終章β:樋野ヨシカの日記
二〇××年 四月 十九日 天気:ふつう
今日、リナは学校を休みました。気になりましたので連絡を取ろうと思いましたが、リナのメールアドレスを知りませんでしたので担任に訊きました。
「病院へ行っているみたいですね」
「どちら、でしょうか」
担任はわたしの質問の意図を読み取り、ちゃんと通院しているはずですと静かな声で告げました。
二〇××年 四月 二十二日 天気:少し怪しい
翌週になって、危ない方の病院へ顔を出すと彼がいました。
「あの子の借金、僕が立て替えておいた」
「ごめんなさい」と、わたしが謝るといつものように彼にVIPルームに連れていかれ、帳尻合わせとなる代償行為に付き合いました。
二〇××年 四月 二十四日 天気:そんなに悪くはない
一週間ぶり(正確には六日ぶり?)にリナが学校へ来ました。けど、顔色が良くなくわたしが話しかけても曖昧な返事をするだけでした。
唯一会話になったのは、
「あのメール、何だよ」
というリナからの質問でした。
「メール?」
「大丈夫かよヨシカ。あんた、あいつと付き合って変なモノやってないだろうな」
「わたしがですか?」
「ほかに誰がいるってんだよ」
無言でリナを見続けましたが、伝わらなかったようでして疲れたように自分の席で寝てしまいました。これでも会話になった方なのです。
二〇××年 四月 二十六日 天気:しんどそう
彼からの連絡がしばらくありません。電話をしても『おかけになった電話番号は~』と断られてしまいます。リナにも聞きたかったのですが、リナの電話番号からも同じく機械音声が流れてしまったので自宅へ向かいました。当然のように学校を休んでいましたから。
学校帰りにお伺いしましたが、リナの家には誰もいませんでした。外出中かなと思いまして夜七時頃に再度チャイムを鳴らしました。返答はありません。
二〇××年 四月 二十七日 天気:平然としている
休日の朝食の時間を落ち着いて過ごすことはなく、テレビのニュースを見たわたしは恐怖に震えました。
でも、こうなった現在を過去から予期していた気もして、腑に落ちる自分もいます。だからわたしはハーブティーを一杯飲んでから警察署へ行こうと思います。わたしの贖罪については……どうしましょうか。
二〇××年 五月 一日 天気:ノーコメ
無難にやり過ごすのが吉だと見做したわたしは、事情聴取で真実を語りませんでした。トライアングルの崩壊を企図するように頂点を遠ざけてしまった、と換言できるでしょう。
刑事とのやり取りは概ねスムーズに進みましたけど、一点気掛かりなことがありまして、
「殺人容疑で逮捕された三代リナは現在措置入院中でありますが、あなたとはGPSで長らく繋がっていたと連呼しているようです。心当たりは?」
釈然としないことを訊かれたので、わたしは唸って流しました。
二〇××年 五月 二十八日 天気:まっさら
落ち着いた頃になって、わたしは彼のお墓へと参りました。お供え物は……彼の好きだったタブレットで。
「リナに薬物を勧めたのは、わたしでした。だから悪いのはわたしなのに、死んだのはあなたである世界は理不尽だと思いませんか」
つまり、わたしがちゃんと死んでいれば正しく、わたしがまだ生きている世界は何処か狂っているのです。
この日記を、途絶えさせたく思います。正常な観点が何一つないゲームは、端末其物を破壊する以外にリセットする術がありません。
二〇××年 五月 三十日 天気:判別不能
ゲームを続行したく思います。わたしにはまだ、生存理由の把持が許されていたようです。
本日、リナが拘置所より脱走しました。そんなことが現代の日本で可能なのかと驚きましたが、報道を聞くと納得しました。精神病院でカウンセリングを受けていた際に医師や看護師を虐殺して逃げたとのことでした。
ニュースのテロップや新聞の活字で、虐殺の二文字が実際に頻出していました。異様な表現に底知れない狂気性を感じますが、今のリナならさほど不自然でもありません。
二〇××年 六月 二日 天気:晴れ
わたしはリナを愛しています。わたしはリナを愛しているのでしょうか。わたしはリナを愛すべきだと思われます。わたしはリナと愛し合っています。わたしはリナへ愛をあげます。わたしはリナを愛せるのでしょうか。わたしはリナを愛しています。
二〇××年 六月 三日 天気:雨
わたしは樋野ヨシカ。何処からどう見ても樋野ヨシカ。地球が半分に割れても樋野ヨシカ。波打ち際でも樋野ヨシカ。独りぼっちになっても樋野ヨシカ。百年経とうが五十年遡ろうが樋野ヨシカ。鏡の奥にいるのは……誰?
二〇××年 六月 四日 天気:雨
何もすることが無く暇だったので過去の日記を読んでみると、ルール違反に気付いてしまった。
そっか。このゲーム、すでに終わっていたんだな。
じゃ、この日記も終わりか。
この世界は正しかったのだ。
そして、この世界を正しくさせたのは私だった。
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