恋する乙女はよくわからない。【愛梨沙・冷夏】

 「へえ、またですか」


 嘲るように言った彼女は誰あろう、私の幼馴染であるところの美鈴冷夏だった。小学校からの友達で、まさか高校生になってまで一緒だとは思っても見なかったが、まあ、何かと馬は合う。


 でもこの子は私に厳しい。


 「笑うなあ…ほんとに好きだったんだぞお…」


 因みに私は、一目ぼれした先輩に告って玉砕した直後である。校門で待っていた冷夏に慰めてもらうはずだった。現実はそう甘くないが。


 「ほんとに好きだったって、高校に入って何回目だよ」

 「一回目だあ…あほお…」

 五回目である。

 「愛梨沙さあ…もうちょっと考えてから告白しなよ。ここ一週間ちょっと話しただけの人が告白してきてもオーケーするはずないじゃん」

 「分かんないじゃん! 恋愛に慣れてない人とかだったら告った瞬間から好きになってくれるかもしんないじゃん!」

 「しんなくないと思うけど」

 「んもう! せっかく慰めてもらおうと思ったのに台無しだよ!」

 「知らんよ…」

 そこで、冷夏はぼそりと何事かを呟いた。

 「ん、なんか言った!? また悪口でしょう!?」

 「そーそー、聞かなくていいよ」

 「んもう!」私は不満を口にしてから、「あー…結構格好良かったのになあ」

 「それでいうなら、私のほうが格好いい」冷夏はすかさず言った。

 「いやまあ、そうだけどさ…」

 「でしょ」


 冷夏は得意げに笑った。男からも女からもモテる完璧超人の幼馴染は、毎回こういって、私をいさめる。いや、好意的に見れば慰めてくれているということもいえるけれど、どうもこの自慢げな態度が違うな、と思う。


 「ま、いいけどね。いいんだけどね。短い期間だったし、全然悲しくないし」

 「さっきまで泣きじゃくっていたけれども」

 「るせえ」冷夏に軽いチョップをかます。

 「ほ」それを避けるのが彼女である。

 「んもう」


 私はもう一度そう呟いた。のらりくらりとされるのは少し癇に障るが、なんだかんだで気がまぎれた。大体いつもこうだけれど、何かこう、もうちょっと優しい言葉をかけてほしい。優しい言葉が欲しい。優しくして欲しい。


