続だったからな……
俺達が魔力を使用してしか実現できなかった数々の技術を、魔力を全く使わず実現しているのだから、そりゃもう圧巻だったさ。
「全くもって同意見だ。俺は最初、何かの物語にでも入り込んだような気分だったよ」
科学、生物学……、恐らく『学』とつく分野のほとんどが、俺達のいた世界の遥かに先を行っている異世界。
この世界は、俺から見ればまさにファンタジーと言っていい世界だった。
「僕もです。こちらの世界から見れば、僕達のいた世界こそが異世界でありファンタジーなんでしょうがね」
流石に同じ境遇なだけあり、俺達は近い感覚を持っているようだ。
しかし、だからと言って全てに共感できるかと言われれば、答えは否である。
「……お前が前世でどういった存在だったかは知らないが、罪人や悪人には見えない。それが何故、洗脳なんて真似を?」
前世において、洗脳、魅了といった類の術を人間に使用することは法により禁じられていた。
魔術が生まれたとされる時代に真っ先に作られたルールであり、前世の世界で広く浸透していた数少ない法の一つである。
刑罰は極刑であり、善良な民であれば間違いなく抵抗のある行為のハズだ。
「決まっています。この世界の法には引っかからないからですよ」
そう言って少年は、ステップして俺から少し距離を取る。
「だからといって、醜悪な行為であることに変わりはないだろう」
この世界に魔術が存在しない以上、法に引っかからないのは当たり前だ。
魔術の存在を証明しなければ、今後もそれを裁く法律など生まれることはないだろう。
「僕はそうは思いませんよ。薬物を使うコチラのやり方よりも安全ですし、障害も残りません。かけられた本人は自覚もないワケですから、不幸とすら感じることはないでしょう」
確かに、薬物を使った洗脳などに比べれば、魔術での洗脳は安全かもしれない。
しかし、そういう問題ではないだろう。
「……まあ、罪の意識がないワケではありませんよ。僕にも良心はありますし、善良な一般人を洗脳するのは少し心が痛みます。ですが先程も言った通り、この世界の法で魔術は裁かれません。であれば、あとは僕の中で折り合いを付けるだけのことです」
「それは、魔術の存在を証明できないから成り立つ理論に過ぎない」
「証明できない、それこそが重要だとは思いませんか? ……こう見えて僕は、前世では研究者だったんです。研究者って、存在価値を示すには研究成果を出すしかないんですけど、過程がどうあっても証明できなければ無価値と判断されるんですよ。結果として現象を引き起こせたとしても、ね。そして、この世界の法も同じく、証明できないことは罪に問われない。実に良いことだと思います」
この世界の法は、確かにそういった融通の利かなさが存在する。
前世の法であれば、過程や手段が不明であっても明らかに犯人が明確であった場合、裁きが下っていた。
その理由は、過程をすっ飛ばして真実を知ることのできる魔術があったからだ。
俺も研究者だったゆえに、この少年の言い分は理解できるが、納得はできない。
前世ではさぞ苦労したのだろうが、その考え方はほとんど屁理屈に等しい。
色々と理由をこじつけているようだが、要はバレなきゃ問題ないだろと言っているだけだ。
これでは駄々をこねる子どもと変わらない。
しかし、子どもであれば話は早い。子供のあしらい方には慣れているんだ。
「……その割には、目が笑ってないぞ? もしかしてアレか? 前世で研究が認められなくて凹んでいた口か? だとしたら、その幼稚な考え方も理解できる」
俺の挑発に、それまで余裕ぶっていた少年の気配が変わる。
若いな。この程度の挑発に乗る辺り、学会の老獪なジジイ共にはさぞ踊らされたに違いない。
ちょっと才能のある若い研究者にありがちなタイプだ。
「頭に来る物言いですね……。大した魔術師でもなかったろうに、偉そうな……。いいでしょう、もう遊ぶのは止めにします」
そう言って少年は右手を掲げる。
釣られて見上げた俺は直後にそれを悔いる。
パチンと指を鳴らす音と共に、凄まじい閃光が辺りを照らす。
俺が使ったのを見て皮肉のつもりで使ったのだろうが、その光量は先程の倍近い。
自己顕示欲の強い奴である。
「堕ちなさい」
その声は俺の背後から聞こえた。
同時に俺の頭に伸ばされる手。
――その手が触れる直前、俺は少年の手を掴むことに成功する。
バチッ!
