No.003

 四月十九日。

 午後十時過ぎ。

 僕の部屋。

「つ、疲れた……」

 ドサ。

 ベッドへ倒れ込む。

 疲れた理由はトレーニングのせいでは無い。

 風呂に入るってだけの行為がここまで精神的に来るとは思いもしなかった。

 保健室で着替えた時は、こんな姿になったせいで気が動転していた事もあり、服を脱いで着替える事が出来たけど(まぁ、覚悟が必要だったのは言うまでもない)、リリカノさんから話を聞いて大分落ち着いたから、妙に意識してしまった。

 ただ、入ってしまえば別に大した事は無く、入るまでが大変だったと言うだけ。

 これがもし、例えばリリカノさんと身体が入れ替わったとかであれば……恐らく、隅から隅まであれこれ見てしまった事だろう。

 でも、今の姿は僕自身なわけだから、そう考えると、女の姿になったからと言って、いけない事をしてみようとは全く思いもしなかった。

「そりゃそうだ……自分自身なわけだしさ……」

 性別が変わったせいで……同性に興味が出て来ている、なんて事は……無い、よな?

 異性に興味が無くなってたり…………。

「?!」

 ベッドから慌てて飛び置き、机の上に置いてあるスマートフォンを起動して、僕は思い付く限りの二次元画像を検索する。

「くぁっ! これは、また……お前、僕を萌えさせて殺す気だろっ!」

 もちろん男キャラの画像では無い。

「なんだってぇーっ?! アニメーションがこれ程までぬるぬる動くゲームが発売する、だと?!」

 サンプル動画の凄い事。

 きゅ、九千八百円か……高いな…………でも、ここまで動くなら……諭吉の一枚くらい惜しくは無いかも。

 正統派キャラ、お惚けキャラ、ツンデレキャラに年上キャラ……くっ、ニャマゾンでぽちっちゃいそうっ!

「しかも有名声優が声を担当している?!」

 これは……最早啓示だっ!

 ここで買わずに二次元好きをしていられるかってんだよっ!

 サイトのリンクを次々とクリックする。

「何々、店舗別特典は、ここをクリックっと…………お、おおおおっ!」

 どれも捨て難いっ!

 悩む、メチャクチャ悩んでしまうっ!

 定価より安く買えるニャマゾンにするべきか、定価よりも高くなるけど、店舗別の特典を取るべきか……ぬぬぬぬぬっ!

「けどっやっぱり買うなら特典付きっ!」

 店舗のサイトへジャンプして、僕は迷わずお届け先を入力する。

「任務完了っ!」

 後は、全キャラクターのブロマイドカレンダー付きソフトが届くのみ。

 ふぅ、ついつい買っちゃったぜ……恐るべし、萌えコンテンツ。

「にしても……良かった……大丈夫だったよ……」

 興味が無くなっている、なんて事は無く、ちょっぴり過激なメーカーのサイトだった為、普段よりもキュン死しちゃったくらい。

 萌えキャラに、はぁはぁしている時点でアレだけど、更に同性へはぁはぁなんてしちゃったらもう目も当てられない。

 きっと親ですら近付かないだろう。

 ハァハァすべき相手はやっぱり異性に限るよ、うん。

 正論を言っているはずだけれど、その内容はただの変態の何者でも無い。

「……」

 リリカノさん、とのキスが思い出される。

 あれは……凄かった…………嫌じゃないよ、正直嬉しい出来事だったし。

 でも、リリカノさん的にはどうなのかな?

 おまじないとか言っていたけどさ……べろチューでメチャクチャ激しかった。

「が、頑張ろう……あんな事をしてくれたんだ、何としても抗って、明日無事にリリカノさんと会うんだ」

 リリカノさんから聞いた憶測通りなら、逃げ切るなり、その世界から脱出すればいい、って事だし……ただ、その時になってみない事には、当然脱出方法は分からないらしいから、それはそれで不安が拭えないけれど、後はもうなるようになれ、な状況なわけだで、発売されたゲームもさすがにプレイする気にはなれないから、今日はもう寝よう。

 一通り家の中の戸締りを確認して、自分の部屋へ戻って来る頃には、午前十一時前になっていた。

 部屋の電気を非常灯だけ点けて暗くする。

 もぞもぞとベッドへ潜り込み、ぼぉっと天井を眺めて今日起こった出来事を振り返った。

 たった数時間の内に、姿まで変わっちゃったんだもんなぁ。

 明日もこのままだったら、服を何着か買わないといけない、最悪リリカノさんから貰った制服があるし、家の中だったら、今まで着ていた服がぶかぶかでもとりあえずは着る事が出来る。

 ただ、靴はそうもいかない……帰って来る時、大き過ぎて凄く歩き辛かった。

 身長と同じように、足も子供サイズだからそんなに値段は高く無いだろう。

 抗い負けず無事だったら早速買って置かないと…………靴の問題は買えば済む事だから、いいとしても、僕はこのまま……。

「……寝ても、大丈夫、なのか?」

 あの動画を見る限り、眠らない方が良さそうな気がする。

 それに…………侵入者の彼女。

 全ての前例者もやっぱり、動画の人と同じように、誰かすらが尋ねて来たんだろうか……この辺り、リリカノさんから聞いておくべきだった。

「戸締りはちゃんとして来たから、誰かが勝手に入るような事は無いだろうけど……」

 やっぱり……普通に怖い。

 怖いモノはやっぱり怖いのだ。

 動画の中の……あの行動は怖過ぎる。

 何もせずただ佇まれている事が、あれ程怖いとは…………。

「お、起きてようかなぁ……」

 このまま何もしないと言うのは、色々と考えても解決しない事で悩みが増えそうな気がする。

 かと言ってぼーっとしているだけってのは、いつの間にか寝落ちするパターンが見えているわけで……それに、あの画像を思い出すと何もせずに一人でいるってのが実のところ、真面目に怖い……。

「や、やっぱり買うはずだったゲームでもしてみようか……」

 好きなゲームをすれば、気を紛らわせる事が出来る。

 思い立ってモニターの電源とゲーム機の電源を入れ、スリープ状態ですでにダウンロードが完了している目的のゲームを選択し、起動する。

『Magical Formula』

 これが今日、学校から帰ってプレイする予定だったゲームのタイトル。

 ジャンルは3D魔法騎士少女対戦格闘。

 当然(?)の事ながら、キャラクターは全て美少女ばかり。

 そのおかげもあって、インディーズゲームながらかなりの注目株となり、発売前期待するゲームランキング3位と、人気メーカーを押しのけた堂々たる順位を叩き出している。

 変身あり、お色気あり、アニメーションあり、派手な必殺技とスピード感溢れる爽快なコンボが簡単操作で繰り出せるとあって、格闘ゲームが苦手な層にもしっかりと受け入れられた。

 そんな魔法騎士少女のストーリーは、結構ハードな設定で固められていて、出演キャラに明るい背景や生い立ちを持った人物が存在しない。

「……結構なキャラ数なのに、よく考えたものだよ」

 それはそれで感心してしまう。

 でも、最近は見た目との落差で人気が出たりするし、まぁ、有りと言えば有り、なのかも。

 全員闇より深い過去を持ったキャラクター数は三十人を超え、どのキャラクターを使おうか迷いに迷った僕が取ったキャラクターは、黒基調の服装をしているアリス・ザ・ナイトメアと呼ばれるキャラクター。

 アリス、と名付けられているので、不思議の国のアリス像を思い浮かべるだろうけれど、一般的に知れ渡っているような可憐なイメージは全く見て取れない。

 むしろその正反対で、かなりダークな雰囲気を纏ったキャラクター像だ。

 長いストレートの黒い髪、どこか虚ろで陰のある伏し目がちな瞳、色白でとてもじゃないが格闘ゲームキャラとして出演しても良いのか不安になるような細い体格。

 けれど、体格とは正反対で、アリスが使用する武器は自身の身長を超える大きな剣。

「……だが、それがいいっ!」

 ギャップ萌え、と言うやつだ。

 と言うわけで、キャラクターが大勢いるから全キャラクターを使って決めようと考えていたけれど、迷いはしたがお気に入りキャラは思ったよりも時間を取られずに決める事が出来た。

「んじゃぁ、早速……」

 VSモードを選択してゲームを開始。

「おおー」

 体験版時点でも作り込みは良かったけれど、製品版は更にそれを良くしたようで、パッと見なのにキャラのモデリングやエフェクト、操作性のどれもがハイレベルで向上している事が体感出来る。

「これは……いいゲームだっ!」

 僕の直感が告げている。

 魔法騎士、とタイトル名が付けられている通り、遠距離戦も近距離戦もやり過ぎってくらい激しいバトルが繰り広げられ、攻防の展開も目まぐるしく変わって行く。

 そして何よりキャラが……可愛いっ!

 キャラが……可愛いっ!

 大事な事なので、二回言っておく。

「で、ここからパワーアップの変身をっ! ぽちっと」

『……マジカルフォーミュラ』

 キャラクターが変身する為の合言葉を発した後、画面一杯にアニメーションシーン表示され、ぬるぬる動きながらコスチュームを変化させて行く。

「すげぇっ、これ、超いいゲームだっ!」

 変身シーンはキラキラでピカピカ、一つ一つの動作が可愛くて……アニメ化まった無しだよこれはっ!

 しかもアップデートでVR対応するとかしないとかっ!

 斬撃の連斬をヒットさせてから吹っ飛ばす。

 それを追いかけてからの、さらなる追撃。

 そこから超必殺の魔法攻撃。

 なんて楽しいゲームなんだこれはっ!

 大してゲームのテクニックが無い僕でも、こんなにもキャラを自由自在に操作出来るなんて。

「ぬおおおおおおおう」

 相手の魔法攻撃に対して、こちらも魔法攻撃を仕掛けると、魔法同士がぶつかり合い画面にボタン連打の合図が表示される。

「ぬぬぬぬぬっぬああああっ!」

 言っておくがこれは僕が発しているのであって、画面内の魔法騎士少女が発しているわけでは無い。

 付け加えておくと、画面内のキャラは聞き覚えが無いので新人声優さんを起用していると思われるけれど、新人とは言えさすがプロ、演技の臨場感は数倍増しとなっている。

「よし、何とか勝ったけど、さすがにコンボの練習はしないとダメか」

 その後、一人薄暗い部屋の中でエキサイティングしながら全キャラ分の変身シーンを網羅した後、お気に入りキャラのコンボ練習をしている最中、徐々に睡魔が襲撃し始めて来た。

「ちょっと休憩……」

 ちょっとだけなら、大丈夫。

「ストーリーモードも完成度高かったなぁ……」

 全編フルボイス、要所にアニメーション挿入、オープニングとエンディングだけじゃなく、キャラクターソングまでキャラ分作成されていて、非の打ちどころが無い出来栄え。

 ストーリーモードに限っては、画面にギッシリ出現している敵キャラを、武器と魔法を使ってバッタバッタ倒す、爽快感溢れるアクションゲームとなっていた。

「少し休んだら続きしよう……」

 ベッドの上で体育座りになり、布団を後ろから羽織り、五分くらいの休憩タイム。

 眠いけど……一日くらい睡眠取らなくても平気だろう、どうせ、何が起こるのか分からない不安なまま眠ったって、充分睡眠が取れるとは思えない。

 それならいつでも、臨戦態勢が取れるように、起きていた方が懸命だと思う。

 まさか母さんの特訓がこんな場面で役に立つとはね。

「背、小さくなっちゃったから…………抗う事になってしまうと……いつもより、パワー落ちちゃう……かも、しれない…………ぐぅ。あぅ……眠い、寝ちゃダメ…………ぐぅ、すや~」