 「もっとさー…まあいいけど」

 「なになに」

 「いいよ、もう。ちょっと落ち着いたし。でも、今週末は付き合ってもらうからね」

 「ん、なんかあったっけ」

 「一緒に出かけるっていったじゃん!」

 「ああ…忘れてたわ。そうだそうだ。今思いだした。ていうかそもそも忘れてなかった」

 「うそつけえ!」

 「ほとほと」

 「ほとほとってなに!? ほとほと愛想がついた!?」

 「あ、私こっちなんで」十字路に差し掛かって、冷夏は左の方を指さす。私は直進だった。

 「電車通って結構大変そうね」

 「大変っちゃ大変だけど…なれりゃあそうでも無いさ」

 「ふうん」私は適当に頷いた。

 「そんじゃ、またね、愛梨沙」

 「週末、わすれないでよ!」

 「へいへい」そう言って、冷夏はその方へ消えて行った。


****


 「大丈夫? 松岡さん。手伝おうか?」

 「あ、ありがと、水樹くん…」


 一週間後のことだった。音楽準備室に譜面台を運ばされていると、そう言ってくれた同級生がいた。目立つ人ではあるけれど、初めて話す。


 「ありがと…」


 その髪型が冷夏に似ている気がする。目の形も、結構被っているような。

 背がおっきい。

 格好いい…。


 「ん、大丈夫? 松岡さん」


 前を歩く彼が振り返って言う。






 「冷夏冷夏! すっごい格好いい人がいたよ!」

 「あんたねえ…いい加減こりなさいよ。あれから何日も経って無いでしょ」

 「何日も経って無いよ! ああ経ってないさ! でも、ラヴに時間なんて無いんだぜ!」

 「無いんだぜ! じゃっねえよ! しかもラブじゃなくてラヴって言ってるところが更に癇に障る!」

 「障んないで!」

 「いい加減気付け! あんたは男にモテない!」

 「モテたいから好きなるんじゃない! 好きになるから好きになるんだ!」


 自分でもいい名言が言えたな、と思う。しかし、冷夏は難色を示した。何でだ、と口をとがらせる。


 冷夏はどうやら、私が誰かれ構わず(いやそういうわけではないけれど)好きになるのが気に入らないらしい。好色っぽいからかな。自分でもそう思うけど、好きになっちまうもんは仕方ない。


 寂しいんだよ、だって。


 「もう…またかよ…」

 「なにさ!」

 「こっちもいろいろあんだよ…」

 「んもう。いいもん。もう冷夏には言わない!」

 「まあ、うん…それでも良いけど」

 「ふん!」


 そういうわけで私は、冷夏に報告はしなくなった。

 

 ****


 「ね、水樹くん、今度の土曜日って空いてる?」

 「ご、ごご、ごめん、その日はちょっと、ぶか、部活があって…」

 「ぶかぶか? なんかサイズあって無さそうだね!」

 「ああうん、そうだね…あ、友達が呼んでる。ごめん、いかなくちゃあなあ…」

 「あ、ごめんね」


 私はそう言って、彼を見送った。なんか、水樹くんから避けられている気がする。よくわからない。何かしたのだろうか、私は。

 んー…いや、特に思い当たらない。というか、運んでもらって、次話しかけた時から避けられている。じゃあ、それまでに何かした?


 視線に感情がこもっていたとか。


 いや、そんな超能力はもっていないか。


 「んー…」


 私は唸りながら自分の席へ戻った。考えても解んないもんはわかないな、とあきらめる。

 

 「……」

 

 斜め前の冷夏の方を見た。あれ以来、あんまり話していないなと思う。あれは一応、喧嘩ってことになるんだろうか。私はいつもの感じだと思っていたのだけれど、冷夏にとっては違ったんだろうか。


