第6話 育て方、間違えました

 


「お、目覚めたようだね尾田君」


「……ここは、保健室か?」


「その通りだよ尾田君。ウチの一重ちゃんが粗相をして申し訳ない」


「ウチのって……。雨宮ってやっぱりお前の女なのか?」



 俺の女、か……

 実際の所、俺は彼女を自分の娘のようにしか見てこなかった。

 しかし、最近はどうなのだろうか?

 正直、自分でも少し自信がなくなってきている。



「いや、まあ正確には違うけど、大事な子であることは確かだよ」


「……そうか。そういや、その雨宮は?」


「そこで寝てるよ」


「っ!? まさか、何かあったのか!?」


「いや、単に眠くなったみたいでね」



 尾田君を運んだ後、暫くは一緒に彼の目覚めを待ったのだが、10分もしないうちに彼女は船をこぎ始めた。

 恐らくは魔力を使った反動のようなものだろう。

 彼女の使った魔術はテクノブレイク以外に、実はもう1つある。

 まあ所謂いわゆる、身体強化の術というやつだ。

 身体強化の術は、彼女の魔力総量からすれば微々たる消費量に過ぎないのだが、普段から使用していないと独特の精神疲労を感じやすい。

 加えて、動き回ったことも相まって、疲れが眠気として表れたのだろう。


 ……なんてな。

 もと研究者であるがゆえに、俺は下らないことでも理由をつけて考察したがる悪癖がある。

 実際にはもっとシンプルな答えがあるのに、無駄に考えて思考の迷路に自ら入り込むのだ。

 一重の眠気についてだって、冷静になってみれば考え過ぎの類であることくらい理解している。

 理由は簡単で、正直俺も眠いからだ。

 適度に体を動かしたあと、夕日を浴びながら静かに尾田君が目覚めるのを待っていた俺達。

 そのシチュエーションに加え、さらに目の前にベッドなんてあったら、そりゃもう眠くならないわけがない。



「……そうか。なあ、俺が気絶したのって、やっぱ雨宮に蹴られたからなんだよな?」


「そうだね。それについては本当にすまなかったと思う。彼女、ちょっと短絡的なところがあってね……」



 無論、そう育ったのは半分以上俺の責任だ。

 俺は彼女の育て方を、盛大に間違えてしまったのである。



「いや、別に蹴られたことは事故みたいなもんだしいいんだけどよ……。ただ、俺ってこんな図体だろ? 頑丈さには正直自信あったんだが、まさか女の蹴りで気絶するなんて思いもしなくてな……。信じられないっていうより、信じたくなかったから確認したんだよ……」



 尾田君はどうやら、一重にノックダウンされたことがショックだったようだ。

 まあ、身長188センチ、体重100キロ超で坊主頭の巨漢が、JKの蹴り一発で沈むとか普通は考えられない。

 情けなく感じてしまうのも無理はないと思う。

 でも、大丈夫だよ尾田君。

 間違いなく一重が規格外なだけだから。



「尾田君が自信をなくす必要はないよ。一重はちょっと特別で、普通の女子高生と同じくくりにはできないと思っていい。何せ、彼女の蹴りの衝撃は1tを超えているからね」


「1トンだと!?」



 以前、とある施設で魔術強化中の一重の身体能力を計測したことがある。

 どのデータもトップアスリートに匹敵する素晴らしい結果をだしていたが、脚力については特に強化と相性が良かったらしく、同年代の平均を遥かに上回る結果を残した。

 中でも蹴りの威力については、あらゆる位置で計測を行った平均が1tという驚異的な記録を叩き出している。

 単純な威力だけであれば、元警官の某格闘家すら上回りそうなレベルであり、当たり所が悪いと人を殺しかねない。


 当然一重を殺人者にするわけにはいかないので、威力に関しては十分な制御を体得させている。

 しかし加減したとしても、一般人にとっては驚異的威力であることは変わらない。

 だから、尾田君が凹むようなレベルの話では全くないのである。



「というワケなんで。はっきり言って尾田君が気絶したのも無理はないって話さ。まあ気絶させるのに1tの威力なんて必要ないし、ちゃんと加減はされているので後遺症の心配はないと思うよ」



 暫くはむち打ちみたいになる可能性はあるがな……



「ん、ぅん~? 良助? 朝ぁ?」



 っと、どうやら話題の中心人物が目覚めたようだ。



「夕方だよ一重。ほら、しゃきっとして」


「ん~? ………………あ、尾田君!? さっきはどうもすみませんでした! 私、結構突っ走り気味で……」


「あ、ああ、それは別にいいんだが……」


「本当にごめんなさい。もう尾田君のことはちゃんと覚えた・・・から、次からは平気だと思う……って、もうこんな時間!?」



 時間はもうすぐ17時を回ろうとしている。

 そろそろ帰らないと、晩飯の準備ができないな……



「大変……、早く帰らないと……。尾田君! 時間がないので今日のところは帰ります! また今度正式にお詫びするので! 良助! 急ぎましょう!」


「慌てるな一重! 部室に静子が置いてけぼりだ!」


「それは大変! 迎えに行ってくるわ!」



 そう言って慌ただしく保健室を飛び出す一重。

 スパッツを履いているとはいえ、スカートの捲れ方が危うい。あとで注意しておこう。



「さて、では尾田君。自分もこれで引き上げるよ。また後日、話をしようじゃないか。それじゃあ」


「あ、ああ……」



 色々と状況に付いていけずポカーンとしている尾田君を残し、俺は保健室を後にする。

 若干ながら思考力を低下させるように魔術をかけていたのだが、一応は効果があったようだ。

 俺のゴミのような魔力ではこの程度が限界だが、まあ、やらないよりはマシだろう……



 さてさて、一重が何か問題を起こす前に追いつかなくては……


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