20歳 1

 いつだったか、誰かが私に言った。「男なんて星の数ほどいるんだから、一人に固執することないんじゃない?」

でも、と私は答える。

「確かに男なんて星の数ほどいるかもしれない。でも、太陽は一つだ」


 二次会のバーは至る所にライトアップされた水槽が飾られていて、想像していた以上にお洒落な店だった。こんな所に来るのならもっと着飾ってくれば良かった、と乾杯の十秒前に後悔した。


 それは成人式が終わってからの高校の同窓会だった。女子は一度家に帰って晴れ着から普段着に着替えて来ている者がほとんどだったが、男子は全員そのままスーツだった。卒業してまだ二年しか経っていないにもかかわらず、みんな随分変わってしまったように感じるのは、校則の圧迫から解き放たれたその反動だったり、成人式のため髪型や化粧への気合いの入れ方によるものなのだろう。


 高校三年間野球部で坊主だった多田はパーマのかかった長髪になっていたし、学級委員だった平嶋さんは眼鏡からコンタクトに変え、化粧も随分派手になっていた。


 そんな変わりゆく同級生の中でもひと際みんなの注目を集めたのは、できちゃった結婚をしたらしくお腹の膨らんだ菊池さんと、大学に入ってバンドを始めて金髪でツンツンのパンクヘアになった勇太の二人だった。同じ大学に通う私はとうに見慣れてしまったが、やはり初めて見る彼の変貌は計り知れないインパクトがあるらしく、昼間行われた成人式から「勇太どうしたの?」という周りからの質問が絶えない。


「どうしたの? 勇太。何の影響?」

 あまりお酒の強くない私が鮮やかな色のカクテルをちびちび飲んでいると、二年、三年と同じクラスだった絢香が隣にやってきた。彼女は何か都合があったらしく成人式に来ていなかったのでこの同窓会からの再会だった。例に漏れず、彼女も勇太の変わりように声を失っていた。


「なんか、彼女の影響でバンド始めて、ロックは金髪だとか言ってあんな感じになちゃった。私服も結構ヤバいよ」

「彼女? あんた達付き合ってんじゃなかったの?」

「そうなのよ」

 私の代わりに絢香に返事をしながらグラス片手に莉奈が割り込んできた。地元の大学へ進学した絢香とは上京してしばらくはメールのやり取りをしていた。が、お互い何かと忙しい日々の中で自然と連絡が減っていったので、私と勇太の詳しい事情は知らない。同じ上京組の莉奈とも月に一度くらい会って食事をする程度になっていたのでやはり環境が変わると付き合いが変わってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。


「この子、卒業式の日に親友を下駄箱で待ちぼうけさせて、自分は勇太とキスしてたくせに、詰めが甘いんだから」

「それ、今ここでする話?」

 私は慌てて周囲を見回すが、勇太は遠くのテーブルで男友達と騒いでいた。

「一生言い続けるし」

 すでに酔っているのか、座った目で私を見ながら言う莉奈がこのことを本当にことあるごとに言い続けるとは思っていなかった。


 卒業式のあの日、私が勇太の隙をついて奪ったキスは、運悪く通りかかった同級生の一団に目撃されてしまい、告白どころかその後気まずい関係が続くようになってしまった。同じ大学、お互い近所に一人暮らしという恵まれた環境にいるにもかかわらず、またしても他の女に勇太を取られてしまったのは、あの時慎重さを欠いてしまった私自身のせいなのかもしれない。


「てかさ、まだ好きなの? 勇太のこと」

「別に……好きじゃなくなる理由がないし」

 半ば呆れたように聞く絢香に私は目を逸らして答えた。目の前のカクテルに口をつける。


「まあ、確かに」

 莉奈が手に持ったグラスを回すとカランと氷が音を立てた。その仕草がやけに艶っぽく見え、思わず息を飲む。

「勇太って顔はそこそこ良かったけどなんかいまいち地味だったじゃない? それで一部のマニアにしか受けてなかったけど、バンド始めて金髪にしたらそりゃモテるよ」

 一部のマニアという言葉に若干の反感を覚えた私は莉奈を睨んだが、彼女は全く気にしていない様子で、弄んでいたグラスに口を付けた。


 確かに今日だけでも勇太が女の子にアドレスや電話番号を聞かれている姿をよく目にする。外見は変わっても根が真面目な彼が浮気をするとは思えなかったが、それだけ今の彼女を大切にしているということに繋がると思うとなんだか複雑な心境になった。

「とりあえず他に彼氏を作ってみるっていう気はないの? 意外とあっさり忘れられるかもしれないよ」

「琴乃はね、忘れたくないんだって」

 絢香の問いになぜか莉奈が答える。


「私も前にその提案したことあるのよ。一回勇太のことから頭離してみたら色々と見えてくるものもあるんじゃないかって。五年も片想いしてたらもう本当に好きなのか、ただ意地になってるのか分からなくなってるんじゃないかって。あっすいません!」

莉奈が話の途中で通りがかったウェイターを呼び止めた。


「同じものをおかわり」と空になったグラスを差し出す。私が知る限りでももう五杯目だ。いつにも増して彼女が饒舌で説教臭いのは酔いのせいなのかもしれない。

「そしたらこの子ったら、必要ないって。どう考えても好きなのは分かってるし、とりあえず今のところはそれを勇太に分かって欲しいだけだから、他に余所見するなんてありえないって。健気っていうか……」

「重いね……」


 絢香が苦笑する。その話をしたのは確か去年の夏くらいだったはずだ。当の本人である私もそんな発言をしたことをはっきりとは覚えていなかったが、今客観的に聞くと確かに、重い。

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