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睦永 猫乃

エラのはなし

 エラの髪は、彼女の主人がドールマスターに頼みこんで、特別に植え付けてもらった一点物だった。だからこの、ゆるく二つ結びにした、腰まで届く銀髪はエラの自慢である。

 エラの主人は、特に何もなくても、エラに贈り物をたくさんくれる人だった。

 考えてみれば主人は、エラに、自分自身へかけるより多くのお金を使ってくれているようだ。

 球体関節で動く、自動自律人形オートマタの彼女でも、

『モノやお金が全てではない』

と、それはよくわかっている。

 けど、エラの耳の上から二本生えた、飛行機の翼を触覚にしたような識別タグ(これは自動自律人形オートマタと人とを区別するための目印だ)へ入れられた文様もまた、髪と同じくオーダーメイドだったし、何よりエラのような自動自律人形オートマタは、とても高価なものだ。

 そうやって必要以上のお金を払って、自分という存在を手元に迎え、更に他の自律人形が持つよりもずっと多くの所有物をエラに与えてくれるのは、きっと愛なのだと、エラは信じていた。

 今までの贈り物を、ふと頭に過ぎらせる。

 初めて貰ったのは、ペンダントだった。

 それから、いく冊かの物語。

 香水びん。マニキュア。口紅。

 コスモスの花束。

 うさぎの縫いぐるみ。

 林檎の形のペーパーウェイト。

 いつかの時には、クッキーやマカロンや金平糖なんかを買って来て、銀の盆に載せて、白い背高のっぽのティーポットで、お茶会を開いてくれようとしたこともあったっけ。

 どれもエラの思い出。どれもエラの宝物だ。

 ――……けど、今回のこれは……?

 エラは身につけたばかりのスカートに目を落とし、お尻の辺りの生地をつまみ上げた。

切れ長の金の瞳を、思案げに細めてみる。

 膝まで丈のある、黒いゆったりしたスカートだ。裾には、白いレースの縁取りがしてある。

 これは先程主人が、子供のように瞳を輝かせながら、嬉嬉としてエラに差し出した包みの中に入っていた服だった。新しい贈り物だ。

 パフスリーブがふんわりと膨らんだ、半袖の真っ白いブラウスに、鳩尾の当たりまで大きく胸元の開いた、黒いベスト。

 三角の襟に巻く、大きくて黒くて幅の広いサテンのリボンタイ。白いレースと、黒のリボンのチョーカー。

 どれもとても可愛い。とても素敵だ。

 ……ただ一つ、このスカートの素材を除いては。

 なんとなれば、渡された黒い生地は繻子しゅすの布1枚で出来ていた。繻子というのは、薄い絹織物の事で、向こう側が透ける。

 つまり、エラは服を着ているというのに、白い太股も、形のいいお尻も、外から丸見えなのだ。

 エラはセクサロイドではない。なので、別にこのような服を着せられても、セクサロイドかれらであれば抱くような劣情や羞恥心に、心を震わせることもない。

 けれど、だから余計に、よく分からなかった。

 こんな服が、普段街へ出ていく時に着ていくような物では無いことはよく知っている。それに異性愛者であるエラの主人が、女型の自動自律人形オートマタである自分に『そのような事』を求めてくるとはとうてい思えなかった。

 それゆえに、純粋な気持ちでエラは首を傾げてしまう。

(どうして……?)

 考えてみたが、分からない。主人にしか分からない、深い気持ちがあるのかもしれない。

(……。もしそうなら、考えても仕方ないことですね)

 だからエラは、ふっと薄く微笑んだ。

 思えば自動自律人形エラにとっては、主人の願いに応えることこそがおのれの喜びである。

 エラはスカートから指を離した。ならば、彼女が望むなら、よく分からなくてもちゃんと着こなしてみせる。それが彼女からのいままでの愛に、応えることになるならば……――少し不思議ではあるけど。

 だから前を向いた。扉を開け、エラは主人の待つ屋敷のリビングへと踏み込んでいく。

「どうでしょう、ご主人様!」

エラは堂々と胸を張りながら、嬉しそうに透けるスカートの裾をつまんだ。


――……この後、それを見た主人が驚いたような、申し訳なさそうな顔をして、

「えっと……ごめんね? これ、包みの中に、入れ忘れてて……」

と黒いサテンのペチコートを差し出すのを、彼女はまだ知らない。

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