第104話 主、酒に酔う
食事の前に、俺は温泉に入ることにした。ほとんど詐欺の手口で入った宿の割には、温泉はしっかりしていた。内湯も広く、露天風呂もあった。なんといっていいのはここは男湯と女湯が分かれている。これは俺にとってなんとも落ち着ける環境であった。
備え付けの石鹸で体と頭を洗う。もちろん石鹸で頭を洗うとボサボサになってしまうのだが、ここでこの世界のトリートメントである、ユーリンの油の出番である、これで最後に洗うと、驚くほど髪がサラサラの仕上がりとなる。大げさではなく、これが無かったら、ここでの生活に耐えれなかったかもしれない、それほど重要な物であった。
檜の香りが漂う内湯の浴槽に、ゆっくりと浸かっていく。檜の香りと言ったけど、この世界に檜はないみたいなので多分似た感じの別の木ではあるんだけど、香りはすごく似ている。
湯は白色で程よい硫黄の香りがする。それほど刺激は強くないけど、体に滲んでいくこの暖かい湯の感じはすごく気持ちが良い。うちの温泉も中々好きだけど、ここもかなり好みの感じである。
十分、内湯を楽しんで、露天風呂に移動しようとすると、珍しい人物が姿を表す。
「ポーズ、珍しいね風呂で会うなんて」
「ふん、主、いいもん持ってきたぜ、たまには一緒に飲もうや」
そういうポーズの手には、一升瓶と2つの器を持っていた。確かに、そんな状況も今までなかったので、軽い気持ちでそれを受けた。
ポーズの持ってきたお酒は、すごく日本酒に似ているこの地方の地酒であった。いつもは変な緊張感での飲み会ばかりだったので、ゆっくりお酒を飲む機会がなかったけど、今は変に緊張することもなく、ゆっくり酒を堪能できた。
「なんだ主、普通に飲めるじゃねえか」
「え、どうして?」
「いつもあまり飲んでねえからよ、そんなに好きじゃねえのかと思った」
「いや・・いつもはあれだろ、とても飲んでる場合じゃないことが多いから」
ポーズも過去の飲み会の様子を思い出して、納得する。
「そりゃあ、そうだな」
いつもと違い、俺の飲酒を阻むものはそこにはなかった。その開放感というか、自由感というか、そんな雰囲気がいつも以上に酒を進める。暖かい温泉での飲酒は、想像以上に酔いを早め、紋次郎はすでに泥酔状態と化していた。
「うい・・・ひっくっ・・ポーズ! もう一杯・・・」
「いやあ、主よ、もうそろそろ飯の時間だからそろそろ上がらねえか」
「うるせえ! もう一杯飲むんだ俺は!」
仕方なくポーズは紋次郎の器に酒を注ぐ。それを一気に飲み干して叫ぶ。
「ウオォー腹減ったぞぉ!」
「いや、だから飯の時間だって・・」
「よし! じゃあ飯に行くぞぉー!」
ポーズはこの時、紋次郎に酒を飲ましたのを後悔し始めていた・・
みんなこんな宿の料理と期待していなかったのだが、量も質もそれほど悪い感じには見えなかった。それぞれ席について、紋次郎が風呂から上がってくるのを待っていた。そこへ、ポーズに肩を借りてフラフラになった紋次郎が姿を現した。
「うぉーい、みんな・・またせぇてわるかったねえぇ、飯食べようぜえぇ」
泥酔状態の紋次郎の姿を見て、みんな言葉を失う。
「紋次郎様・・すごく酔ってらっしゃりますね・・」
「おう! 酔ってるよぉ〜酔ってて悪いかいリンスちゃん〜」
リンスは、すごい怖い表情でポーズを睨みつける。
「・・・・ポーズ! あんた何したの?!」
「いや・・・酒をだな、少し一緒に飲んだだけで・・」
「少しでこんなになりますか!」
泥酔している紋次郎に、リリスがいつものように後ろから抱きついてきた。それに対して紋次郎の対応がいつもとは違う。
「おう! リリスぅ〜、くるなら前からこいよなぁ〜ほら、こんな感じぃでえ〜」
そう言ってリリスを抱き寄せる。まんざらじゃない表情でそれに答えるリリスに、他の女性陣の感情が沸騰する。
「ちょっと離れなさいよリリス!」
「いやじゃ、私はもっとこうしておるのじゃ!」
「紋次郎様! しょ・・食事中に不謹慎です!」
「どうしてだぁ、食事中はこうするもんだぞぉリンス〜」
そう言って今度はリンスを抱き寄せる。リンスは顔が真っ赤になって硬直する。
「ここ・・・困ります紋次郎様・・・人が見ています・・・」
それを見たミュラーナが強引にリンスを引き剥がし、紋次郎の手を自分に回す。
「紋次郎、あたいをもっと強く抱きしめてくれよ」
次は自分とばかりに、デナトスが紋次郎を強引に奪って抱きつく。アスターシアはどさくさに紛れて、紋次郎の懐に入り込んで、スリスリしていた。
そんな混乱の中、メタラギやソォード、ポーズなどは普通に食事を始めていた。アルティは怪しいカクテルを必死に作っている。
「紋次郎さん・・これ飲みませんか?」
そう言ってアルティがいつもの怪しいカクテルを持ってくる。
「おう! いただくよぉ!」
そう言ってそれを一気に飲み干す。見る見るうちに紋次郎の顔色が変わり、そのままうつ伏せにぶっ倒れた。
「紋次郎さん!」
全員が心配で駆け寄る。様子を見ていたリンスが、ホッとした顔で皆に報告した。
「大丈夫です・・寝てるだけです・・・」
紋次郎は、このまま次の朝まで目が覚めなかった。
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