第13話 波乱の日々の幕開け
「………………はっ!? ここは!?」
跳び起きるように布団を跳ね上げる少年――いや少女。
「目が覚めたか? ここは、まあ……、ただの空き家だ」
あの後、少女二人を担いだ俺は、先程少年達と戦った駐車場に放置されている坊ちゃんを発見した。
既に他の者達はいなくなっているというのに放置されている辺り、どうやら坊ちゃんに人望はなかったらしい。
目覚めていなかったのは、一重にではなく少女に加減のない一撃を食らったせいだろう。
ともかく、俺はまず坊ちゃんを叩き起こした。
すっかり怯えきった坊ちゃんに俺は、
そして、とりあえず休む場所を提供するように
ここが何のために用意された場所かを考えると反吐が出る思いだが、一応は未使用らしい。
比較的新しく、小奇麗なことからも、まあ信用していいハズだ。
出会いは最悪だったが、坊ちゃんは実に有用そうな存在であった。
将来的に良い仕事に就けるかもしれないし、可能な限り良い関係を築きたいところだ。
「マ、マスター!? さ、先程は失礼いたしました! まさかマスターだとは思いもせず、数々の失言を! ど、どうか! お許しを!」
俺の声に反応し振り返った少女は、再び跳び上がるとその勢いのまま土下座の姿勢に移行した。
フライング土下座……、自分でやったことはあるが、人がやるのを見るのは初めて見たな……
「いや、構わないから土下座はやめてくれ。俺も気づかなかったとはいえ、結構危険な真似してしまったし、それでチャラということにしよう」
先程俺が実行した技術である『呪詛返し』は、防御的な技術にも関わらず、非常に殺傷力が高い。
というのも、この技術は文字通り相手の呪詛――対象の身体や精神に影響を及ぼす呪術――を術者本人に返す技術なのだが、相手の呪詛を押し返すのにこちらの魔力を上乗せする関係上、効果を倍近くにして返してしまうのだ。
呪詛の程度にもよるが、身体能力低下程度の呪詛ですら返されると重度の疲労困憊に陥るレベルだったりする。
呪詛の内容次第では、最悪死に至るケースも……
「いえ、呪詛返しなど基本的にされる方が間抜けなのです。マスターは何も悪くありません」
返される方が間抜けとは、よく魔術師同士で皮肉交じりに語られる決まり文句だ。
基本的に術を仕掛ける側は自分も仕掛けられる覚悟を持つべきであり、当然自分はその対抗策を用意しておくべきなのだが、呪詛に関しては特に注意が必要となる。
何故ならば、呪詛返しは自身の術を介して行われるため基本的に防ぐことができないからだ。
返される可能性がある以上保険をかけるのは当然であり、より確実に呪詛を成立させるために対象の情報、状態を事前に調べておくことが必須となる。
そして、もし対象に呪詛返しをされる可能性があると判断したのであれば、仕掛けること自体を取りやめるのが常識なのであった。
つまり、呪詛返しをされるということは、自らの調査不足、またはそれを見抜けぬ程の愚か者であると判断されてしまうのだ。
「まあ迂闊だったのは確かだが、最低限相手の魔力量を確認していたワケだし君に落ち度はないだろう。この世界にはアミュレットみたいな物も存在していないようだし、油断するのも無理はないしな。……ただ、その、本当に大丈夫か? 正直切羽詰まってたから、細かな分析もせずに対象の書き換えしかできなかったんだが……」
呪詛とは、言い換えれば対象に対して流し込む強制力を伴った命令文のようなものである。
