RY-Fiction 03
「これが《五輪の魔法使い》の力……か。化け物ね」
リナの拳は届かず、ユーデリカが放つ強烈な闘気……または豪風とも称すべきか……ともかく異常な力で後方へ飛ばされて転倒した。
「リナさん!」
「来るなヨシカ! 殺されるぞ!」
過保護を受けるわたしは、指をくわえて見ていることしか許されていない。後は……説得か。
「やめてください……わたし達はただ、古都野ケーナさんの安否を知りたいのです。それがどうして、攻撃しようとするのですか」
「《五輪の魔法使い》の素質者であるかどうかを確かめるために、ワタシは戦いを挑んでいるのデス」
「では、わたしとリナさんは《五輪の魔法使い》にされてしまう、と……」
「決定事項ですネ」
淡々とした様子で話すユーデリカから、深い狂気がじわりじわりと場を侵食しているようだった。
「耳を貸すなよ、ヨシカ。こいつを信用できねえんだ。《五輪の魔法使い》のエネルギー根源……五輪波動のある神社で破壊活動を続けているんだ」
わたしとユーデリカの会話に割り込むリナは立ち上がり、唇を噛んで擦りむいた膝の痛みを我慢している。
「東京五輪で起こり得るテロ対策で結成されたらしいが……実際にテロを起こしているのは何方かな?」
「成程。三代リナは《五輪の魔法使い》の存在性を疑っているのですカ」
「そりゃそうよ。ケーナを奪われたのだから」
「正確には《五輪の魔法使い》の一員になりましたが」
しれっとしたユーデリカの発言で、大きな不安と小さな希望がわたしの心の中で入り混じった。
「ケーナさん……取りあえずは生きているのですね」
「イエス……良きルーキーとして活躍しておりマス」
活躍、という言葉に引っかかったのはわたしだけでなく、リナもだった。
「ケーナは《五輪の魔法使い》になって、一体何をさせられてんだよ」
「テロ対策の訓練デス」
「本当か?」
リナにねめつけられるユーデリカは、僅かに視線をずらした……ような気がした。
「……本当デス」
違う。《五輪の魔法使い》は嘘をついている……隠し事をしているような仕草を見せたのだ。
「リナさん。わたしもこの人……怪しいって思っています」
「珍しく気持ちが通じ合ったな」
「珍しくって何ですか。わたしはいつもリナさんと心を一つにしているつもりでしたよ」
「そっか」
とてもそっけない返事だったが、リナの頬が緩む。緊迫した空気はユーデリカの背後で燃えている木々へ吸い込まれていくようだった。
「わたしは古都野ケーナさんと直接お会いしたことはありませんが、リナさんの大事な人であることは知り得ています」
「樋野ヨシカは、古都野ケーナに会わせろと間接的に要求しているようですネ」
「おっしゃる通りですけど、わたしとリナさんは《五輪の魔法使い》にはなりません。関わってはならない相手だと認知しました」
「ふむ……」
ユーデリカは腕を組み、わたしの瞳の奥を覗き込むように見つめた。
「では、二人はどうするのですカ? 《五輪の魔法使い》との関与を避けたいけど、古都野ケーナに会いたい、と?」
「そうだな」
「三代リナもおかしいと思いません? 二人の意志は矛盾していますヨ」
「そうだな」
「《五輪の魔法使い》として覚醒しない限り、ワタシにやられてしまいますヨ」
「そうだな」
感情を喪失したアンドロイドのように、リナは同じ言葉を反復させた。
どこか、変だ。
何が、変なのだ?
「そうですカ。このストーリーラインは失敗だったのですネ」
「失敗?」
ユーデリカだけが把握している一つの事実があるらしい。
「ーー次なるシナリオに進むための世界外=構想が欠落していたのデス」
意味深に呟いたユーデリカは驚くべきことに、自らの顔をマスクのように引き剥がした。
「……どういうことです?」
「こういうことだ」
ユーデリカの素顔はリナだった。
ハッとしたわたしは横を向くと、慣れ親しんでいた方のリナは自らの存在機能をオフにさせるスイッチを押したように固まっていた……。
● ●
空想シナリオでは私を分裂させたが、現実の私もある意味で一つではないのかもしれない、とフィクションらしいことを偉そうに語ってみる。
「此処も無駄に人が多いですね」
駅前の広場にいた私達は、暇な土日を満喫していた。ヨシカは本屋で買った文庫本を読み終わり、私に渡した。
「これ、どうぞ」
「読み終わるの早いな」
「リナさんの書いた《五輪の魔法使い》と比較したら、数百倍簡明なストーリーでしたので」
文庫本を捲ると、ヨシカの言う通り余白の多いページが続いていた。
「ヨシカってこういう……バカでも読めるような小説、好きだったっけ」
「興味本位で買ってみました」
「知見を拡げるには良い心掛けだけど、古本で買えば? 金の無駄遣いだぞ」
貰っても読まない小説であったが、カップラーメンの蓋をするのに適した重量であったため、ジーンズのポケットに入れておいた。
「だけどさ、私の書いているシナリオもバカしか読まないかもね」
「そうでしょうか」
ヨシカを貶した発言をしたが、何とも思っていないように微笑んでいる。
「バカが書いているから、当然のことじゃない」
「リナさんは聡明な女の人ですよ。通俗的な物語に突然、試金石となる多重フィクションを組み込んだのですから」
「ポジティブな見解は有難いけど、実際は物語の設定に生じた穴を強引に引き延ばして進行させただけさ。力業だった……」
太陽の沈む方角に身体を向けると、少し遠くの百貨店の傍で献血バスが停まっていた。
「血を抜きに行くか」
「今日は献血日和ですから、ピッタリなイベントですねえ」
ヨシカはいつも、私の手の届く処に居てくれる。
だから、空想世界の私達もマギッシャーレアリスムスの夢幻に惑わされずに全うな人生を歩んで欲しく思うのだ。
《五輪の魔法使い》は失敗に終わったが、私とヨシカの絆を強固にさせるフィクションを再度求めて、実在している私はより楽しい日々を我儘に過ごしていく。
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