第11話 パイスラッシュ!
「ハッ!」
一重が高速の踏み込みからステッキで突きを放つ。
それが意外だったのか、帽子の少年は慌てたように大げさな動きでそれを躱す。
「っと、なんだ、魔術を使うと思ったらいきなり杖で殴ってくるとか、意外に野蛮ですね!」
少年の発言を無視するように、一重は脚を狙って追撃を打ち込む。
少年はそれを舌打ちしながらも難なく躱し、同時に間合いを詰めようとする。
「っ!?」
その顔面を目がけ、一重の蹴りが放たれる。
今度は躱しきれず、腕でそれを受ける少年。しかし……
「痛ったた、何? その靴……。先端に金属でも入ってるの?」
一重の履いている編み上げブーツは、見た目の華やかさに反し、実際は戦闘向けに特注したサバットシューズである。
先端には金属が仕込まれ、攻撃性、安全性共に高い代物だ。
そんなブーツで身体強化のかかった蹴りを打ちこめば、ハンマーの強打に匹敵する威力がある。
とても素手で受けきれる威力ではない。
普通なら腕がへし折れていてもおかしくないハズだが、少年にその様子はない。
やはり、一重と同レベルの身体強化がかかっていると思って間違いないだろう。
「それにしても、この蹴りといい、その杖捌きといい、もしかして『サバット』かな?」
「っ!? 『サバット』を知っているの!?」
「まあ、知識としては。こう見えて僕は研究者気質なんですよ。何事もまず、知識を付けることから始めるんです」
……それはつまり、わからん殺し的なことはできないってことか。
それにしても研究者気質とは、随分と気が合いそうじゃないか……
こんな出会い方をしなければ、もしかしたら友達位にはなれたかもしれない。
「とはいえ、僕は本格的に格闘技を習ってるワケじゃないですし、肉弾戦に付き合うのはやめておきます。本当は身体強化で無理やりねじ伏せる方が楽だし、精神的に屈服させやすいんですどね……。ん~、あれ? 確かここに入れたと……」
そう言いながら、少年はポケットに手を突っ込み何かを探し始める。
少年は緊張感のない表情で鞄を漁っているが、その姿を見て俺の中に漠然とした不安が過る。
なんとなくだが、アレは不味い気がする。
「一重!」
「っ!? わかったわ! 発動!」
一重が一瞬で俺の意図をくみ取り、魔術を発動させる。
このやり取りに魔術的な要素は一切ない。長年の付き合いが為せる意思疎通である。
「っ!? 視点固定!? うわ、ちょっ、ズルい!」
先程も使ったテクノブレイクLV3。
俺も含め、範囲内の全ての生物の視点が固定される。
先程と違い技名を叫んではいないが、もちろん叫ばなくてもこの魔術は使用可能である。
「戦闘中に相手から視点を切る方が愚かです! 大人しく眠りなさい!」
少年は慌てて体の向きを変えようとするが、それは無駄だ。
テクノブレイクが固定するのは視点である。
いくら体の向きを変えようとも、眼球だけは固定された視点を捉え続けようとするため、無理をすれば眼球を痛めかねない。
「ハァァァァッ! パイ、スラァァッッシュ!」
パイスラッシュ。
そう名付けられたこの技は、一重が使用できる唯一の攻撃的魔術である。
その効果は意識の切断。つまり強制的な気絶状態を引き起こす技だ。
触れさえすれば効果を発揮するこの術は、近距離戦においては非常に強力な攻撃手段となる。
その分魔力を食うのが難点だが、通常の打撃よりも危険性が低く、かつ確実性が高いため、まさに必殺技と言って良い性能だ。
その性質故に、初見でこの術を防ぐことは極めて困難である。
一重が通常の打撃ではなく、確実に意識を刈り取りに行く選択をしたのは間違っていない。
ただ、俺からすればそれは悪手であった。
好機を見逃さない一重の判断速度は素晴らしいが、相手がもし魔術師であった場合、それを逆手に取られかねないのである。
一重は対魔術師戦を知らないがゆえ、その判断を見誤った。
「ひーちゃん! 駄目だ!」
「え?」
「残念。バレましたか。でも、もう遅いですよ」
パイスラッシュは強力な魔術だが、効果を発揮するためには直接相手に触れる必要がある。
これは暗示や呪詛的な体系の術式であるテクノブレイクとは違い、相手に魔力を流し込み直接作用させる術式だからだ。
魔力を他人に流し込み作用させる術式は、暗示などとは違い高度な集中を要するうえ、外しても魔力の消費は免れない。
そのため、使用するのであれば確実に当てられる状況を作り出すのが重要となる。
より確実に当てるには不意打ちが望ましいが、それ以外では他の魔術との併用が必須と言っていいだろう。
ゆえに、テクノブレイクとの相性は抜群であり、この連携は必勝パターンの一つだったのだが……
ギリギリまで引き付けた上で、余裕をもってパイスラッシュを躱す少年。
そしてそのまま懐に潜りこみ、持っていた黒い何かを一重の腹に押し当てた。
「お休みなさい、お嬢さん」
「っっ!? ぁ……」
バチリという音と同時に、一重が膝から崩れ落ちる
「ひーちゃん!」
視点固定は未だ解けていない。
しかし、俺の視点は一重に固定されているため、駆け寄るのには何の弊害もなかった。
「しかし、まさか接触魔術を使用するとは思いませんでした。まあ、そのお陰で隙を利用できたんですけどね」
余裕な表情で、手に持った黒い何か……、恐らくはスタンガンを手で遊ばせる少年。
俺はそれを無視し、倒れた影響で一重に傷がついていないかを確認する。
(傷は、ないようだな。身体強化が切れてなかったのが幸いしたか……)
視点固定が解除されたことを確認し、少年を睨みつける。
「視点固定を、解呪したな。霊能者の類か、天然の超能力者の可能性もあるかと思ったが……、お前、生粋の魔術師だろう?」
俺の台詞が余程意外だったのか、少年は遊ばせてたスタンガンを手から落とし、きょとんとした表情を浮かべる。
「……魔術師なんて言葉が出るとは思いませんでした。まさか、同郷者ですか? ……クックック、これは面白い。ゴミだと思っていましたが、少し興味が出てきました。もし宜しければ、アナタも僕の仲間にしてあげましょうか?」
「是非お願いします。……なんて言うと思うか?」
「フフ……、強がりはやめましょう? アナタがかつてどの程度使い手だったかは知りませんが、今のアナタの総魔力は5。先程の閃光の消費が2だとして、身体強化もかけているでしょうから、精々が残り2か1のハズ。抵抗するだけ無駄というものですよ?」
少年の分析は、ほぼ間違っていない。
学校で尾田君にかけた思考力低下の暗示も含めて、俺の残り魔力は1しかないからだ。
対して、この少年は十分な魔力を残している可能性が高い。
しかも、魔術的知識も持っているとなると、奇手の類も通じない可能性が高い。
だが……
「知ったことか! ひーちゃんに手を上げたヤツは絶対に許さん!」
「……短絡的ですね。これでは前世もたかが知れているか……。昔話に花を咲かすのも悪くないと思ったんですがね、まあいいでしょう。実験体くらいにはなるでしょうからね」
俺は一重を少し離れた場所に寝かせ、少年に向き直る。
まともにやれば勝ち目はない。だから、俺はまともに戦うことを諦めた。
「行くぞ!」
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