 二人共から避けられて、なんとなく寂しい。


 なんとなくではなく、明確に寂しい。


 「どーすっか…」


 やっぱり、私の惚れっぽさが原因だろうか。誰かれ構わず(いやそのつもりは無いけれど!)声をかけてたから、やっぱり呆れたんだろうか、二人とも。

 困ったなあ…。このまま冷夏とも疎遠になっちゃうんだろうか。


 「……」


 それは嫌だなあ、と思う。

 このままじゃいけない。水樹くんとは浅い付き合いだから、最低諦められるけれども、冷夏とはもうちょっと一緒に居たい。

 いや、もうずっと一緒に居たい。

 だめかな。


 「いやいや。ずっと一緒にいたんだもんね。ずっと一緒にいたんだから」


 私はそう、自分を鼓舞した。ずんずんと冷夏の方へ進んでいく。少し話してないだけでこんな風に不安になってしまう自分が可笑しい気がした。


 「ねえ、冷夏。土曜日暇?」


 緊張のせいか、少し声が強張った。冷夏に対して緊張とか、何年ぶりだろ。出会ったぶりかもしれない。なんか、やっぱり話さないと距離感がリセットされるのかなあ。


 何度私が恋しても、これまでは一緒にいてくれていたのに、今回ばかりはそうはいかないみたいだ。やっぱり六度目ともなるとだめかな。三度の二倍だし、なおさらだめか。


 「ん? ああその日はちょっと」

 「即答!」

 「さっき急遽決まったんだよね」


 薄々思ってはいたけれど、とりつく島もない…。澄ました顔で冷夏は言うけれど、私はぐっとなる。


 「なんで?」

 「いや…いやいや」

 「誤魔化そうとしても駄目だからね!」

 「ええ…じゃあ誤魔化さずに言うけど」冷夏はぶつぶつと言ってから、「愛梨沙には関係ないから言いたくない」

 「…っ!」はっきりしていた。しているけれども、もっとオブラートに包んでくれてもいいと思わない!?「はっきり言ったなあー!」

 「誤魔化すなって言ったじゃん」冷夏は困ったように言った。

 「…冷夏、なんか冷たくない?」

 「そんなことないよ」

 「うん…そんなことなかったね。思いだしたよ…」


 私は肩を落として自分の席に戻る。結局どちらからも断られ、この土曜日は一人で過ごすことになりそうだった。


 ****


 「いよっし。いっくぞー」


 土曜日、学校にいるであろう水樹くんに会いに行くことにした。避けられてはいるけれど、応援するだけで、邪魔しに行くわけじゃないのだから、行っても大丈夫だろう、たぶん。分かんないけど。

 

 「……」


 なんとなく、私服で学校へ来ることには背徳感がある。誰に咎められるはずもないけれど、一応、先生に会わないために校舎裏を通ってグラウンドへ向かうことにした。


 水樹くんはいるだろうか。いたとして、私に会ってくれるだろうか。ちょっと迷惑そうにしていたし、もしかしたら私のことが嫌いなのかもしれないけれど。まあ、行くだけ行ってみよう。


 希望的にいこうと決意して、校舎をぐるっと裏手に回ろうとした。

 けれど、そこには先客がいた。


 「…おい、ふざけんなよ」


 そんなどすの効いた声が聞こえてくる。一気に緊張が回って、体が強張った。動きが止まる。どうしよう、どうしよう、とあわあわしてから、校舎を陰にして、そーっとその方を覗いた。


 「…話がちげえじゃねえか、なあ、水樹!」

 「ひ、ひいいい!」


 そこには、壁を背にして迫られている水樹くんがいた。脅されているようにも見える。


 「一向に嫌われる気配がないんだけど、どうなってんだ?」


 そう言ったのは、私の幼馴染であるところの、冷夏だった。


 「…っ!?」


 予想外の出来事は私を無視して進んでいく。


 「そ、それは、向こうが勝手に来るだけで、ぼ、僕はちゃんと」 

 「口答えすんじゃねえ!」冷夏は壁を思い切り蹴る。

 「ひ、ひいいん!」

 「あんたが愛梨沙に嫌われりゃあ済む話じゃねえか、ああん?」

 「そうは言っても、冷夏様」

 「気安く名前呼んでんじゃねえよ!」

 「ごめんなさい、ゆるして!」


 これは、水樹くんが冷夏にいじめられているところなのだろうか。いや、でも水樹くんちょっと楽しんでる節あるよな。むっちゃ笑顔。

 混乱する頭でやや状況を理解する。


 これは私についての話だ。私が水樹くんを好きだということについての話。


 そして、冷夏は水樹くんをおどして、私に嫌われるよう言っている。


 私が水樹くんにアプローチをかけているのが冷夏は気に入らない?


 「…どうして?」


 そう考えて、冷夏と水樹くんが親し気、というか、深いところで話しているのをみて思う。


 もしかして、冷夏と水樹くんは付き合っている、とか?


 「ひいいん、もっとやって…! はあ…はあ…!」

 「きんもちわりい…」


 そこで冷夏はすっと身を引いた。


 これはこういうプレイなのかと思いかけていたところで、その反応にやや安心した。ここで引くってことプレイではないと思う。恋人同士とかだったら、盛り上がるところだと思うし。


 というか、水樹くんこんなキャラだったのか…なんか幻滅なんだけど。いや、趣味趣向にとやかくいう筋合いはないけど、反応が凄い、気持ち悪い…。そういうの、クラスメイトに脅されている場面でする反応じゃないでしょ…。


 すーっと何かが引いて行く気がした。


 「愛梨沙は私のものだって、言ってんだろ」


 と、そんなことを言ったのは冷夏だった。もう帰ろうかと思っていたところを、ぐんと引き寄せられる。

 びたん、と再び校舎の壁に身を寄せた。


 「あんたにかかりっきりで、最近全然話してない…どーしてくれんのよ…」

 「いや、それなら、もっと話したいって本人に言えばいいのでは?」

 「気持ち悪いって思われたら困るじゃん…」


 子犬のような表情で、冷夏はうつむいた。冷夏のそんな表情を見るのは、結構久しぶりだった。いつぶりだろう。中学校ではもう王子様的なキャラだったんだよね。じゃあ、小学校の低学年くらいかな?


