No.XXX

 四月二十日。

 午前零時過ぎ。

 初音くんの家。

 リビングと同じ階にある和室の部屋。

 私は隠れていた押入れの戸を少し開き、耳を澄ませて家全体の様子を伺う。

 しんと静まりかえった家の中。

「寝たのかな……くすくす」

 自然と笑いが出てしまう。

 まさか自分の家の中に、私が潜んでいたなんてきっと思ってもいない。

 初音くんが今もトレーニングをしている事を、放課後に確認しておいて良かった。

 彼が外に出て来た時、幸運にも家の鍵を閉める事無く、家の横、たぶんトレーニングの為に広い場所へと移動したのだろう、その時を狙って気付かれないように、私は家の中へと侵入した。

 あれから数時間、じっと息を潜めて初音くんが眠るのを待った、何もせずひっそりと押入れの中で。

 ようやく待ち侘びた時間。

「くす……初音くん、待っててねぇ。今から、迎えに行くから。やっと、やっとだよ。やっと、独り占めに出来る。絶対誰にも渡さない、私だけのモノ。二人っきりの世界でずぅっとずーっと一緒に暮らそう……でも、もし、逃げたりしたら……その時は」

 チキチキチキ。

 初音くんの家に来る時、思い立って買って来たカッターナイフ。

「くすくす……新品だからスパッと切れるよね。首の動脈くらいなら意図も容易く。逃げないでね、やっぱり一緒にいたいから、私に初音くんを…………殺させないでよねぇっ、きゃはははは」

 もう何が本音か、自分でも分からない。

 初音くんと二人きりで過ごしたいのか、それとも、初音くんを殺して未来永劫、誰にも渡さないようにしてしまいたいのか……私の初音くんに向ける思いは、完全に……異常なまでに歪み始めている。

 歪み始めている気持ちに気付いているのに、私は、今の自分が間違っている事をしているなんて全く思いもしない。

「まぁ、どっちでもいいよね……私の物になるにしても、初音くんを殺しちゃう事になっても、私以外の誰にも渡さなければそれでいい……ふふ、ふふふ」

 チキチキチキ。

 カッターの刃を持ち手の中に引っ込める。

「出来れば使わない事が一番、かな。あぁ、早く初音くんと一緒になりたい。二人切りの世界で、おかしくなる程気持ちイイ事しよう? こっちの世界に戻りたくないって感じるくらい、たぁくさん、気持ち良くなろうね~」

