20歳 6

 イライラしたらお腹が空いてきた、と言う莉奈と一緒に焼き鳥とじゃがバターを買い、図書館前に特設された野外ステージに向かうとステージ前のベンチはすでに満席だった。それもそのはず、ステージ上ではミスコンが行われていて男子学生達の盛り上がり方もアイドルのライブさながらだった。


 私達はステージを正面に見ることの出来る校舎の外階段に座った。

「あのレベルだったら琴乃も出れば良かったじゃない」

 莉奈が器用に焼き鳥を串から外しながら冗談とも本気とも取れる口調で言った。

「出ないよ、恥ずかしい」

 取り立てて有名大学でもないうちの大学のミスコンで優勝することがどれほどの名誉あることなのか分からないが、大衆の面前で水着になったり風船をお尻で割ったりするパフォーマンスをしてまで得たいものなのだろうか?

「でも、出たら勇太も応援してくれるかもよ? 来年出てみたら?」

「他人事だと思って適当に言ってるでしょ」


「あのね、琴乃」

 莉奈が箸を置く。

「確かに適当に言ったけど、私は琴乃のことを他人事だなんて思ったことは今まで一度もないよ。ぶっちゃけた話していい?」

 私も箸を紙皿に置き、体を莉奈の方に向き直った。真剣な顔つきの彼女に気圧されたのかもしれない。怒らないでね、と前置きをして莉奈は話し出した。


「ぶっちゃけ私は琴乃が勇太程度の男に何年も片想いしてるのを不思議に思ってるし、もったいないとも思ってるの。琴乃はあの勇太の彼女よりも女としては多分ルックスも中身も三ランクくらい上だし、あのステージでちやほやされてる子達にも全然負けてないと思ってるの。なのにあんな平均レベルくらいの男に振り回されて一番楽しい花盛りをうじうじ生きてるのが私は悔しくてならないのよ。でも、琴乃がどうしても勇太がいいって言い続けるから、諦めないって言うから私は応援してるんだよ。すごいとも思うしね。五年間も一人の人を想い続けるなんて私には多分無理だし、そんな人に出会えて羨ましいとも思ってる」


 真っ昼間のキャンパスでしらふとは思えない勢いで莉奈が捲し立てるのを私はただ呆然と聞いていた。

「結局、莉奈は諦めた方がいいと思ってるの? このまま追い続けた方がいいと思ってるの?」

 いつも適当なアドバイスをして面白がっているだけだと思っていた莉奈が、そんな風に考えていたなんて意外だった。私達は高校の時からお互いを親友だと思ってはいたが、お互いにあまりベタベタした関係が苦手なところがあり、深い話はほとんどしたことがなかった。

 勇太のこともたまたま生徒手帳に彼のプリクラが挟んであったのを莉奈が見つけたのをきっかけに話しただけで、そんなきっかけがなければ彼女は勘付いても聞いてはこなかっただろう。


 だから今回珍しく莉奈が本音をさらしたついでに聞きたいことは聞いておこうと思った。

「う〜ん」

 と唸りながら先程置いた箸を手に取り、じゃがバターを口に運んだ。昔から真剣に考え出すと何かを食べたくなるらしい、変わらない彼女の癖だった。


「……どっちでもいい、かな」

 独り言のように呟く莉奈に私は「は?」と聞き返す。

「どっちでもいい……うん、どっちでもいいよ」

 自分が発した言葉がそんなに気に入ったのか、無責任なフレーズの王様みたいな言葉を繰り返す。そして、笑顔で私を見た。


「どっちでもいい。琴乃が勇太を諦めなくても、諦めて他の男を探すにしても、私は琴乃の選んだ方に背中を押してあげるよ。どっちを選んでも私は琴乃の味方だから、他人にどう思われるとか考えないで、自分の感情のままに決断しなさい」

 笑顔で言う莉奈に私は思わず感動し、彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。ここで二人きりであれば、多少なりともお酒が入っていれば、そして私の膝の上に不安定な焼き鳥の皿が乗っていなければ、それを実行に移していたかもしれない。


「感動した? 私の友情に」

 私が黙って頷くと、莉奈は大声で笑った。

「泣くなよ」

「泣いてないし」


 照れ隠しにステージの方を見てみると、すでにミスコンの優勝者が決定していて、イベント自体も終わろうとしているところだった。遠目に見ても微妙な作りのティアラを被り、たすきを掛けた真ん中の子が優勝者なのだろう。ステージ下の男子学生達に満面の笑顔で手を振っていた。

 向かって左の方に視線を移すと、重そうな機材をステージに運んでいる男女がいた。先程勇太に会いに行った時に見かけた姿があったので、金髪を目印に彼を探したが見つけることが出来なかった。


「勇太いないね」

 莉奈も彼らに気付き、勇太を探していたようだが、結果は私と同様らしい。

「あいつ二組目らしいから、まだ来てないんじゃないかな?」

「何? 入れ替わり制なの?」

 素朴な疑問を口にする莉奈に事情を説明する。が、

「ねぇ、あの人格好良くない?」

 私の説明を聞いているのかいないのか、莉奈はステージ上でチューニングする長髪で長身の男に見とれていた。


「前行く?」

 ミスコン目当ての観客がいなくなり、ステージ前の広場はさっきまでの混雑が嘘のように人もまばらになっていた。ステージ周辺は仲間内なのか関係者のような人達で埋まっていたが少し後ろの方のベンチには座れそうだった。

「うーん」

 即座に立ち上がると思っていた莉奈が渋い表情を浮かべる。私が不思議がっていると察した莉奈が広場の真ん中辺りを指差した。

「あいつがいるんだよね」

 莉奈が指差した先には携帯で誰かと話している勇太の彼女がいて、それを見て彼女の渋い顔のわけが理解出来た。下に下りれば間違いなく柏木さんと一緒に観る羽目になるだろう。さっきの流れからして面倒臭いのは目に見えているし、一種の気まずさもある。

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