第103話 温泉街
ムーンランベでのバカンスを楽しんだ紋次郎たちは、次の目的地であるベンタナへと向かっていた。ベンタナはかなりの山奥にあるために、険しい山道を登っていた。紋次郎たちの馬車以外にも多くの馬車がその山道を登っている。おそらく同じ目的地であるベンタナへ向かっているのであろう。
山と山に囲まれた高地に、ベンタナの街は山奥にもかかわらず、賑わいを見せていた。山道の両脇に商店が見え始め、少しずつ温泉街としての様相を見せはじめてくる。街の入り口にある大きな馬車置き場に馬車を停車させる。そこからは徒歩で登らないといけないようで、必要な荷物だけを手に持って先に進み始める。馬車置き場から温泉街の入口まで長いお土産や通りが続いていた。メイルなどは、そのお土産やにすごく惹かれているが、帰りに寄るからと説得する。
温泉街の入口は長い石階段であった。頂上が見えないほどの長い階段に、ため息が漏れる。
「紋次郎、あれ見てちょうだい、先が見えないわよ」
「グワドン、ちょっとおぶってくれ」
「何情けないこと言ってるのですの、こんなのすすいのすいですわ」
「おめーは飛んでるから楽なんだろうがチビ妖精!」
「チビじゃないと何度も言ってるでしょうが馬鹿ホビット!」
いつものそんなやり取りをしていると、石階段の脇に並ぶ宿から、呼び込みの声をかけられる。俺たちの泊まる宿は、頂上にあるキングダイヤモンドと言う名の高級宿と決めていたので、他の宿には目もくれない・・つもりであった。
「お客さん! うちは安くて美味しい料理が自慢の温泉宿ですよ、どうですか、今ならさらに割引させてもらいますよ」
「いやいや、こっちの方が安くていい宿だよ! そこの宿はでっかいココチョルが大量にでるからやめときな」
「うるさいよハゲ! おめえのところなんてチチャルゲに巣を作られてえらいことになってたじゃねえか」
「ココチョル? チチャルゲ?」
俺の知らない単語が飛び交っていて、頭がハテナ状態になっていると、アルティがそっと教えてくれた。
「紋次郎さん、ココチョルってのは黒い虫で・・そのあれに似ていますね、ゴキ・・でチチャルゲは頭が2つあるネズミです・・・気持ち悪いので両方とも絶対に泊まりたくないです」
うわ・・俺もあまり得意ではないので、そういうところはお断りである。石階段を登れば登るほど、宿の呼び込みはひどくなっていた。
「コラァ!! うちに泊まれや、泊まらねえとひでえ目にあうぞぉ、おう!」
暴力的な呼び込みには、デナトスが攻撃魔法で答えていたのであしらうのも楽なのだが・・
「お兄さん、うちの宿に泊まってかない、ちょっといいサービスがあるわよ」
「お兄さん、お兄さん、そんなブスの宿なんてやめときな、こっちには若くて可愛い子がたくさんいるわよ」
そう俺に声をかけてきた女性店員には、リンスたちがものすごい拒否反応を示して、強烈なにらみ合いが始まったりして大変であった。なんとかそんな宿の呼び込みを無視しながら俺たちは頂上へと進んで行く。もう少しでその頂上へと到着しそうであったのだけど、そこで最大の難関が立ちふさがった。
「あの・・すみません・・宿は決まっていますか?」
そう控えめに呼び込みの声をかけてきたのは、なんともみすぼらしい格好をした女将さんであった。俺は正直に予定の宿を伝える。
「この上にあるキングダイヤモンドに泊まろうと思っています」
「そうですか・・もしよければうちに泊まっていただくことはできませんかね・・キングダイヤモンドさんは年がら年中お客さんがいっぱいで、それはそれは繁盛していますけど・・うちはもう・・・お客さんに泊まってもらわなければ・・・うっ・・ううううっ」
そうやって女将さんは泣き出した。そこへ後ろから汚い格好をした子供達が走り寄ってくる。
「母ちゃん!!」
「お・・お前達・・今は仕事中だから来るなといったろう!」
「母ちゃん、またお客さん来ないの? 僕たちお腹空いたよ・・もう三日も何も食べてないもん・・」
「すまないねえ・・母ちゃんがこんなダメな女将じゃなければお腹いっぱい食べさせてあげれるのにね・・すみません、お客さん・・こんなみっともないところ見せてしまいまして・・」
わかっている・・そう、それはなんともインチキ臭い芝居だということは・・だけどもし本当にこの親子が困っていて、それを無視したとすれば・・俺はリンスやデナトスの制止を振り切り、女将さんに部屋をお願いしていた・・・
「いやあ、こんなに大人数で泊まっていただけるなんて、本当笑いが・・いや子供達も喜びますわ・・ほほほっ、それではこちらに浴衣など置いておきますので、食事の時間は6時になります。変更できませんので悪しからず・・ではごゆっくり」
女将は去った後に、俺はみんなからすごい勢いで攻められる。
「てめえ、アホ主! 何あんた手にひかかってんだよ!」
「でも子供がお腹を空かしてだな・・」
「馬鹿野郎! さっきの子供たちだけど、あの女将に小銭もらってニコニコで走って行ってたぞ」
「紋次郎さん・・私はキングダイヤモンドの豪華黄金風呂を楽しみにしてたんですよ・・」
「紋次郎・・あれはダメだわ・・どうすんの・・」
「わぁあ、メイル、ラニの食べ放題を楽しみにしてたのに!」
「・・・・・・ごめん」
俺はそう言うのが精一杯であった。まあ、予定の宿に泊まれなかったのは仕方ない、ここはここでいいところがあるはずである。なんとか楽しめればいいのだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます