第105話 忍び寄る影

真紅の天馬挺はオヴルの空中城へと静かに降り立った。冒険者の一団がその乗り物からぞろぞろと降りてくる。その中にはローブを深くかぶり、両手に籠を持った人物がいた。その人物は、白色の法衣に身を包んだ女性に話しかける。


「ルイーナ、奴らは2、3日中にはここに必ず来ます。それまでに向かい打つ準備をしなさい」

「はい。エミロ様、このルイーナ、今度こそは命にかえましても、紋次郎とその配下を亡き者に」


そこへ、二度も紋次郎に煮え湯を飲まされたベリヒトが、歩み寄ってエミロに進言する。

「エミロ様、あやつらは侮れない戦力を有しています、英雄級のダンジルバがこの戦いには加わっていますが、それだけではまだ足りないかと・・」


「わかってます、この戦いは私も参戦します」

「な! エミロ様が自らそんな・・・」

「相手には神獣フェルキーがいますから、私が戦わないわけにはいかないでしょう。今回は敵を殲滅する予定です。それを踏まえて四天も連れてきています、なので間違っても戦力には困らないでしょう」


「し・・四天を全てですか? それはいくら何でも過剰な戦力投入では・・」

「ベリヒト・・・お前は二度も負けていて、まだあやつらを理解していないのですか、紋次郎とその配下の力はまだ底が見えていないのですよ」

「た・・たしかにそうですが・・四天ですよ・・四天一体で英雄級10人分の戦力に・・」


「これ以上の失態は他の五大老へ示しがつきません。その意味がわかりますかベリヒト」

「は・・はい・・・」

「なら良いです。必ず奴らを倒して、マグル紙片を奪うのですよ」


エミロの四天、それはエミロの側近である四体の魔獣の総称であった。どの魔獣も高い戦闘力を有しており、英雄級の冒険者パーティーでも歯が立たないほどの高レベルの魔物であった。


エミロはこの戦いに自分の持つ最高の戦力を投入している。それはもう後がないことを意味していた。


「う・・頭が痛い・・・・」

馬車に揺られるたびに、締め付けるような痛みが頭を襲う。紋次郎たちは温泉で有名なベンタナを後にして、空中城があるオヴルへと向かっていた。オヴルはベンタナからさらに山奥に進んだ場所にあり、オヴルに近づけば近づくほど、人の影はなくなっていった。


「ご主人様、熱いお茶です、これをお飲みください」

カリスがそう言って器にお茶を入れてくれた。

「ありがとう、カリス」

それを受け取ると、フウフウしながらぐびっと一口飲む。熱いお茶が喉お通り、胃の中に達して、少しだけ頭の痛みが和らぐような気がした。


「それでオヴルの空中城ってどれくらいで着くの?」

俺の質問にリンスが答えてくれる。

「そうですね、1日と少しかかると思います。途中に町も村もないですから、今日は途中で野宿ですね」

「野宿か・・まあ、それはいいんだけど、宿の朝御飯がなかったせいか、なんかすごくお腹すいてるんだよね、早くお昼ご飯が食べたい」


紋次郎のそんな話を聞いて、リンスは昨日の事を思い出していた。夕飯の時に、紋次郎が何も食べないで気絶して、そのまま朝まで起きなかったので、実は昨日の昼から何も食べてないことに気がついた。まあ今日の昼まではもうそんなに時間はないので、それほど空腹を我慢することもないだろうと、あまり気にしなかった。


馬車を操作しているアルティが不意に声をかけてきた。

「紋次郎さん、リンスさん、お昼休憩なんですが、この先どうも休憩が取れそうな場所がなさそうなんですよ、ちょっとあれですけど、夜まで我慢できますか?」

紋次郎は絶句する。すぐにでも何か食べたい状態である、我慢なんてしたくはなかった。しかし、ここは大人の紋次郎は自分の感情を抑えてそれを了承する。

「あ・・ああ、全然構わないよ、夜まで我慢しようか、場所がないのなら仕方ないよ、でも! どこか良い場所があったら休憩しても良いんじゃないかな」

「そうですね、じゃあ、良さそうなところがあれば言いますね」


そう言ってアルティは馬車の操作に戻る。しかし、その先回りは絶壁の崖に囲まれた不毛の地であり、とても休憩の取れる場所ではなかった。仕方ないのでそのまま夜まで我慢して先に進んで行く。


だが、休憩場所にと考えた場所まで来たところで、予想外の状況に直面する。湖に面して、緑の草原が広がるキャンプに最高の場所が、見るも無残に変貌していた。おそらく地殻変動だろうか、湖は2つに割れて、干上がっている。周りはガタガタに崩れ落ちていて、キャンプどころかそこにいるのも危険な状態であった。


とりあえず危険がない場所まで進んでみようと、馬車を走らせる。だけどその周辺全てに大きな災害があったようで、どこもかしこもボロボロに崩れていて、安全な場所はどこまで行っても見つからなかった。結局朝まで走り続けて、オヴルの空中城のある山の麓まで来てしまっていた。もう、キャンプをするのも面倒になるくらいみんな疲れていた為に、ここで馬車の中で仮眠をとることになった。寝る前に、軽く食事の取れる携帯食などがあればよかったのだけど、今回はほとんど冒険のつもりがなかった為に、いつもならあるそういった軽く取れる食料を持ってきていなかった。紋次郎はひもじさに耐えながら、浅い眠りについた。









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