No.XXX

 四月二十一日。

 午前一時過ぎ。

 リアル世界。

「見付けた」

 どんなに力を入れても全く動かないドア。

 ここがアナザーからリアルへ脱出出来るドアに違い無い。

「後は初音さんが上手く高瀬さんから逃げて来れるかどうか」

 本体のスマートフォンをオフにしないせいで、通話が維持されていた事もあり、聞こえ難いながらもヘッドセットからは、アナザー世界の初音さんの動きが聞き取れていた。

「それにしても……他の人間も引き摺り込まれる事には驚いた」

 けれど、たぶん、今回に限っての事だろう。

 たまたま初音さんと同時期に、呪いに掛かっていたと考えられる。

 完全にターゲットが初音さんに絞られた事によって、もう他の誰かが引き摺り込まれる心配は無い……でも、高瀬さんが言ったように、初音さんは無駄に優し過ぎる。

 それは良い所でもある反面、悪い事でもある。

「様子を見に行きさえしなければ、あんな事態にはならかったと言うのに……」

 優先すべき事、切り捨てるべき事、何もかも救おうだなんて考えを持っているようでは、自分自身を窮地に追い込んでしまう事が多くなる。

「高校生と言ってもまだまだ子供、考えが甘過ぎるわね」

 呪術式に掛かる条件と言うのも初耳だった。

 掛かった人間にだけ分かる事、か……初音さんには高瀬さんのように掛かった後、気付いたらふと呪術式に関係した事を知っていた、事は無さそうだし、レーデンヤの呪術式に関しては、寄せている側が掛かった場合、高瀬さんのような事象に該当するのだろう。

『リリカノさんっ! リリカノさんっ、聞こえますかっ?!』

「聞こえているわよ。もう少し静かに話しなさいな」

 どうやら高瀬さんに飲ませた睡眠薬が効果を発揮したみたい。

『あ、案外落ち着いているんですね……』

「本体をオフにしなかったでしょう? ヘッドセットから音声が全て聞こえていたから」

『あ、あぁ、なるほど……』

 実の所、アリスから逃げられないと言われた時は、さすがの私も焦った事……は言わないでおこう。

「初音さん、今からA棟の二階、中央階段を上ったすぐ右側の教室へ向かいなさい」

『それって、もしかして出口ですか?!』

「ええ、こちらからは開く事が出来なかったから、当たっていると考えられるわ」

『すいません……何か、色々役立たずで……』

「そうね、今回のあなたの行動は正直、褒められるような事が少ないわ」

『う、ぐっさり来ますね……』

「当たり前でしょう? 甘やかした所で無茶や無謀が直るわけが無いもの。今後は充分気を付けて行動なさい。まぁ、お説教は後でするから、今は一刻も早く脱出してくる事、いいわね?」

『……お説教されるなら、戻りたくないような』

「それは冗談として受け取っていいのかしら?」

『そ、そそそうです、冗談ですってっ! 怖いっ、声が怖いですよっリリカノさんっ!』

 全く、人の心配も知らないで。

「あなたが戻れば高瀬さんも戻って来るだろうし、ほら、早く行動する」

『了解ですっ』

 出口さえ見付かってしまえば、一安心と言ったところかしら。

 さすがにもう無茶な行動はしない……と確信が持てないのが、悩みの種よね。

 ヘッドセットのマイク機能を一時的に切る。

「ふぅ」

 ここは誰かが作った作り物の物語の世界では無いのだから、何もかも上手くなんて行くわけが無い。

 増してや、やり直しが出来るとか、別の選択肢が存在するとか、時間が戻るとか、そんな荒唐無稽な事は絶対に起こらない。

 例え呪術的な事に頼ったとしても、時間の操作は出来無いのだから。

 だから私は、初音さんに伝えていない事が一つある。

 それは、この呪術式に抗い勝った時、高瀬さんの記憶からは、初音さんの記憶が喪失してしまう条件が存在する事を。

 文献に記載が増えたあの日、そう書かれてあったから確実に起こる。

 伝えたところで、彼の場合は、気にも留めずに呪術式の解除に精一杯努力するだろう。

 でも、伝えた後の彼の取る行動は大きく変わるはず。

 どうせ忘れるから、どうせ覚えていないから、だからきっと無茶な行動を取ってしまうだろうし、何より、高瀬さんが初音さんへ寄せている、好きだと言う思いに対しての受け止める気持ちの強さが変わって来てしまう。

 誤解が生じて友達がいないと言うのに、それを受け入れている初音さんの態度が、私は気になった……いや、気に障っていた。

 本当は友達くらい欲しいはずなのに、勝手に達観して、勝手に一人を選んで。

「まったく……」

 私が友達になっても良いかと聞いたあの日、あんなに嬉しそうにしたくせに。

「だからあなたは、あなたの事を思っている人がいる事に、ちゃんと気付いて、忘れる未来が確定しているからこそ、しっかり受け止めなさい」

 その後、どうして教えてくれなかったと責められても、私は何も言わずに受け止めるつもり。

 少しは自分の気持ちに素直になる事を、あなたは知るべきなのよ。

 やっぱり一人は寂しい、友達が欲しい、とね。


A Preview

「ねぇ、初音さん」

「ん、なんでしょ……ぎゃああああっ! 目がぁぁ! 目がぁぁぁあ!」

「ふむ、どうやらオチが付いたようね」

「イキナリ酷過ぎません?!」

「仕方ないでしょう? オチは全部、初音さんの『目がー』って台詞で決着すると決定したと伝え聞いたのだから」

「決まってませんよっ! おのれぇ、高瀬の奴だなぁ~、いいですか? あれは冗談、一種の気の迷いなんですっ! 本気で捉えない、ひぎぃぃぃ! 目がぁぁぁ! 百目がぁぁあああっショォォック!」

「…………」

「パターン変えた努力に突っ込みも無しっすかっ!」

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