No.XXX

 四月二十日。

 午後十一時過ぎ。

 不思議な世界。

「……」

 大きな剣を引き摺りながら、私は薄暗くて不思議な世界の中を歩く。

 世界、とは言っても隅から隅まで歩いて行ける程度の小さな世界。

 目を覚ました時にはこの世界に存在して、気付いた時には知識があって、動き始めた時には確信的な思いが存在していた。

 目を覚ました以前、私自身が今まで存在していた過去の記憶は無い。

 ただただ白紙の記憶だけ。

 気付いた時には、たくさんの知識は有った。

 埋め込まれたような色々な知識が。

 そして……記憶の事よりも、知識の事よりも、もっと大切な“思い”が存在した。

 独りは嫌だと感じる思い。

 私は埋め込まれた知識を使い自問自答して、一つの解答を得て、その解答に従い動いている。

(寂しい気持ちはどうしたら無くなりますか?)

『友達を作れば、独りじゃなくなるよ』

(じゃあ、お話しをして、お友達になって貰えるようにお願いすればいいですよね)

『いいえ、それではダメ。この世界の中で、人間は生き永らえられないもの。だから逃げて行ってしまう』

(そうですか。どうしましょう?)

『だから……殺してしまいましょう』

(でも、そんな事をしてしまったら、お話しが出来ないです)

『けれど、独りよりはいいでしょう?』

(……分かりません)

『分からないのであれば、実行してみればいいだけの事。あなたは人間では無いのだから、食料は必要無いし、死ぬ事も無い。何度だって試し直せるのだから』

(そうですね。意味が無かったら、また別の方法を考えれば良いですよね)

 だから私は“あの人”を見つけた時、コロスつもりで、この手にしている大きな剣を投げた。

 残念ながら当たらなかったけれど、一つ、分かった事もあった。

 人間はこの世界から逃げ出してしまうと言う事に。

 後を追って、あの人に壊された個所を私も通ってみたけれど、変化は無く、世界は同じまま。

「やっぱり、殺すしか無いのですね」

 もう少し時間が経てば、あの人がまたこちら側へ来てくれる。

 今度は逃がさない、絶対に。

 学校と呼ばれる建物の窓際に立ち、外をぼんやりと見詰める。

 どこまでも薄暗い世界。

 学校の施設外には、何も無かった。

 無かった、とは少し違う。

 グラウンドを通って外に出てみると、そこはこの学校に繋がっていて、何度試してもこの学校に戻って来るだけ。

 私はこの世界の中だけでしか、存在出来ない。

 だから他の世界から来るあの人を留める為には、やっぱり、コロス事以外方法は無い。

「…………またあなた達ですか」

ギギギギギ。

 背後から聞こえた鉄の軋む音に気付き、私は窓に反射して映っている自分の姿のその背後を確認した。

 この世界には私の他に、人間とはまた別のモノが存在する。

「しつこいです。本当に邪魔なので、消えてください」

 振り返りながら手にした大剣を横に薙ぎ、背後で剣を手にして振り上げていた存在を、胴体から真っ二つに切り裂いた。

 ザギンッザギンッザギンッ!

 念入りに、粉々に、手や足、胴体、頭、次々と自分の大剣で切り刻んで行く。

「あなた達に用は無いのです。いい加減、私を襲う事を止めてください」

 そう告げたって、私の言葉は届かない。

 届かい理由はバラバラになっている事以前に、この存在には自我が無いのだから、どんなにお話しをしても無駄な事が分かっている。

「満たされないです、満たされないですっ、満たされないですっ!」

 私の寂しさを満たしてくれるのはあの人だけ。

 ザギンッザギンッザギンッ!

 苦しみ、喘ぎ、呻く事だけでもこの鎧騎士が可能であったなら、私の寂しさは多少でも満たされたはず。

 けれど、今もなお私に切り刻まれていると言うのに、鎧騎士は何一つ言葉を発する事無くバラバラに粉々に散り散りになって行く。

 ギギギギギ。

 また別の一体が出現した。

 次から次へと現れては。

 ザギンッ!

 こうしてまた私に切り伏せられて行く。

 それでも……。

「あなた達では満たされませんっ! 表情が無いのだから……少しは痛がってくださいっ! 苦しんでくださいっ! 苦痛の叫びを上げてくださいっ!」

 ダメだ。

 何度やっても、応えない……。

 でも、あの人は違う。

 私があの時、あの人に向けて剣を放り投げた時、とても心地良い表情をしていた。

 驚き見開かれていた瞳。

 恐怖を滲ませ私を見ていた瞳。

 心の底から……ゾクリとした。

 嬉しかった、愉しかった……悦びに心が満たされた。

「ふふ、くすくすくす……」

 思い出しただけで、心が高ぶって行く。

 ザギンッザギンッザギンッ!

「あはははは! あなた達のような無能で役立たずとは違いますよねっ! あの人は、私を満たしてくれますっ! とてもっとてもっ、気持ち良くっ!」

 もう少し、もう少しだ。

 それまでは…………。

 ギギギギギ。

「詰まらないですが、あなた達で我慢してあげますからっ! キャハハハハッ!」

 増えてくる鎧騎士を相手に、私は一心不乱に大剣を振り回し、転がる一体一体をバラバラに切り刻んで行く。

 あの人は同じようにされた時、どんな表情をしてくれるのだろう?

 どんな声を上げてくれるのだろう?

 相変わらずただただバラバラになって行く鎧騎士を、冷たく嘲笑いながら、その時を、早く早くと私はあの人へ思いを馳せた。

 次章へ続く。


A Preview

「初音さん、私は思うわ。聖地が必要だと」

「……だから何度も言いますけど、ややこしい発言はですねぇ……いや、もういいです。それで突然どうしたんですか?」

「聖地巡礼、と言う言葉を知ったのだけれど、どうかしら、作ってみては」

「作れって……たぶん…………無理だと思いますよ? 暗黙の了解の前提として、健全である事が必要かなぁと」

「不健全な部分なんて、一つも無いから大丈夫よ」

「ありますよねぇっ?! 主にリリカノさんの発言の中にっ!」

「何を言っているのかしら? 私のような年代であれば、誰だって卑猥な会話をするでしょう? むしろしない方がおかしいわよ。有りのままの現実を見せているのだから、そこにおかしい事なんて一切無いわ」

「じゃ、じゃあ、百歩譲って良しとしましょう。ですが、僕の住むこの地域には、聖地認定出来るような何かは存在しません…………中途半端に田舎なので」

「そこをどうにか探すのが、地元の人間の役目でしょう? 聖地として認定されたら、あなたの大好きな例のアニメショップも拡充されるでしょうね。そしてゆくゆくはイベントと称し、初音さんの大好きな声優も呼ばれるかもしれないわ。さらには、聖地の立役者として、あなたには何かすらの特典が付くかもしれない。二人きりで写真撮影、とか」

「なっなんだってぇぇぇええっ! こうしちゃいられない! 僕、外を一回りして見つけてきますっ! 待ってろよぉー聖地っ!」

「ふむ、相変わらず声優が絡んだ時の無駄なパワーだけは、正直呆れるくらい凄いわね。それにしても初音さんが聖地って言うと、どこか卑猥に聞こえるのは気のせいかしら?」

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