第35話

―日も暮れ、城下にある温泉街に提灯が灯る頃、竜王城の一室では―





「……」





ゼノムが一人、真剣な表情で椅子に座っており、その隣にロウズが待機している。





「その話は確かなのですね、ロウズ」


「はい、今しがたロスト様達と廊下でお会いしまして、今から大浴場に向かうと言っておりました」





ロウズの言葉を聞いたゼノムは笑みを浮かべ、立ち上がる。





「ふふふふ……遂にこの時が来た……兄上と共に入浴出来るこの時が!」





ゼノムは力強く拳を握りしめ、歓喜する。





「あの小娘が妹になってからというもの、随分と煮え湯を飲まされてきたが……風呂場ならばあの小娘も私を邪魔する事は出来まい!」


「……」


「久しぶりに二人だけの兄弟水入らず……共に湯船につかり、そして兄上の背中を流し、そして兄上が私の背中を流す……何と素晴らしい光景か……」





ロストとの背中の流し合いを思い浮かべるゼノムは恍惚の表情を浮かべる。





「……あのロスト様、グレン様達も一緒に居られたのですが……」


「こうしては居られん! 今すぐ大浴場に行かなければ兄上が風呂から上がってしまう!」





ロウズの言葉は耳に入っておらず、ゼノムは部屋の扉を開け、廊下に出る。





「待っていて下さい兄上! 貴方の最愛の弟ゼノムが今参りま―」








―ゴキャッ!!








突如現れたラピスがゼノムに跳び蹴りを喰らわせ、ゼノムの首はあらぬ方向に曲がり廊下に倒れた。





「よっこいしょっと……」





ラピスはゼノムの首を持ち、元の方向に戻して部屋に投げ入れた。





「ロウズ、ゼノムちんの事よろしくねー♪」


「か、かしこまりました」


「それじゃあレティちん、行こうかー」


「あ、あの、ラピス様……何故いきなり飛び蹴りを?」


「何かゼノムちんから邪なモノを感じたから、ついやっちゃった♪」


「ゼノム様、大丈夫でしょうか……」


「大丈夫大丈夫、あの程度で死ぬ私のゼノムちんじゃないからー♪ それよりも早く行こー!」
































―大浴場、女湯。





「レティちーん、早く早くー」


「そ、そんなに急がせないで下さいよー……」





一糸纏わぬ姿のラピスが、レティを手招きする。





「んー? 何でレティちんタオルで身体隠してるのー?」


「兄様の家では一人で入るのが当たり前だったので、少し恥ずかしくなってしまって……」


「そっかー、でもタオルは湯船に付けるのはマナー違反だから気よ付けてねー」


「そうなんですか? 分かりました」





ラピスとレティは桶で湯を汲み、身体にかけて身体の汚れを洗い流して湯船に浸かった。








「はぁぁぁ~~……一日の疲れが取れて行くよぉ~」


「本当……良いお湯ですね……それにとっても広いです」


「でしょー? この城自慢の大浴場だからねー♪」


「ラピス様の鱗って、濡れるとより綺麗になりますねー……」


「そ、そうかなー?」





ラピスが照れくさそうに右の頬を掻いた。





「そう言えばヴィオラさんの手にはラピス様みたいな鱗が無かったですよね?」


「ん? それはねー、私達竜人の女性はそれぞれ鱗が生える場所と量も人それぞれなんだー、だから私みたいに手足までしか生えてない人や、二の腕辺りまで生えてる人、太腿まで生えてる人もいるんだよー」