 ちょっとだけ休憩宣言から数十秒、色々有り過ぎた精神が強制的に睡眠へと入ってしまい、僕はそのままパッタリと抗う事も出来ずに寝落ちしてしまった。

 ゲームは起動したままだったから、流れているオープニング曲を聴きながら、CDが発売したら絶対に買おう……そんな事を思いながら……。


A Preview

「え? あ、ちょっと! ダメ、ダメだって、近い近い、近いよー!」

「……」

「ん? 私の部屋に来て欲しい? な、なんて大胆なっ! でも、そう言う事なら行きましょう! 行かねばならないのですっ! 今行きますよーっ! って、ぎゃあああ、眩しいっ! 太陽光がぁぁっ! UVが目にぃぃぃ!」

「現実には戻って来れたのかしら?」

「ひぇっ?! リ、リリカノさんっ?!」

「全く、何をしているかと思えば、端から見たらただの危ない人よ、あなた」

「勝手に部屋に入って来ないでくださいよっ! って、そもそも鍵掛けておいたのにどうやって?!」

「鍵穴に差し込むと、どんな鍵だろうと開錠してくれる呪術物を使ったの」

「だからって鍵を掛けている人の部屋に入っちゃダメでしょっ!」

「何を言っているのかしら? だからこそ入って来たんじゃない。どうせ怪しい事をしているだろうと思っていたけれど、本当に怪しい事をしていたから、少し驚愕してしまったわ。あら、びっくり」

「べ、別に怪しい事なんてっ! ただVRゲームしていただけですしっ! 端末返してくださいよぉっ」

「そんな事よりも、一つ答えて欲しい事があるのだけれど? 今、姿なのかしら?」

「へ? 姿、ですか? えっと、ジャージですけど……何か?」

「そうじゃないわよ。外見の話」

「外見、ですか? えぇっと、女の姿ですけど……それで合ってます?」

「ええ、じゃあ、もっと具体的に、自分を客観的に見て」

「具体的で客観的に……? そう、ですね……小学生か中学生か、それくらいの女の子、でしょうか?」

「その通りね」

「で、それがどうしたんです?」

「伝わらないのよ。あなたが今、幼女だと言う事が」

「……いや、見れば分かるじゃないですか」

「どうやって見ろと? 誤字や脱字の多い文字と、拙い文章だけで、どう視認しろと言うのかしら?」

「ははは、何を言っているんですか、リリカノさん。文字と文章だけ、なんて事無いじゃないですか、やだなぁもぉ」

「知名度もユーモアもセンスも、何もかも不足している作者が書いているライトノベルの世界でしょう、ここは」

「わーわーっ! ややこしくする発言は禁止ですよぉっ!」

「それならもっと初音さんが幼女姿である事をアピールしなさいな。どれだけの人間があなたの事を幼女姿だと思いながら読んでいると思う? 私は半分も満たない人間があなたの事を、男の姿だ、と思い描きながら読んでいるように思えるのだけれど?」

「何度も言いますけど読むとか読まないとか、そう言うのは」

「いいから、もっと幼女アピールをしなさいな」

「……幼女アピールって……どうすればいいのかサッパリですよ」

「一人称が悪いのでは無くて?」

「私に変えろ、とかですか? んー、ちょっとそれでも分かり辛いかと」

「それなら一人称は名前、でどうかしら?」

「あーまぁ、そうですねぇ」

「ちょうど男でも女でも、どちらでも通用しそうな名前じゃない」

「七、ですか? でも、名前にしたって僕が幼女姿である事は、伝わらないと思いますけど……」

「じゃあ、七括弧幼女、にしましょう」

「言い辛いですよっ!」

「言わなくてもいいわ。文章にする時、常々括弧幼女を付けるようにするから」

「必要無いですってっ!(幼女)」

「あら、とても分かり易いわ」

「付け方おかしいでしょっ!(幼女) だーはっ!(幼女) 鬱陶しい!(幼女)」

「次章からは、それでお願いするわ」

「無いっ無いですからっ(幼女) ホント(幼女)邪魔(幼女)過ぎるっ!(幼女) 付け過ぎだよっ(幼女っ!) 勢い付けて(幼女)言わ無くて(幼女)いい(幼女)か(幼女)らっ(幼女)」

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