 可愛い、と反射的に思った。

 それから、私とそんなに一緒にいたいのかな、とも。

 無邪気、というか、臆面もなく話してほしい、と言ってしまうくらいに。

 いや、でもさ、水樹くんも言っていたけれど、それは私に言うべきことなんじゃないの?


 「ええ? いいじゃん、罵られようよ、チャンスじゃん」

 「ほんと、お前のそういうところ無理だわ…」

 「…松岡さんは、気持ち悪い、なんて言う子だった?」

 「え…」

 「冷夏様が好きになった女の子は、そんな風に人の好意を踏みにじる人じゃあないでしょ?」

 「す、好き、って…まあ、好き、だけど」冷夏はそう言うと、少し黙って、微笑んだ。「そんなこと、間違っても言えないよなあ…愛梨沙は」

 

 私は面食らう。


 好きって…え?


 頬を染めて少し目を潤ませている冷夏を見て、色々察した。多分私のことが好きって言うのは、こう、あれだ。あっちのほうの『好き』だ。親愛とか、友愛とかじゃなく、恋愛の、私がいつも男の子に言ってる『好き』だ。


 えっと…冷夏、私のことを、そんな風に見て居るの? それとも、これは私の勘違いで、冷夏は友達として好きって言ってるの? ちょっと解らない。どっちなんだろ。


 というか、女の子同士でそんなことを考えてる私って…?


 今まで全く考えてこなかったけれど。


 冷夏って可愛い…?


 「…ぅぅ」


 声にならない声が漏れた。何かが込み上げてくる。冷夏に対する、不思議な感情が込み上げてくる。私をそんな風に信頼してくれていることに、私をそんな風に好きって言ってくれることに。色んな想いがごちゃ混ぜになって、頭がくらくらする。


 ずっと友達だと思っていた。冷夏もそうだと思っていた。でも冷夏は、ずっと私のことが好きだった?

 

 「…もしそうなら」


 私って結構、最低なやつだな?


 「タチがそんな風に弱気じゃあ、ネコは受けになりきれないから」水樹くんはにこりと笑う。

 「おまえ最後の最後でほんと台無しだな」冷夏はそう言ってから、「じゃあ、もう帰るけど…ほんと、愛梨沙にちょっかい出すなよ、間違っても」

 「僕は冷夏様一筋だよ!」

 「あんたが消えてくれれば全部解決なんだけど」

 「ひいい! はあ…はあ…!」

 「ったく…」


 そう言って、冷夏はこちらへ向かってくる。


 「…!」


 私は慌てて、来た道を全力疾走した。


 ****


 「…ねえ、冷夏、一緒に帰ろ」


 週明けの放課後、私は冷夏をそう誘う。


 「えっと…今日はちょっと」

 「いいから、帰ろ!」

 「ええ…うん?」


 戸惑っている冷夏をよそに、私は手を取って門の方へ歩く。手が熱い。顔も熱い。冷夏も同じ気持ちだったりするんだろうか。


 だとしたら、ちょっと嬉しいかもしれない。


 「どうしたの、今日は」


 しばらく行ったところで、冷夏は言った。


 「いや…久しぶりに一緒に帰りたくなって」

 「一緒つっても途中までだけどね」よしよし、と私の頭を撫でる。

 「……」

 

 また、子ども扱いして。

 

 あんな表情で泣きそうだったくせに…!


