第44話

「――あ、あわわわわ……」


 訓練場の入り口の傍でレティの姿があった。

 実はあの後ロスト達の事が気になり、こっそりと付いてきていたのである。


「ど、どうしよう……兄様とグレン様が喧嘩をしようとしている……兄様が怪我をするのも嫌だけど、グレン様に何かあったら、明日の結婚式は中止になってしまうんじゃ……」

「勝敗の有無は?」

「無論あの時と同じ、一回勝負だ!」

「分かった」


 ロストとグレンが背を向けて歩き、一定の距離を離れ再び対峙する。


「や、やっぱり止めないと……! 兄さ……もごっ!?」


 ロスト達を止めようと声を上げようとしたレティの口を、何者かが手で塞いだ。


「もご、もごご……!?(な、なに……!?)」

「しー……レティちゃん静かに、勝負の水差したらあかんよぉ?」

「も、もごごごん!?(ヴィ、ヴィオラさん!?)」


 レティの口を塞いだのは、グレンの婚約者、ヴィオラ・フォルテだった。


「手ぇ放すさかい、小声で喋ってねぇ?」

「ぷはっ……! ヴィオラさん、どうしてここに居るんですか?」

「んー……勘?」


 ヴィオラは右目を瞑りながら、お茶目にそう言った。


「勘って……す、凄いです……」

「もう、冗談やってぇ……実は明日が楽しみで眠れなくてなぁ、窓の外を眺めてたら偶然グレン達を見つけてこっそりと付いて来たんよぉ」

「そうだったんですね……でもどうして止めないんですか? グレン様が怪我でもされたら、明日の式が……」

「安心して、二人は殴り合いなんてせぇへんから」

「え? それじゃあ、『拳と拳の戦い』と言うのは一体……?」

「今から分かるさかい、見ときやぁ」


「はぁぁぁぁぁぁぁ……!」

「ぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」


 レティとヴィオラが陰ながら見守る中、ロストの身体から漆黒のオーラが、グレンからは真紅のオーラが発せられる。


「……準備はいいか? グレン!」

「ああ……! 行くぞロスト!」


 ロストとグレンが拳を引き、構えを取ると、お互いのオーラが拳に集まり、まるで靄が掛かったように見えなくなった。


「じゃん……」

「けん……」

「……え? これってもしかして、じゃんけん……」


「「ぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっっ!!!」」


 レティが喋り終える前にロストとグレンが正拳突きを繰り出すと、拳に集まっていたオーラが撃ち出された!

 撃ち出されたオーラは徐々に大きくなり、一メートル程となり、訓練場の中央でぶつかり合ったその瞬間、二つのオーラが素たちを変え、グーの形となった!


 数秒間のぶつかり合いの末、二つのグーは弾け衝撃波が発生しグレンとロストを襲った!


「くぅぅっ……!」

「ぬぅぅぅぅ……!」


 衝撃波を喰らった二人は一歩後退ったが、何事も無かったように睨みあう。


「あいこか……ふっそう言えばあの時も最初はあいこだったな」

「ああ……だがあの時よりもお互い成長しているせいで、あいこの衝撃波が想像以上に強力になっているな……」

「びびってやる気が無くなったか? グレン」

「まさか……寧ろ楽しくなってきたぞ!」

「それでこそ、俺の親友だ!」


 両者再び構え、オーラが拳に集まって行く。


「ヴィ、ヴィオラさん……兄様たちの拳から……」

「レティちゃん、魔じゃんけんは初めて見るん?」

「魔じゃんけん?」



 魔じゃんけんとは、己の魔力を拳に集め、グー、チョキ、パーの内一つの形にして撃ち出し勝敗を決める勝負法である。

 集まった魔力が拳を隠し、更にぶつかり合うまでお互いの手が分からないため、運と選択が勝敗を分ける競技として、太古の魔族の間で盛んに行われたとされる。


 しかし、一度に撃ち出す魔力は相当な量を必要とし、尚且つ負けた場合は敵の、あいこの場合自ら撃ち出した魔力の衝撃を喰らってしまう恐ろしき戦いでもあるのだ!




「行くぞ! あいこで……」

「しょぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 再びオーラが撃ちだされ、中央でぶつかり合う!


 形が変わりお互いの出した手が分かる。

 両者ともまたグーだ!