呪詛返しはその命令文を読み取り、対象や効果の部分を書き換えて魔力で強引に押し返すのだが、先程の俺にはその命令文を読み解く余裕はなく、対象の部分だけを書き換えて無理やり送り返したのだ。
もし込められていた呪詛が、精神破壊に繋がるようなものであった場合、この少女の精神は不味いことになっているかもしれない。
少女の魔力総量から考えれば、そこまで危険な呪詛ではないと思うのだが……
「その点は幸いでした。私の行使した呪詛は、私個人に対する服従の呪いです。呪詛返しにより効果が倍増しているので解呪は困難ですが、そもそも私はマスターに対して絶対服従なので、何も問題ありません」
………………大問題じゃないか。
頭が痛くなってきたぞ。
「あ~っと、ラミア君、だったよな。確かに君は優秀な生徒だったし、色々アドバイスはしていたように思うんだが、そんな間柄ではなかっただろう? 悪いんだが、俺はあの頃魔術にしか興味なくてね……。正直、連結魔術式を見せられなければ、君のことも思い出せなかったと思う」
俺は、彼女のことを熱心な研究生程度にしか認識していなかった。
俺はそもそも、学院の正規の教授というワケではなかったし、生徒に対する責任感も全くなかったと断言できる
上のジジイ共がやれやれと
「た、確かに私はマリアス様の正式な弟子ではありませんでしたが、私はいつも心の中でマスターと仰いでいました! あの頃の私にとって、マスターは神に等しい存在だったのです! 私だけではありません、他の研究生や教授の中にもそう思っている者達は大勢いたハズですよ!」
そ、そうなのか……
全然知らなかった。というか、そんなに注目されていたことが少し怖い。
知らないところで、
ダンダンダンダーダダンダーダダン♪
内心困惑していると、懐で着信音が鳴り響く。
ディスプレイを見てみると、げげ……、静子だ……
さっきまで電波妨害されていたからすっかり忘れてた……
「も、もしもし」
「ぇぐ……、し、師匠? 無事……なのですか?」
滅茶苦茶泣き声であった。
「あ、ああ、無事だ」
「よ、よがった……。電話、繋がらないし、っぐ、駐車場に行っても、誰も、いないし……」
あの駐車場に来ているのか。
あれほど現場には来るなと言っておいたのに……
いや、それは言うのは少し可哀そうか。
俺だって、静子に連絡が取れなくなれば心配にもなる。
「……すまない。連絡が遅れた。今もそこにいるのか?」
「……はい」
であれば、それほど距離は離れていないな。
俺はここの場所を教えてから一旦通話を切る。
およそ200メートルくらいの距離だし、迷うことはないだろう。
「話途中ですまんな。それで……、ってなんだその顔は?」
少女、ラミアはこちらを見ながら凄い顔をしていた。
俺の母が、父の下着をクンカクンカしながらmellow、とか呟いているのを見てしまった一重もこんな顔をしていた気がする。
「マスター……、今、電話越しに、師匠、と聞こえた気がするのですが……」
「あ、ああ、どういうワケかいつの間にか師匠と慕われるようになってな……。同い年のハズなのに、何故こうなったのやら……」
静子には確かに魔術の手ほどきをしたが、それはあくまで友達に裏技を教えるような感覚であった。
それがいつの間にか、何故か師弟関係になっていたのである。
「そ、それを認めたというのですか!? あの大賢者マリアス室長が!? 人嫌いの偏屈者で有名だったのに!?」
さ、最後のはほとんど悪口じゃないだろうか?
確かに、俺は偏屈者で人付き合い悪かったが……
でも、別に人が嫌いだったワケじゃないんだぞ?