 「…どうしたの?」

  

 悔しさに言葉を失う私に、冷夏は言葉を促した。そうすると、言うべきことが見つからず、あうあう、と謎の声が出る。少し頭を整理してから、発声できることを確認した。

 意を決して言う。

 

 「あの、こ、こないだ、冷夏と水樹くんが話してるの見た、んだけど…」

 「…!」冷夏は少し驚いたようだったが、すぐに、「そりゃ、話すこともあるだろうけど」


 よっし、うろたえてる。このまま畳みかけよう。

 混乱させて、校舎裏で聞いたことの真偽を、はっきりさせよう。

 そしてあわよくば! 


 「水樹くんに、私と話すな、って言ってた」

 「いや…えっとね、愛梨沙、それは」

 「水樹くんに、私に嫌われるよう、言ってた」

 「それは…」

 「冷夏、誤魔化さないで、はっきり言ってね」私は冷夏を遮るように言った。「あの、冷夏さ、私に言いたいこと、ってない…?」


 こっちがしどろもどろになってしまう。よく考えると、これ今、自分に好きって言わせようとしてるんだよね、私。どんなナルシストだ…。

 

 「え…言いたいことって…」

 「言いたいこと、あるでしょ…?」

 「……」冷夏は少し考えるそぶりを見せた。それから、ぼ、と顔を赤くした。「ねえもしかして…こないだって、こないだ?」

 「こないだ」

 「どようび?」

 「うん」

 「誰かいると思ったら…」冷夏はそう呟いて、顔を覆う。私が見てるってことには気付いていたみたいだった。


 誰か見てるって分かってて、あのSMプレイを続行したのはどうかと…。


 「いや、帰りがけに、誰かが走って行くのが見えたってこと」


 何も言っていないのに、冷夏は弁明しだした。


 「へえ…」私はじと目で言う。

 「いや、ほんとに」

 「うん。まあ、分かってる」

 「あと、分かってると思うけど、私と水樹はなんもないから」

 「…なんもって?」

 「恋愛的なあれとか、友情的なあれとか、そういうのはないから。…こういっちゃなんだけど、愛梨沙が諦めればもうたぶん話さないし」

 「…へえ」

 「いや、ほんとに」

 「分かってるっ」

 「そ、そっか」冷夏は、はは、と一つ愛想笑いをしてから、真剣な表情になる。「…あの、あのね」


 私の目を見つめてくる。その表情にこっちまで恥ずかしくなってきた。あの時の表情が、今は私に向けられている。どきどきと動悸が早まっていくのは、冷夏と手を繋いでいるからだった。


 「あの…私、愛梨沙のこと、好きなんだ」

 「……」

 「ごめん、ずっと隠してて。愛梨沙の考えてる好きとは、たぶん違うんだけど、あの、ごめん…」

 「なんで謝るの?」

 「ちょっと、頭のなかぐっちゃぐちゃで」冷夏は少しの間深呼吸してから、「あのね、愛梨沙と、ずっと一緒にいたいって思ってて…だから、あの、好きです。それで、えっと…だから、キスとかしたいの!」

 「き、きす…」


 言質を取った感がある。やっぱり、冷夏の言う、私に対しての好きは、そういう意味だったんだ。

 キスかあ…。

 キスか。

 このまま冷夏に、ゼロ距離まで違づいて、それで、唇を重ねて、できるだけ長く息を止めて、その感触を味わって。


 んなもん無理に決まってんだろ!