「そうなんですか、不思議ですねー……」


「……むー……」





たわいない会話をする中、ラピスがレティを見つめる。





「……? どうしたんですかラピス様? 何か気になる事があるんですか?」


「……レティちんってさ」


「はい」


「エロイよね」





「はい…………へっ!?」





ラピスの言葉を聞いて数秒後、レティは素っ頓狂な声を出した。





「だってレティちん……小柄だけど結構スタイル整ってるし……私より胸あるんじゃない?」


「えっ、あの、そんな……」


「おまけに……この柔肌ー!」





「ひゃああああああああっ!?」





ラピスがレティに抱き着き、頬擦りをしたり、全身を触りまくる。





「ああ……滑らかな肌触りでありながら程よい弾力もあって……たまらないよー♪」


「ら、ラピス様……そ、そんな所触らないで……ひゃううっ!?」


「あらあら、今日はいつになくはしゃいでいるわねー」


「え?」





突然の第三者の声に驚いたレティが辺りを見渡すと、今まで湯気でよく見えなかったが、湯船の奥に一人の女性の姿があった。





「あれー! お母さんいつの間にー!?」


「うふふふ、貴女達が来る前から入ってたわよー?」





湯船の奥に居たのは、竜王国王妃ルピア・ザークであった。





「ラピス様のお母様……」


「うふふ♪ ルピアで良いわよ、ラピス、私も混ぜてくれるかしらー♪」


「オッケーだよー! 一緒にレティちんの柔肌を堪能しよー!」


「ら、ラピス様、そんな勝手に……」





ルピアは、レティ達に近づいてき、レティの身体に触れた。





「可愛らしいお顔……それにお肌がもちもちねー♪」


「でしょー? こんな可愛いレティちんに愛されてるんだから、ロストちんは幸せ者だよねー」


「あ、あのラピス様、ルピア様……お願いですから変な所にだけは触らないでくださいーっ!!」





「「本当に可愛いー♪」」





ルピアとラピスの母娘二人に弄ばれる中、レティは大声で叫ぶのであった。
































―一方その頃、女湯の隣にある男湯では……











「……いい湯だな」


「ああ……そうだな」





ロストとグレンはぐつぐつと煮えたぎる湯に平然と浸かり、リラックスしていた。





この竜王城の大浴場は、男湯と女湯で湯の種類が違っている。女湯の方は『美鱗の湯』と言い、入れば肌はつるつるに、鱗は光沢が出るなど、美容効果の高い湯だ。





一方男湯の方の湯は疲労回復の効果があるのだが、国王バジュラ・ザークの趣味によりある工夫が施されている。





湯の中に魔炎石と言う、火山地帯などで採掘出来る熱を発する石を湯の中に複数個入れているのだ。


これにより湯の温度は上昇し、常人ならば茹で死んでしまう温度にまで達する事から、『灼熱の湯』と呼ばれているのだ。


ちなみに灼熱の湯の隣には、普通の温度の小さな湯船がある。





「この湯に入ると、体の芯まで温まる……」


「ああ、不思議と心がぽかぽかしてくるな……お前達も入ったらどうだー?」





ロストはブラシで身体を擦っている蟻人達に話しかけた。





「いえ、結構です」


「我々はいつも通りこのブラシで身体の汚れを落としますので」


「と言うかあんな煮えたぎった湯に何で平然と浸かれるんだロスト様達は……」


「まぁいまさら驚くことでもないけどねー」





蟻人達が会話する中、男湯に誰かが入って来る。





「ハハハハハハハ! 湯加減はどうかな?」





入って来たのは竜王国国王バジュラ・ザークがやって来た。





「父上」


「バジュラ王、良い湯加減ですよ」


「ハハハハハ、そうかそうか!」





バジュラは煮えたぎる湯を桶でくみ取り、身体に掛けた。





「うむ、確かに丁度良い湯加減だな! では失礼するよ」





湯船に入ったバジュラは大きく息を吐き、とても心地よさそうな表情をしている。





「やはり風呂はこのくらいの温度でなくてはな! 所でグレンよ、ヴィオラちゃんの花嫁衣装はどちらか決めたのか?」


「!? と、突然何を言っているのですか父上!」





バジュラの質問に対して、グレンは顔を真っ赤にして狼狽えた。





「採寸はもう済ませたはいいが、ドレスか白無垢、どっちにするか迷っていると聞いたのでな……ちなみに私の時はドレスだったな、あの時のルピアの美しさと言ったらそれはもう……」


「父上は心配される必要はありません、ヴィオラの事ですから白無垢を選ぶに決まっています」


「そうか? 決まっているのなら安心だ! 式の日を楽しみにしているからな、ハハハハハハハ!」





バジュラがグレンの背中をバンバンと叩く。





「まったく父上は……」


「バジュラ王もお前の事が心配で気にかけてくれているんだろう、……それよりもグレン」


「ん?」


「風呂から出たら一勝負しないか?」





その言葉を聞いたグレンが笑みを浮かべた。





「望むところだ、結婚前までにはお前との決着を着けておかねばならんからな!」





グレンの返事を聞き、ロストもまた笑みを浮かべた。















一時間後。





「―ハッ!?」


「ゼノム様、お目覚めになられましたか」


「ロウズ、私は確か……急に謎の衝撃が……そうだ! 今すぐ兄上の居る風呂場に行かなければ!」


「……あの、大変言いにくいのですが、ロスト様達なら数分前に大浴場を出られたそうです」








「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」









ロウズの言葉を聞き、血の涙を流して悲しむゼノムであった。

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