RY-Fiction 02
長い石段を駆け上がると、見るも無残な光景がわたし達を待っていた。
「……何だこれ。メチャクチャじゃねえか」
損害が激しいのは火焔に包まれている木々だけでない。砂利で覆われた地面には彼方此方で亀裂が入って断層が露出しており、拝殿は全壊していた。
「自然災害としか思えないような現象ですが、《五輪の魔法使い》が関与しているのですわね」
「そのはずだ。自然災害でなければ魔法で証明するしかないさ」
わたしに背中を見せていたリナは踵を返し、
「《五輪の魔法使い》を探してくる。危ないからヨシカは神社の外へ出ているんだ」
硬い表情でわたしに命令をしたが、受け入れられなかった。
「わたしもリナさんについています。だって、不安ですの。リナさんも御友人のように消えてしまったら……悲しむのはわたしです」
「……ヨシカ」
リナの苦しみは、わたしの苦しみになるのだ。
部外者にはなりたくないわたしは頼りない存在でも、せめて……彼女の傍に居てあげたく思う。
『ーー感動的な友情愛ですネ。この世界には握りつぶすべき希望がまだまだ満ち溢れている、ということでしょうカ』
「ーー!」
突如として、鋭い声音がわたし達の鼓膜を突き刺した。
燃え広がって倒れていた大木の山に、異国人の相貌をした女が立っていたのだ。
「あいつ……まさか」
察したリナは唇を震わせ、異様な存在者からの脅威を感じている。
『初めまして……三代リナ、樋野ヨシカ。ワタクシは《五輪の魔法使い》のユーデリカと申しマス』
ユーデリカと名乗った女は重力の影響を無視したような跳躍で飛びーー
「……なっ!?」
一瞬で距離を詰めて、わたし達の正面に着地した。恐らくわたしも、困惑しているリナと同じような顔をしているだろう。
「わたしとリナのことを知っていますの……?」
《五輪の魔法使い》と会えたこと自体も驚きだったが、それ以上に不意を突かれた言動の理由をわたしは確かめた。
『イエス……三代リナと樋野ヨシカは、古都野ケーナと同様に《五輪の魔法使い》の素質がある少女として選ばれましたカラ』
「ケーナだとっ!?」
リナが叫んだ名前は誰でもなく、失踪した彼女の御友人であった。
リナの憶測は真実に繋がっていたのだ。
「ケーナは何処にいる!? 連れ去ってのはあんたなのかっ! 答えろ!」
《五輪の魔法使い》が原因で御友人を奪われたリナは……憤怒の情意を抑えきれない。
ただ、対照的に《五輪の魔法使い》のユーデリカは極めて落ち着いた物腰でいる。
ユーデリカの魔法で燃えているであろう神社の炎とは真逆の冷たい氷柱で、その心を固く守っているかのように……。
● ● ●
「なんちゃって評論家みたいに、偉そうな意見を言わせてもらっても大丈夫でしょうか」
助手席に乗っていたヨシカは今日も、私が書いた空想シナリオをスマートフォンで読んでくれていた。心の乱れと言われたディスプレイのヒビを直すはずだったが、このレンタカー代の出費が大きく諦めた。
「気取ったツッコミを矢鱈滅多して笑いを取ろうとするクソ一般人が上から目線でお笑い芸人を批判すること以外なら別にいいかな」
「あ、そういう人って結構いますよね。自分、面白い人間なんですよって誇示しているような」
私の毒言に納得するヨシカの顔を一瞥して、ゆっくりとアクセルべダルを踏む。大型連休の期間であったが、幸いにも渋滞には捕まっていなかった。
「東京から離れていくルートだから、あまり道路が混まないのかな」
「そのようですね」
「ちなみに、本当に目的地の無いドライブをしているんだけどいいのか」
ヨシカは頷き、一言。「ゴールデンウイークは何処へ行っても人が多いですから」
「大いに同意する」
夢の国で一時間も二時間も行列の一員になるくらいだったら、常に視界の風景が変わる密室で好きな人と語り合う方がよっぽど気楽だ。だから私は長時間の運転を厭わず、ハンドルを握り続けていた。
「リナさんって運転お上手ですね。免許は高校生のうちに取得したのですか」
「うん。でも、無免許運転の時期の方が長かったかな。ほら、私の実家って田舎だから軽トラで山道を走れたのね」
「いいですね。その軽トラの荷台に乗りたかったなあ」
道路交通法の違反を咎めないヨシカが木材に紛れて軽トラで運ばれる姿を想像し、ますます愛しくなった。
「で、偉そうな意見ってのは?」
「《五輪の魔法使い》の続きを読ませてもらいましたけど、小説形式ではなくノベルゲームを意識されていると推し量りました。地の文が最小限に抑えられており、わたしとリナさん……それとユーデリカといった登場人物の会話文で状況を端的に表していますね。ただ、戦闘系のRPGにしては硬質な文体でしょうか」
一通りの解説をしたヨシカはペットボトルの蓋を開けて、半分ほど入っていた透明なレモンティーを全て飲み干した。
「こうした書き方を選んだ理由は?」
「普通の小説を書くのもつまらないからな。それに、今の時代は紙媒体からデジタルへと確実に移行しつつある」
「といいますと?」
「小説家よりもソーシャルゲームのシナリオライターの方が需要があるってことだ。現実問題、専業として成立しやすいのは後者だとは思わないか?」
「ほう」
ヨシカは感心と驚愕と尿意の三つを混ぜ合わせようなリアクションをとった。赤信号でブレーキを踏まれ、横を見るともじもじするヨシカが目顔で『コンビニへ寄って下さい』と懇願している。尿意八割で残りの二割を感心と驚愕で分け合ったらしい。
「ジュースの飲み過ぎだ」
「これはジュースではありません。ほとんどミネラルウォーターです」
「ラベルにレモンティーって書いてあるじゃねえか」
「透明な水です」
そういうのを清涼飲料水って言うんだぞ、と反論しようとしたが不毛なやり取りだと気付いたので、無言でウィンカーを出してコンビニの駐車場へと入っていった。
私が書いているのは小説ではない事実を看取してくれたことには深く感謝したい。
現実を補完する空想は、時代の流れと共に形態を変えるべきだと私は信じていたし、恐らく《五輪の魔法使い》の続きはノベルゲームを先駆したような姿形になるだろうと信じている。
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