 「ごめん! 急にこんなこと言って。愛梨沙はそんなつもりじゃないのに…今までずっと、そんな風に思ってて…」

 「…ずっとかあ」

 「気持ち悪いよね、ごめん…! でもあの、秘密にしようとは思ってたんだよ? ずっと言わないでおこうとは思ってたんだけど…」

 「でも、水樹くんには言ってたんだよね、そのこと」

 「え…まあ。だって、邪魔するなら、事情を話さないと駄目かなって…」

 「…なんで私には言ってくんなかったのさ」

 「ごめん…」

 「今までずっと、冷夏が露払いみたいなことしてたんだ…私が恋するたびに」

 「うん…ごめん」

 「謝らなくていいけど…」


 そこで、会話が途切れる。相変わらず手は繋いだままだけれど、歩は二人とも重かった。


 夕焼けが眩しかった。それが少しだけ目に染みて、涙がにじんだ。


 こんなふうに素直に私のことを好きって言ってくれるのって、すごい嬉しい。


 初めてだった。誰かに好きと言ってもらえたことも、冷夏に好きと言ってもらえたことも。


 「…ねえ、ずっと一緒に居たいってさ、いつまでなの?」

 「え」

 「高校卒業までずっと? それとも、大学も一緒? それが終わったら?」

 「え、えーっと…」冷夏は逡巡してから、「ずっと…これから、ずっと。一生。どちらかが、死ぬまで…みたいな」


 死ぬまで一緒。この先のことを少しだけ想像して、やっぱりうれしい気分になることを確認した。

 

 「そっか…」私はうなずいてから、言う。「あの、知っていると思うけど、私一度もだれかと恋愛したことが無いんだよね」

 「そうだね…」

 「つまりね、私、恋愛に慣れてない人なんだよね」

 「…うん」

 「それでね、前にも言ったと思うけど…そういう人が、誰かから好きだとか言われちゃうとね…私みたいなやつが、冷夏に好きとか言われちゃうとね…好きって言われた瞬間から、その人のことを好きになっちゃうんだよ…!」


 そんな回りくどい『私も好きです』を言い終わって、私はさっと俯いた。恥ずかしい。かーっと顔が熱くなる。心臓がばくばくして死にそうだった。

 この分じゃあ、キスなんてずっと先になってしまうかな。


 「え…」面食らったような冷夏は、そう言ったきり、少しの間黙った。


 これで分かってよとばかりに、私は手に力を込めて、距離を詰めた。もうだめだった。息苦しい。

 

 「ってことは…え…! 両想い…?」


 私はそのまま、こくこくと何度か頷いた。いや、何度もうなずいた。人に好きって伝えるときに、こんなに緊張したのは初めてだった。進学からこっち、五度の告白をしてきた私だけれど、胸が苦しいのも、言葉が詰まるのも、両想いでうれしいのも、初めてのことだった。


 「ほんとに…いいの、私で? だって、今まで恋愛の機会を潰してたの私なんだよ? …ぶっちゃけると、愛梨沙、結構モテてんだよ」

 え、モテてんのマジで? とは言わず、「…冷夏が良いって言ってるでしょ。誰でもなくて、冷夏だから良いんだよ…てば」

 「……」

 「私だって、ずっと一緒に居たいんだよ…? 最近、冷夏、構ってくれなくて、凄い寂しかったんだから…おこなんだから…愛梨沙おこなんだから」

 「おこなんだ…」

 「おこなんだよ…だからさ、もうどこにも行っちゃヤダから、ずっとそばにいてくんないと…おこなんだからあ」


 恥ずかしさのあまり、顔を見せたくなくなって、冷夏の胸に埋めてみる。これはこれで危険だとやってから分かった。冷夏の心臓は激しく動いている。それに対抗するかのように私の拍動も勢いを増す。冷夏の胸は柔らかくて、気持ち良かった。