ただ、ちょっと付き合い方がわからなかっただけで……
「こ、こんなことは前代未聞です! かの世界の者達がこの事実を知ったら、世界を震撼させる大ニュースになっていましたよ!?」
「そ、そんなことはないだろう……。別に弟子の受け入れ拒否していたワケじゃないし、大袈裟過ぎだと思うぞ?」
「な、なん……だと……? そ、それはもしかして、私が
「あ、ああ、君は優秀だったし、特に断る理由もなかったと思うが」
最終的に面倒になって断った可能性は高いが、それは今言っても仕方のないことなので言わないでおこう。
ペタン、と腰が抜けたように沈むラミア研究生。
興奮した様子だったので、意識でも失ったかと思い顔を伺おうとすると、グルンと音がしそうな勢いで顔が跳ね上がった。
そして天井を見上げ、両腕を広げる。
「ジィィィィィッーーーーザス!!!」
うお、び、びっくりした……
流石に声でか過ぎだろう……、鼓膜が破れるかと……
夜中といっても良い時間にこの音量は近所迷惑……と思ったが、幸い近くに民家はない。
まあ、そもそもこの部屋は防音が効いているらしいので音漏れの心配はないようだが。
「マスター! で、では、私も弟子にしていただけるということですね!?」
「え……? いや、そう言ったつもりはないが……。というか、その資格もないだろう。今の俺は、君が言うところの総魔力5のゴミだぞ?」
「その節は大っ変っ失礼しました!!! ゴミなどととんでもない! 『転換の秘法』を扱えるお方が、ゴミなどであるハズがありません! 総魔力が例え5であろうとも、マスターが偉大であることには何も変わりませんので! だから……、その……、是非、是非とも私めを貴方様の弟子に!!!!」
再び頭をシーツにこすりつけ、土下座の姿勢を取られる。
一日に二回も、それも若い少女に土下座されるというのは、とんでもなく罪悪感を感じる。
どうしたものか……
いくら『転換の秘法』が使えると言っても、変換効率の関係で結局は前世程の魔術を行使できるワケではない。
しかも生命を削ることから、最悪死ぬ可能性まであるという……
前世の世界であれば、間違いなく禁呪指定を受けるの代物だ。
そんな不安定な技術を使用できる程度のことで、俺に弟子を取れるほどの器があるとは思えない(静子は勝手に師匠と呼んでるが)。
チラリと少女の顔を見る。
その目は期待に満ち溢れており、頬はヒクヒクと痙攣しているようであった。
(これ……、断ったらそのまま気絶、いやショック死してもおかしくないレベルだな……)
俺は諦めるように溜息をつく。
「ああ、OKだ。ただし、俺達は同じ年齢らしいから、普段は普通に接するんだぞ。いいな?」
「ハイィィィッ!!!! ありがたき幸せにございますぅぅっ!!!」
土下座の姿勢から、さらに沈み込むように突っ伏す少女。
ショック死こそしなかったが、興奮でなにやらヤバイことになっている。
シーツが湿っている気がするのはアレだよな、興奮による発汗と涙だよな。
まさか失禁なんてことは……
いや、これは深く考えては駄目そうだ。
バン!
俺が現実逃避をしていると、部屋のドアが勢いよく開け放たれる。
「うぐ……、師ぃぃぃ匠ぅぅぅ……」
ああ……、また面倒なタイミングで……
時刻は既に、0時を回ろうとしている。
明日の授業は、きっと眠くなるに違いない。
◇
あれから約一週間が経過した。
あの後のことは、正直思い出したくないレベルである。
ラミアは、今の名を
麗美は、静子を見るや否や一番弟子の座を譲らないかと交渉を開始。
しかし静子は人見知りな所があり、俺の背に隠れて縋りつくように、師匠師匠と泣きつく。
あまりの騒々しさに寝付いていた一重が目覚め、麗美のことを先程まで敵対していた少年と認識すると威嚇を開始。
そしてその中心にいた俺は、極限の疲労と現実逃避が功を奏したのか、途中から意識を失ったのであった。
俺は一重に担がれて家に戻ったようだが、なんとも情けない話である。
疲れた。本当に疲れた。体力的にも精神的にも。
そんな俺には、心と体の休養が必要であった。
だからこの一週間は『正義部』の活動もしていないし、麗美からの誘いも全て断った。連絡も極力無視した。
その甲斐もあり、俺は実に平和な日々を過ごしている。
もう、いっそこのまま平穏に過ごすのも良いではないか? と思うくらいに……
「おはよう諸君。本日は諸君らに転校生を紹介する。今日からクラスメートなる彼女を、どうか暖かく迎えてやって欲しい。では、入りたまえ」
「皆さま、おはようございます。本日よりこのクラスでお世話になります、
お嬢様然とした彼女に対し、喝采を送るクラスメート達。
反比例するように沈み込む俺。
ああ、平穏など、所詮は夢に過ぎなかった……
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