RY-Fiction 01

「《五輪の魔法使い》について、なんだけどさ」


 わたし達の会話は、突拍子もない処から始まるのが通常だった。


「どうしましたの。リナさんったら、神妙そうな顔をして」


 そして、わたしはキャラクターを乗せた不自然な語りでリナの話し相手になる。


「平然と居られる方が変だよ、ヨシカも見たでしょ。すぐ其処にある神社が爆発したのを」


 リナの発言は一切盛っていなく、正確な事実だった。

 都会の高層ビルに挟まれた神社の木々が燃え、不穏を辺りに知らせる黒煙が高々と上がっている。


「左程珍しくはありませんわ。だって、今月に入って……五回目くらいのことですわよ」

「正しくは六回目だ」

「失礼しましたの。《五輪の魔法使い》に関する事件はリナさんの方がお詳しいですわね」


 誉めたつもりだったが、リナの顔色は良くない。随分ナーバスになっているようだ。


「《五輪の魔法使い》における本来の目的、ヨシカも知っているよな」

「ええ。独立行政法人の研究団体が主体になって動いているプロジェクト、ですわね。三年後の東京五輪で危惧されているテロ対策だと聞いていますの」

「ああ。都内の神社より発せられている五輪波動を基に、魔力のようなエネルギーへ科学的に変換し、《五輪の魔法使い》と呼ばれる少女達がその霊妙不可思議な力で日々訓練を行っている、という話だ」


 現代の日本ってこんなファンタジーを展開していたんだったっけ、とわたしは心の中で首をかしげる。

 でも、眼前には空想話を立証する事実があるのだから現実逃避していられないのだ。


「行くのは、危ないと思いますの」

 わたしの数歩前を歩くリナに警告したが、むしろ彼女の歩調は速くなった。


「でも、これ以上は放っておけないよ。一般人の私は無力かもしれないけどさーー」


 リナの悲痛な声を遮るように、爆発音が再度鳴った。神社からはまだ数十メートル離れているが、地響きが強く伝わってくる。


「リナさん!」

 わたしは彼女の背中を追いかける。危険な場所へ行こうとしている友達を放っておけないのがわたしであれば……。


 --失踪した御友人が《五輪の魔法使い》プロジェクトと関係していることに恐れを覚え、真実を確かめようとしている優しい人がリナさんなのだ。


     ●       ●       ●


「……というストーリーはどうだ?」

 自信満々に胸を張った私は自分のスマートフォンを渡し、ヨシカの評論を催促した。カラオケボックスの本来の役割であるマイクはテーブルに置かれたまま。

「このスマートフォン、画面が割れていますね」

「着眼点をズラすなよ」

「画面が割れたスマートフォンを使い続けるユーザーは心が乱れていると一般的に言われていますが」

「何処の統計だよ」

 余談を挟みつつ、ヨシカは綺麗に整った歯列を見せて、

「興味深いショートストーリーですけど、これって何に使うんですか」

「何も」

「何も?」と、ヨシカは語尾を上げる。

「別に目的無きシナリオを書いてもいいじゃん」

 私の独論に対し、ドリンクバー特有の薄いオレンジジュースを一口含んでから疑いのある視線をヨシカは向けた。

「大学生の遊びにしては幼稚ですね、って目をしているな」

「そういうわけじゃないんですけど、リナさんは面白いのかな、って」

「面白い?」と、今度は私が語尾を上げた。

「《五輪の魔法使い》というファンタジーの素材を使い、わたしを主人公にした空想シナリオを書いて、得られるものがあるのでしょうか」

 なるほど、と私は頷いた。ヨシカの言い分はよく解るので、彼女を納得させる言葉を少し考えさせてもらった。私がドリンクバーから持ってきたホットコーヒーはその間、ほんのちょっとだけ冷めた。


「現実のヨシカが好きだから、かな」

 熟考した割には端的な回答になってしまった。

「はあ」

 案の定、ヨシカのレスポンスは乏しい。

「ごめん。やっぱり違うわ。本心を明かすと、全国のクソつまらない大学生をギュッと集めた感じのサークルに激しい嫌悪感を懐いていたからだと思う」

「ああ、いいですね。そういう言い方の方がリナさんっぽいです」

 ヨシカは何度も首を縦に振り、凄く納得してくれた。

「ヨシカにとっての私って何なんだ」

「全国のクソつまらない大学生よりずっと面白い女子大生です」

「そっか」

 悪い気分はしないから、やはり私はヨシカのことが好きなんだ。

「まだ時間あるし、何か歌うか」と、私はマイクを握る。

「わたし、持ち歌が加山雄三と星野源しかないんですけど」

「選曲バグってんな」

 タッチパネルを操作するヨシカはピピピピピ、と機械音を鳴らした。残念なことに(?)加山雄三の『蒼い星くず』が流れ始めた。

「せめて星野源にしてくれよ。私は手拍子しかできねえよ」

 私の不満は追いやられ、可愛らしい声とはミスマッチなおたまじゃくしが羅列していく。ありふれた女子大生とは程遠いアナーキーな人種であることを改めて痛感したが、好きな歌を歌うヨシカの笑みを見届ける私にその幸福が分有され、まだまだ世間に対して斜に構えられるなと自信を持てた。


 --《五輪の魔法使い》の続きのシナリオ、暇な時に考えておくか。


 風変わりな日常に負けないフィクションは、私に暇を許さない。

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