第2話 別の日の山田苑

 ある休日の夜、僕は一人で再び山田苑を訪れた。恵子ちゃんはちょうどカレンダーを捲っているところだった。そうか、今日から12月か。

「いらっしゃいま……あ、深道さん」

 彼女の視線は僕の肩の上を通過していた。今日は僕だけだと伝えると、そうですか良かったです、と言って剥がした11月分の本郷奏多を持って一旦奥に消えた。

 僕は青椒肉絲を頼んだ。しかし恵子ちゃんが持ってきたお盆には、勝手にエビチリがプラスされていた。

「今回だけサービスです。前来てくれた時、おいしいって言ってくれたから」

と、恵子ちゃんは笑った。さすがエビチリおばさん。

「ゆいさんもおいしいって言ってくれればまだかわいげがあるんですけどね。最近は早く逝ってくれないかって思ってますけど」

 悪意に満ちた微笑を浮かべつつ、恵子ちゃんはなにやら段ボールの小ケースをカウンター下から持ち上げ、四つ並べ置いた。

「見てくださいよこれ。おとといゆいさんが来て置いていったんです」

 豆乳の四つの味がそれぞれ一ダースずつ。普通の豆乳と、ソーダ、焼き芋、コーヒーミルク。焼き芋の豆乳は他の味の半分くらいしか残っていなかった。

「余計なことばっかりするんですよ、あの豆乳おじさん。深道さんもあんな先輩がいて大変じゃないですか?」

 女遊びが過ぎることを除けば、掛川さんの社内での評判は悪くない。口は悪いが、仕事ができ、意外と気遣いもできる優秀な人物というわけだ。豆乳を持ってきたのも、本気で恵子ちゃんのことを想ったのかもしれない。

「そんなわけないじゃないですか」

 うん、僕もそう思う。


 その日、恵子ちゃんは早々に「CLOSE」の札を提げた。

 自慢じゃないが、僕はゴッドイーターという狩りゲーが大好きで、それなりの腕前を持っていると思っている。話の流れで、恵子ちゃんも同ゲームのプレイヤーであることが判明し、一緒にプレイしようということで店じまいと相成ったのだ。なんと自由な人だろう。

 ちなみにゴッドイーターがどんなゲームかというと、モンスターハンターみたいなゲームと言えばわかりやすいと思う。

「学生のころ、みんな集まってなにやってるかっているとモンハンばっかりだったんですよ。流行りに乗せられたみたいで嫌じゃないですか。だからゴッドイーター買ったんです」

 これは僕と同じだった。そして、おかげで一緒に遊んでくれる人が誰もいなかったという境遇も同じだった。僕たちはテーブル席に向かい合って座り、協力プレイがコンセプトのゲームで初めて協力プレイをすることができたのだが、何度も味方に後ろから撃たれ、吹っ飛ばされる結果に終わった。曰く、

「射線上に立つのが悪い」

とのことだ。

 やがて、狩りに疲れた恵子ちゃんは、店内のテレビでキンダムハーツを始めた。チップとデールが出るたびに、かわいいかわいいと目を輝かせていた。おかげでゲームのストーリーはちっとも進んでいなかった。


「あれ、なんでお前いんの?」

 CLOSEにも構わず入ってきたのは掛川さんだった。恵子ちゃんは掛川さんに一瞥をくれ、すぐゲームに戻った。

「そろそろなくなるんじゃないかなぁって思って持ってきた」

 豆乳焼き芋味一ダース。恵子ちゃんはそれを気持ち長めに見つめ、慌ててゲームに戻った。

「お前キンハー好きだったんだな」

「ディズニーが好きなんです」

「じゃあ今度ネズミの国行くか」

「深道さんとなら考えてもいいですけど、ゆいさんと一緒だったら一人で行った方がましです」

「知り合って一か月の幸太に負けたかー。俺たち六年間の友情はどこ行った?」

「友情なんか一秒もなかったですけどね」

 掛川さんは僕の斜め向かい、つまり恵子ちゃんの隣に座った。

「なんか作ってくれよ。エビチリでいいから」

「今日は閉店です」

 恵子ちゃんがそう答えた瞬間、彼女の操作するゲームの主人公が死んだ。

「へたくそ」

「うっさい。ゆいさんが隣で息してるせいです。五時間くらい息止めててください」

「あとさ、前から思ってたけど、店閉めるときの札、あれ『CLOSED』じゃね? Dつけとけよ」

「ほんとぐちぐちうるさいですね。知ってますよそれくらい。D取れてどっか行ったんですよ。意味通じるから別にいいでしょ」

 恵子ちゃんはついにコントローラーを放り投げた。そして結局、掛川さんにエビチリを作ってあげていた。

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