「油断したな。わざわざ声なんて出すからそうなる」
俺が行ったのは、スタンガンと同等の電圧による攻撃。
電圧自体は10万~20万V程度であり、持続はその数値に比例して短くなるが、人体を麻痺させるには十分な数値である。
まあ、そもそも麻痺させるのに電圧自体はそこまで重要ではないのだが……
「……驚きました。少ない魔力でここまでの電圧を発生させるとは……。もしかして、意外と優秀な魔術師だったのですか?」
「っ!?」
その声に反応して振り返ろうとするが、腕を捻られて阻止される。
「別に驚くことはありませんよ。僕もスタンガンを武器にしているのですから、それに対する対策をしていても不思議ではないでしょう?」
……言われてみればその通りだ。俺でもそうする。
「まあ、流石に今ので魔力も打ち止めでしょう。諦めて下さい。あ、心配しなくとも命までは取りませんよ? 今後は僕のお人形になってもらいますがね」
それのどこに安心できる要素があるのか。
しかし、動きを封じられている俺に抵抗する術は……………………、いや、一つだけある。
意識が薄れかける中、俺は一つだけ解決策が残されていることを思い出す。
前世では理論まで完成しつつも、成功には至らなかった禁術……
最終的には匙を投げ諦めていたこともあり、記憶の彼方に封印されていたが……、今の俺はあの頃の俺とは違う!
この世界で得られた知識が、あの頃の俺に足りなかったモノを補足してくれている。
……できるか?
いや、やるしかない!
「さて、折角ですので辞世の句でも………………、え……? な、なんです? これは!? 魔力が、逆流して……!」
弾かれるように吹き飛ぶ少年。
……どうやら、一応成功はしたらしい。
しかし……
「グッ……、これは、キツイ、な……。まさか、ここまで変換効率が悪いとは……」
やはり、実践しなければわからんことも多いな……
「ウッ……グッ…………、これ、は、まさか、呪詛返し……? 馬鹿な……、魔力は枯渇していたハズ……」
吹き飛んだ少年は立ち上がろうとするが、膝に力が入らないのか、片膝を付いた状態で立ち上がれないでいる。
それも当然だ。なにせ、俺にかけるはずだった術が逆流している状態なのだから。
相当な反動が体を襲っているハズ。
「や、やはり……、残魔力はどう見ても0だ……。何故…………、いや、さっき君は、変換と言ったな? まさか……!?、転換の、秘法……!?」
「ほぅ、知っているのか? 俺が生きていた頃には、完成していなかったんだがな……」
しかし、あの驚き方からすると、実用レベルには至っていなさそうである。
「か、完成なんてしていませんよ。理論だけが残され、その研究者が亡くなってからは誰も……」
「ハハ、それは安心した……。俺が人生の大半を費やした研究だってのに、死んだ後にあっさり完成されたりしてたら、俺の人生寂し過ぎる……」
この『転換の秘法』は、忘れかけていたとはいえ、俺が最後まで完成させられなかった前世唯一の未練だ。
それが死んだ後にあっさり完成されたなんて聞かされたら、ショックで寝込むところであった。
「俺の人生……!? ま、まさか……、アナタは……、マリアス、室長……!? マスターマリアスなのですか!?」
「マ、マスター!? マリアスは確かに俺だが、俺のことをマスターなんて呼ぶ研究員はいなかったハズだぞ……」
自慢ではないが、俺は研究一筋の偏屈者で、他者とはあまり関りを持っていなかった。
それこそ、弟子なんていないし、マスターなんて言われた覚えも……
「わ、私は、ラミア! 研究生です!」
研究生……?
確かに仕事で何回か講義を行ったことはあるが……、記憶にないな。
そもそも講師自体嫌々引き受けた仕事だったし、その中の1研究生を覚えていることなど……
「こ、これを見て下さい! マスターはこれを見て、私を褒めてくれました!」
そう言って少年は、指先に火の玉を作り出す。
その火の玉が指を離れる際、もう一つの火の玉が現れ連結するように動き出す。
その光景は、確かの俺の記憶の中に刻まれていた。
「連結魔術式……!? じゃあまさか、君はあの、三つ編みの……!?」
「そうです! わた、しが……」
「ば、馬鹿者! そんな状態で高度な術式を使うな!」
魔力が枯渇したのか、少年はそのまま前に倒れ伏す。
その際、被っていた帽子が脱げ、しまい込んでいたらしい長い髪が地面に広がった。
男にしては高い声、長い髪、そして前世の記憶に残る姿……
「まさか、少年ではなく、少女だったとはな……」
意外な事実に、正直驚きを隠せない。
しかし、このままボーっとしているワケにもいかなかった。
(二人の少女が倒れ伏している状況に俺一人……、これは、目撃されたら絶対にマズいことになるな)
術者である少女が気を失った以上、人払いの術も解けている。
すぐにこの場を離れる必要があるため、俺はなんとか二人を抱きかかえる。
「グッ……、体力的にかなり厳しいというのに……」
思わず漏れた弱音が、コンクリートの壁で反響し空しく響き渡った。
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