 想像するだけで幸せ、自然と笑顔になり開いた口が閉じられない。

 もうすぐ、二人だけの世界で誰も気にする事無く、初音くんと二人だけになれる。

 私は和室を出て、初音くんのいる上の階を目指し、一歩一歩ゆっくりと、音を立てないようにひっそりと階段を上がる。

 一歩ずつ、初音くんへ近付くに連れて、私の心は嬉しさと悦びに満ち溢れ、その歓喜に声を上げて笑ってしまいそうだ。

「あぐっ」

 手首を甘く噛み、声を出さないようにと耐えるけれど、口の端が自分でも上がっている事がよく分かる。

 今行くから待っててね。

 ずっと、ずっと……気持ちを抑えて我慢したんだもん。

 私の何もかもをあなたに上げる。

「くすくすくす、たぶん、この部屋だ……」

 初音くんの部屋の前に付くと、私の心臓はドクドクと脈打ち、胸が苦しくなる。

 気が狂ってしまいそう。

 こんなにも初音くんの事が好きだったのに、今までよく我慢出来たと思う。

 でも、もう我慢しない……初音くんは私の物、私だけの物。

「はぁっはぁっはぁっ、ダメ、ダメだよぉ。好きな気持ちが抑え切れ無い……」

 とてもおかしな気持ち。

 大好きなのに、好きで好きで仕方が無いのに…………壊してしまいたい、傷付けてしまいたい、そんな相反する気持ちが絡み合い、私の心をごちゃごちゃにして行く。

 でも、仕方無いよね……それこそが恋だもん……狂っていたって、仕方が無いよね。

 ゆっくりとドアを開き、初音くんの部屋へと入り込む。

「ここが初音くんの部屋…………」

 初めて入った思い人の部屋。

 不法侵入をしている事は分かっているのに、犯罪であり悪い事だと言う事は分かっているのに……それなのに私の心は幸せな気持ちで一杯になって行く。

 初音くんの事を考えながら慰めている時よりも、ずっとずっと気持ちが良い気分。

 そしてベッドの上には、横にならず座った状態で眠っている私の大好きな人。

 このままあの人を見ながら”イケナイ事”をしたら、どれだけ気持ち良くなれるのだろうか。

 想像するだけで、私の理性は飛んで行ってしまいそうになり、本当にこの場で私は自分を慰めてしまいそうになる。

「でも……もうすぐ、もうすぐだから」

 自分に言い聞かせるようにして、私は初音くんの隣へとゆっくり忍び寄る。

 放課後の不可思議な出来事……そんな事は私に取ってはどうだっていい。

 私は初音くんの外見に惚れたわけでは無い……彼の持つ本当の優しい心に惹かれたのだから、彼に起こっている不可思議な事象なんて興味は無い。

「くすくす、ダメだよぉ初音くん。寝る時はちゃんと横にならなくちゃぁ」

 初音くんが被っている布団を起こさないように剥ぎ取り、私は座って寝ている初音くんの横へ、ぴったりと身体を寄せて腕を回し、抱き締める。

 身体がゾクゾクする。

 おかしくなってしまいそう。

 このまま初音くんを連れ去るか監禁でもしちゃおうかと考えたけれど、私には二人切りになれる世界が用意されている。

 我慢しなくちゃ。

 せっかく神様が用意してくれたんだもん。

「待っててね、今から私も行くから、そっちの世界で、ずぅーっと二人で過ごそうね…」

 初音くんの身体から伝わる体温を感じながら、目を閉じる。

 ドキドキと高鳴る胸のせいで眠れないかもしれないと思っていたけれど、信じられないくらいすっと眠りに落ちる事が出来た。

「これで……やっと、二人になれる、ね……初音くん…………」


A Preview

「初音くん、このレーデンヤの呪術式って登場人物が極端に少ないよね?」

「高瀬……お前もこの世界を作り物だと言いたいのか?」

「違うの?」

「違うよっ! 僕がいるこの世界はリアルで現実、マジなんだよっ! 決して作り物じゃないから、そう言う事言わないでっ! 位置付けとかあれとかそれとか、面倒な事になるんだから禁止っ!」

「いいじゃない。オーディオコメンタリーみたいな感じで」

「アニメ化してないからっ! 中の人なんて存在しないからっ!」

「大変だね、初音くん。毎回毎回、私達の暴走に値する発言へ、律儀に答えてさ」

「……そう思うなら、止めてくれよ」

「んー、今回だけはそうしてあげる」

「これからもずっとでっ!」

「で、登場人物が少ない件については、どう思っているの?」

「これが普通。次から次へと美少女に囲まれる事事態がおかしいのっ!」

「あ、出てくる人達は美少女前提なんだね」

「男の夢だもんっ!」

「いやぁ、その姿で言われてもねー。初音くん、何処からどう見ても女の子だよ?」

「それならさっさとストーリー動かして、この姿を解決して欲しい……」

「結局初音くんも、私に禁止したような発言をしちゃっているけど、次回は動くってさ」

「主要メンバーがたった三人なのに、今までほとんど動きが無かったから、僕は心配でならないよ……」

「短編ラノベが完結する文章量を使っているのに、まだ第三章だもんね」

「でも、一応日付や季節の概念があるから、時間軸はしっかり進んで行くんだと思う。だからいつかは絶対に終わりが来るんだよ」

「あれ、知らなかったの? 一年間が終わると、また同じ一年間が始まるんだよ?」

「はい?」

「ストーリーは進むのに、初音くんは結局一年後、また高校二年生をしているわけです」

「それ終わりが無いパラレルワールドじゃんっ!」

「それじゃあ、次回はついに初音くんがパラレルワールドに転移されるので、こうご期待です」

「……最後、うまく纏めたなぁ」

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