第2話 わしが育てた

 


 ――――あれから14年の月日が流れた……





「良助! さあ、部活に行きましょう!」





 俺は神山 良助かみやまりょうすけ、16歳。現在高校生である。

 そして、今俺に話しかけている少女は雨宮 一重あまみやひとえ、16歳。同じく高校生だ。



 あの出会いをきっかけに近付いた俺達の関係は、14年間途切れることなく続いていた。

 幼稚園、小学校、中学校と、全て同じ場所に通ってきた俺達は、当然のように高校も同じ場所に通っている。

 まあ、高校に関しては受験やら、親の財力も関わってくる関係で調整するのには少し苦労したが……



「ああ、行こうかハニー」


「ハニー? ハチミツですか? それとも新しい呪文でしょうか?」


「……いや、何となく言っただけなんで気にするな。行くぞ」


「ハイ♪」



 この14年は、俺にとって非常に長く、そして充実したものであった。

 前世で50歳近くまで生きた俺にとって14年なんてあっという間に感じるだろうと思っていたが、意外にも普通に長く感じたのである。

 それは恐らく、崇高な目標があったからだろう。


 ――その目標とは、この可憐で美しい少女を純粋無垢な女神として育てること。


 出会った頃の彼女は、それはもう純粋無垢であり天使のような存在であった。

 この天使との出会いは、俺に一つの使命感を植え付けた。

 ――彼女を決して手放さず、守り抜いてみせる、と。

 守り抜いてみせるというのは彼女自身の安全についてだけではなく、彼女の個性、性格といった部分についてもだ。


 彼女は大人になるまでの過程で多くの人と出会い、様々なことを学び、経験することで少しずつ大人へと変化していくだろう。

 その中には当然、人間の汚い部分も存在しているに違いない。

 結果として、彼女の純粋さは失われることとなるだろう。

 しかし、そうはさせない。

 彼女を汚い大人になどさせてなるものか!


 そうしてできた目標が、ある程度人格形成が落ち着く高校生になるまでの純粋培養であった。

 俺はこれを『雨宮一重女神化計画』と名付けている。


 ……仰々しい名前を付けてみたのは、単なるノリである。

 正確にはその変化を最小限に止め、正しい方向に誘ういざなうくらいの小さな気持ちだった。


 正直、俺は彼女の家族ではないし、教育方針に口を出せる立場でもないので、ある程度の変化は仕方ないと思っていた。

 人間の汚い部分についても、全てを遠ざけるだけではなく、付かず離れずの距離感で体験させるつもりでいた。

 完全な純粋培養で育った生物は、免疫力が低く病に侵されやすくなるものだ。

 それを避けるためには、ある程度の免疫は付けた方が絶対に良い。


 だからこそ俺は可能な限り彼女と共に過ごし、できる限り干渉し、調整を続けた。

 幸いなことに俺と彼女同様、彼女の両親と俺の両親も気が合ったらしく、非常に良好な関係を築いていた。

 家族ぐるみの付き合いというのは俺にとって非常に有利な条件であり、彼女と長い時間を一緒に過ごすには最高の環境だったと言える。

 家に居るとき以外は年がら年中、朝から晩まで彼女と過ごすことができたし、彼女の交友関係の制御や情報統制はつつがなく行えた。

 特に情報制御に関してはかなりの徹底ぶりで、少々無理がありそうな部分については、僅かな魔力を用いてまで印象の操作などを行ったくらいだ。

 まあ、これについては本当に些細な、それこそ気持ち程度の効果しか出ていないようだったが……


 そんな俺のたゆまぬ努力が実を結び、彼女は可能な限り純粋に育った……と思う。

 見た目に関しても、ハーフである母親から譲り受けた淡い色の金髪、抜群のスタイルに美しい容姿と、女神と言って差し支えないレベルにまで成長を遂げていた。


 そんな長くも充実した日々を、今は懐かしく思う。



「どうしたんです? 良助? そんな遠い目をして……?」


「……ああ、ちょっと昔を思い出してな」


「昔って言うと、いつ頃でしょうか?」


「特定の年代を思い出していたわけじゃない。過ごしてきた日々を振り返っていたという感じだ」


「……良助、なんだかジジ臭いです。そんなことより! 今日の活動について考えましょう!」


「活動って……、別にいつも大して変わらないだろ……」


「変わりますよ! 今日は特に良いネタを仕入れたのです! なんと、ウチのクラスの尾田君が、悪い先輩たちに屋上へ呼び出しを受けていたらしいんです!」



 なんでまたそんなネタを拾ってきたのか……

 まあ、夕夏ゆうか辺りからの情報だろうが。



「ふふふっ♪ 今日も私のテクノブレイクが火を噴きますよ♪」



 何の恥じらいもなくその単語・・を口にする彼女。

 そう、この言動からもわかるように、俺の『雨宮一重女神化計画』は既に頓挫しているのであった……


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