 「嬉しいよ、愛梨沙、受け入れてくれて」


 少し涙ぐんだような声で、冷夏は言う。大袈裟だなあ、と思うけれど、でも、それくらいのことなんだろうと思う。


 冷夏はいつから、私のことが好きだったんだろう。友情が愛情になって、恋情に変わっていったのはいつだったんだろう。


 まあ、そんなことはどうでもいいか。


 「…初めての恋人が、冷夏でよかったよ」私は微笑んで言う。

 「恋人…?」

 「うん。だって、好きあってるってことは、りょ、両想いってことは、それって、付き合うってことでしょ?」

 「え…そうは言ってないけど…?」

 「―――――――えっ?」


 驚きのあまり、顔を上げて冷夏を見つめる。え、なに、どういうこと? そうやっ

て問い詰めたかったけれど、口をパクパクさせるだけで声が出なかった。


 「いや、愛梨沙と付き合うつもりは毛頭ないけれど…?」

 「なんで!?」

 「なんでって…だって、私、好きってだけで付き合いたいとか無いんだよね。まあ、キスとかしたいけど」

 「よくわかんないんだけど!?」

 「はあ…」

 「なんでそんな冷静なの!?」

 「なんでって…ねえ?」

 「だって、だって意味わかんないよ!」私は言ってから、「えっと、確認するけど、冷夏は私のことが好きなんだよね?」

 「うん。大好き」

 「あ、ありがとう…き、きすしたいんだよね!?」

 「キスしたい。今にもしそう」

 「お、おう…今はやめて、変な声出そう…えっと、えっと、あの、あれは、あの、性的なあれは!?」


 自分で言うのも何だけれど、最低なことを訊いたな、と思う。けれど、これは結構重要なことではないだろうか。恋人だからこそ、性的なあれは成立するものであって、友達同士がやって良いものでは無い。と思う。


 「いつかはしたいと思ってるぜ」

 「だよね!? じゃあ付き合おう!?」

 「それはちょっと」

 「なんで!? どういう思考回路してんの!?」

 「いや、だって愛梨沙は愛梨沙だし」

 「ちょ、わかんないわかんない。それ答えになってないからね!?」

 「そうなん?」

 「惚けんなや…!」


 冷夏のことがわからない。昔から、気が合うけれど、どこか掴みどころがないというか、迷わせるようなことばっかり言う子ではあった。でも、最近ではようやくどういう子か分かってきた気がしていたのに、ここへきて何を言っているか全くわからない。意味が解らない。


 「もう…もうわかんないよ…どういう頭してんの…?」

 「愛梨沙、人のことを変人みたいに言うのはいけないことだと思うよ。止めた方が良い」

 「マジ説教されるし…」


 私は疲れたように言って見せた。実際疲れていた。色んな感情の変化が、短時間で起こったから、ちょっともう、帰って寝たかった。


 「ほんとに付き合ってくんないの?」

 「まあ、そうね。でも、一緒に出掛けたり、いちゃいちゃしたりはしよう? 折角両思いなんだから!」

 「うんまあ…でも、肩書きって大事よ? だってほら、友達のままナニすると、セフレになっちゃうし」

 「まあ、良いんじゃない?」

 「…友達だったら、私、誰かにとられちゃうかもよ?」


 なんて、少し意地悪を言ってみる。誰かにとられるは、たぶんないと思う。しかし、私が誰かにつられるみたいなことは、ないとは言いきれなかった。申し訳ない気もするけど、友達じゃあ、代用が利いてしまう。いや、人によっては恋人でも代用が利くのかもしれないけれど、冷夏のほかの友達や、私のほかの友達と、まったく別の関係でありたかった。

 そうじゃないと、離れて行ってしまうかもしれないから。離れて行くのが私なのか冷夏なのかは、分からないけれど。

 

 「それは全力で阻止するから大丈夫」


 なんて、冷夏は得意げに言った。阻止するからって、と一笑したかったが、しかし、冷夏には実績があるのだった。

 これまで六度の私の恋を邪魔して、遂には、自分に惚れさせることに成功したのだから、侮ってはいけない。

 まあ、私を惚れさせる、というのは偶然かもしれないけれど。それでも冷夏の言葉には、私を引き留めるだけの力がある気がする。


 「…んもう」私は呟いてから、「恋人になってくんないなら、好きにならなきゃよかった…」

 「でも好きになってくれたね」

 「…冷夏のせいだからね」

 「ありがと…好きになってくれて」


 冷夏は、にぱ、と笑う。最近ではあまり見ない笑顔だなあ、と嬉しくなった。


 しかし…私は恋人がほしかったのに、冷夏が恋人っぽい何かになっちゃったな。

いや、これはこれでよかったのかもしれないけれど。


 「…?」


 当の本人は満足げな顔で首を傾げる。


 それを可愛いと思ってしまう私は、まあ、そういうことなんだろうなあ。

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