第2話

―数か月後。







とある田舎の山奥に一軒の家が建っていた。


その家の側で、麦わら帽子を被り、鍬で地面を耕す男が居た。


「よし、これぐらいでいいだろう」


この男こそは数か月前、突然魔王を辞めた元魔王、ロスト・モナークだ。


今、ロストは野菜を育てるために畑を耕している所だ。


「魔王様ー」


ロストの元に体長1メートル40センチ程の、二足歩行する蟻のような魔物がやって来た。


彼らは蟻人(アントマン)と呼ばれる種族で、魔王直属の精鋭達だ。


それと同時にロストが赤ん坊の頃から身の回りの世話をしてきた、ロストにとって本当の家族のように思っている者達だ。


ロストが魔王を辞めると言った時、彼等は即座にロストについて行くと言い、そのままついてきたのだ。


「向こうの畑は全部耕し終わりましたよー」


「おう、ありがとうな、所で魔王様はやめろ、俺もう魔王辞めたんだからさ」


「分かりましたー、所でロスト様、畑の耕しは出来ましたかー?」


「ああ、どうだ、上手く出来ているだろ?」


「おおっ! ちゃんと出来てますねー」


「凄いですよロスト様、この前やった時は力加減が全然出来てなかったのに」


「あの時はロスト様が鍬を振るたびに地面が抉れて大変だったよなー」


「危うくこの辺一帯が穴だらけになりそうだったよね…」


「ロスト様、昼食の準備が出来てるので、種蒔きは昼食が済んでからにしましょう」


「分かった、そうだクロも呼ぶか、クローっ!」


ロストが叫んでから数秒後、空から全長3メートルはある巨大な竜が降りてきた。


この竜こそがロストのペット、黒竜(ブラックドラゴン)のクロである。


「グルルルゥ♪」


クロが舌でロストの顔を舐める。


「こらクロ、くすぐったいから止めろって」


「グルゥ…」


クロがしょんぼりと落ち込む。


「こんなことで落ち込むなって…取りあえず昼飯にしよう、クロ、来い」


「グルルゥ♪」


ロストたちが地面にシートを敷き、昼食を食べ始めた。


今日の昼食は蟻人達の手作りサンドイッチだ。


「うん、やはりお前たちの作る料理は絶品だな」


「ありがとうございます、ロスト様、お茶です」


「すまない、…うん、お茶も美味い」


「グルルル」


クロはこの山で狩ったビックボアと言う魔物の丸焼きを食べている。


「クロ、美味いか?」


「グルルルゥ♪」


クロは嬉しそうに鳴き声を上げる。


ロストは昼食を食べ終わり、食後のお茶を飲む。


「…ふぅ、さて、それじゃあ午後の作業を始めるか」



ロスト達は耕した畑に種を蒔き始めた。


蒔いているのは魔キャベツ、魔ニンジン、魔ジャガイモという魔野菜の種だ。


魔野菜とは、見た目は普通の野菜とあまり変わらない、しかし魔野菜はその内部に微量の魔力が蓄積されている。


これにより魔野菜は普通の野菜より味がよく、健康にも良いのだ。


魔野菜は魔力が豊富に含まれている大地でしか栽培できない、なので人間界では栽培できる場所が限られており、王族や貴族ぐらいしか食す事が出来ない高級食材でもある。


しかしロスト達にとっては毎日食べている食材なので、その価値に全く気付いていない。




「よし、これで全部蒔き終わったな」


「そろそろ日が暮れますね、それじゃあ夕食の準備をしますね」


「待て、今日は俺が夕食を作ろう」


「「「「「………えっ!?」」」」」


蟻人達が驚きの声を上げる。


「いつもお前たちに美味い飯を作って貰ってばかりだからな、今日は俺がお前たちに料理を振る舞ってやるよ」


「あの、ロスト様? ロスト様は料理経験が無かったはずですけど…」


「安心しろ、料理のレシピ本を読むから、その通りにやれば問題は無いだろう」


「な、成程…ロスト様、良ければロスト様が料理されるお姿を近くで見たいのですがよろしいですか?」


「ああ、構わないぞ」



ロストと蟻人達が家の厨房に入る。


「さて、それじゃあまず最初に…えーっと、魔キャベツを半分に切るのか」


そう言うとロストは包丁を持ち、上段の構えを取った。


「…あの、ロスト様? 何で包丁を上段に構えるんですか?」


「いや、この本に書いてあるポイントに魔キャベツは力を入れて切った方がいいと書いてあるからさ」


「だからって何で上段に構えるんですか!? 危ないですよ!」


「安心しろ、この程度じゃ俺は怪我しないから大丈夫だよ」


「いや私が危ないと言ってるのはそう言う意味じゃなくて…」


「覇ぁっ!!」











…ロストが振りかぶった包丁から斬撃が飛び出し、厨房を真っ二つに破壊し、夕食どころではなくなってしまい、蟻人達は徹夜で厨房を直した。


そして、二度とロストには料理をさせてはいけないと蟻人達全員が思った。

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