 オーラが弾け、衝撃波が二人を襲う!


「っ……! まだまだぁっ!」

「あいこで、しょぉぉぉぉぉっ!」


 間髪入れずに拳からオーラを撃ち出す二人。


 オーラが形を変え、手が現れる。

 三度グーでのあいこだ!


「くぅぅ!」

「ちぃっ……!」


 三度目の衝撃波が両者を襲う!


「……お前も三連続グーで来るとはな……」

「お前こそ……お互い、考えることは同じか……」


 二回連続で互いにグーであいこになったとき、相手は何を出すかを考えると……一番単純なのはまたグーだ。


 それに対してパーを出す作戦が考えられるが、相手も同じ考えをしてくるならばパーに勝つチョキを出すかもしれない……ならば三回目もグーで行く!


 ロストとグレンは、全く同じ考えを巡らせていたのだった。


「ふぅっ……流石に三回連続あいこは効くな……」

「全くだ……お互い強くなったものだな……」

「……ふふふ」

「……ははははは」


「「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」


 ロストとグレンはとても愉快そうに笑い合う。


「さぁ、勝負を続けよう! グレン!」

「応! あいこで……」

「しょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 四回目、両者が出したのはチョキ! またもあいこ!


「うおおおおおおおおお!!」

「はあああああああああ!!」


 それからも、パー、チョキ、グー……何度もあいこが続くが、ロストとグレンは魔じゃんけんを続ける。


「ヴィオラさん! 兄様たちを止めないと……」

「それはあかんよレティちゃん……二人の勝負を邪魔するのだけはあかん」

「でも……! このままじゃ兄様だけじゃなく、グレンさんも危険です……」

「魔じゃんけんで魔力が枯渇しても気を失うだけで大事には至らんし、あの程度の傷ならグレン達なら大丈夫やから」

「それでも万が一と言う事があります! ヴィオラさんはグレン様が心配ではないんですか!?」

「……勿論心配やけどなぁ……」


 ヴィオラがグレンを見つめる。


「あの二人はとっても仲良しやけど……お互いに負けず嫌いなとこがあるさかい、どうしても白黒着けたいんよぉ……結婚前に決着を着けたいっていうのも、多分男の矜持ってやつなんやろうなぁ」

「男の矜持……」

「まぁ理由はそれだけやないやろうけどなぁ、ふふふ……」

「?」

「グレンが勝ちたいように、うちもグレンには勝って欲しい……レティちゃんは?」

「わ、私は……出来れば、兄様に勝って欲しいなって思います」

「ふふ、それならここで応援しようや……お互いの大好きな人を……」






「はぁっ……はぁっ……」

「ふぅー……」


 あれから三十回はあいこが続き、両者は心身ともにボロボロになっていた。


「……お互いそろそろ魔力の限界のようだな……」

「ああ……」


 グレンは右拳を握り締め、叫ぶ。


「次で最後だ……俺達の勝負に決着を着けるぞ、ロスト!」

「来い……グレン!」


 互いに構え、数秒間の静寂。

 そして。


「あい……」

「こで……」


「「しょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」」


 全身全霊のあいこの叫びと共に、互いの拳から魔力が撃ち出された!

 二つの魔力がぶつかり合い徐々に形が変わっていく!




 ――グレンは次で決着を着けると言い、拳を握りしめて叫んだ。

 一説であるが、人は力んだり感情的になりやすい人はグーを出す傾向にあると言われている。


 この場合感情的な行動をとったグレンは高確率でグーを出すであろう……だが、もしこの感情的な行動が計算で行われた演出だとしたら?


 そう、グレンは自身が勝負に熱くなり、感情的になっているとロストに錯覚させるためにあえて叫んだのだ!



 グレンの出した手は……チョキ!

 対してロストの手は――




「―グー、だとぉっ!?」


 そう、ロストの出した手はグーだった!

 ロストのグーがチョキを弾き、そのままグレンのもとへと突っ込んで行く!


「ぐおおおおおおおおおおおっ!?」


 グーの衝撃を受けたグレンは吹き飛び、訓練場の壁に激突! そして地面に倒れた。


「……俺の勝ちだ、グレン」


 ロストとグレン、二人の十数年に及ぶ長き勝負に、決着が着いた瞬間であった。

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