無法遊戯《藍》

 GPSを再度確認すると、データ上のヨシカは徒歩では有り得ないスピードで移動していた。変だな……いつクラブハウスから抜け出したのだろう。タイミング悪くすれ違いになったのだろうか

 兎にも角にも、本人を追えば済む話なので大通りに出た私はタクシーを捕まえて乗車した。公共の場に出ても大丈夫なように、あいつの血液が付着した手は洗面所でしっかりと洗浄している。ナイフはの壁に突き刺しておいた。

「お客さん、行き先は何方ですか」と、人の良さそうな運転手に訊かれたので、X駅方面へ向かってくださいと私も丁寧に答えた。

 今日は長い一日になりそうであり、既になっていると思う。ヨシカではなくあいつに会ったのは苛立たしいことだが、懲罰を与えられたのは救いだった。

 マップを適宜見ると、X駅から二つ先のQ駅へ位置情報が止まった。なので、途中で運転手に目的地を言い直した。

「かしこまりました。急ぎでしょうか」

「急いでいないと言ったら嘘になりますけど、安全運転で構いません」

 私の要求通り、運転手は模範と賞賛すべき静かなブレーキとアクセルでQ駅まで運んでくれた。気を良くした私は五千円札を渡し、

「お釣りは要りません」と気障っぽく言った。

「運賃の倍はありますよ。こんなにいただけませんよ」

 遠慮する運転手を無視してドアを閉めた。その五千円札はあいつの手垢がついた(複数の意味で)汚い金であったから、雑に使っても構わなかった。なお、趣味の悪い蛇柄の財布は歩道の排水溝に捨てた。金属の網の隙間を丁度すり抜けるくらいの厚さだった。


 ヨシカの現在位置は微妙に移動をし、Qから西へ数分歩いた処にあるファミレスを示していた。今度は見逃さまいと気合を入れた。営業スマイルで出迎えてくれたウエイトレスに人差し指一本を立てると、冷房の効いた店内の中央にある四人席へ案内された。平日の夕方は閑散としているようだ。

 注文をせずに辺りをキョロキョロと見回す私は不審者そのものであったが、ヨシカはいない。再度スマートフォンのマップを確認しても、ヨシカの位置情報は固定された此処であった。

 私の勘はフロアの端にあるトイレに向けられた。ハンカチを持ってお花を摘みに行くふりをすると、私の嗅覚がヨシカの存在を感知した。

 しかし、残り香だったようで肝腎の本人は居らず、代わりに洗面台のラックにGPSの端末と一枚のメモ用紙が置かれていた。


《一七〇〇にメールを送信しますのでご確認ください ヨシカ》


 回りくどいことをするなよな、と呆れながらもGPSの存在に気付いたヨシカに拍手を送りたい。ここは素直に従ってやろうと思えた私は席に戻り、トマトサラダとパンケーキを注文して時間を潰した。


 十七時きっかり、予定通りにメール受信。ヨシカからのセカンドメッセージは日本語の定形を無視した長文であった。


《本日は学校へ行けなくてすみませんでした。お察しの通り、わたしは本来なるわたしから離脱したようです。今のわたしはリナさんの想うわたしと同一かどうかを確かめる術は無いとわたしが断定しましたが、リナさんが否定していただくことも選択肢に入るでしょう。とまあ、わたしを主体にした話を持ち出してしまいましたが、リナさんへ殺えたい(誤字だと思うけど……)ことは別にあるのです。前みたくクイズにしても良かったのですが、わたしの足元に擦り寄っている藍色の亡霊が吠えているので(犬なのか? 藍色ってどういうこと?)スマートに言いましょうか。リナさんに是非殺えたい(固定変換みたいだ)ことで、わたしの足元に藍色の亡霊が吠えているのです。ねえ、凄いことですよね(二回言っているぞ)? 藍色の亡霊がわたしの足元で擦り寄って吠えているんですよ(語順を変えても同じことだぞ)。吠えている亡霊が藍色で、私の足元で擦り寄っているんですよ(しつこいな……)。全くもって可愛い鳶なのです(予想外の鳥類かよ)。この鳶を何としても捕まえてリナさんに見せたく思いましたが、結局のところ亡霊なので触れませんでした。鳶が飛び立つ瞬間、わたしの顔は鳶のように蒼褪めました(想像しにくい例えだな)。仮にあの亡霊がわたしの命を代理していたとしたならば、わたしは現世に居られなくなってしまいますから。ね?(同意できないし) それはともかく、明日はちゃんと登校しますから安心してくださいね(安心できるか)。》


 メモでは伝えられない訳だ、と私は得心した。逆を言えば、それ以外に理解した部分は無かった。

「限度を弁えているやつだと見做していたけど、いよいよクスリやったのかな」

 あの《病院》で配布されていたドラッグに依存するヨシカを想像して、間歇的な頭痛を起こした。またか、と私は慣れた手つきでスカートのポケットから頭痛止めのを取り出し、水で飲み込んだ。

 瞼を閉じて、ヨシカのメールで登場した藍色の鳶を仮想世界で撃ち落とした。ショットガンにはまだ弾が残っていたので、ついでに銃口を咥えて自分も絶命させておいた。癲狂なイマージュに因果を附加してみたが、頭痛は治まらない。



 

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