第29話 ハーフエルフの憂鬱

木の棒の先に、淡い光を灯らせ、薄暗い通路を一人のエルフの女が歩いている。彼女は逸れた主人を探していた。時折、立ち止まり呪文の詠唱をする。それはスカウトの上級魔法の絶対探索を使用する為であった。


北西100m、下へ10m、もう一つ下の階層みたい・・・そう判断した彼女は下への階段を探した。


程なくして広い部屋で下へ降りる階段を見つけた。探索結果の位置から考えると、彼女の探し人はすぐ近くにいると思われた。ここを降りればすぐ出会えそうだ、そう考えながら、階段を下りていく。


階段を一歩一歩踏みしめながら、彼女はふと昔のことを思い出す。それは姉と一緒に初めての冒険に出かけた時の話であった。



ダンジョンギルドの運営する、初級者用の公営ダンジョンにて、ハーフエルフの姉妹はバンムという小さなモンスターと戦っていた。


「リンス! バンムは火に弱いよ、ファイアーを使いなさい」

「そんなのわかってるよマリエル、それより呪文を唱えるまで引きつけといてよ」

「五匹もいるから全部は無理!」

「ちょこちょこ寄ってきたら集中できないよ、なんとかして」

「無理だって!」

「マリエルは前衛でしょう! それが仕事じゃないのよ」

「じゃー前衛やめる〜」

「困ったらそーやってすぐ投げやりになる! 悪い癖だよ」


二人は口喧嘩しながらもなんとかバンムを撃退する。さすがにレベル2のモンスターだと喧嘩しながらでも倒すことができるみたいだ。だけどこれから先、モンスターのレベルもどんどん上がっていく・・いつもこんな調子だと、いつかはやられちゃうだろう。


そんな二人に、探究の神は最初の試練を与える。それはダンジョン内で、大きな宝箱を開いた時に起こった。比較的経験のある冒険者では犯すことのないミス。それはダンジョンの宝箱を不用意に開けること・・彼女たちにはまだその知識も経験もなかった。


マリエルが宝箱を開けた瞬間、けたたましい警報が鳴り響く。それと同時に部屋の入り口が石のようなもので塞がれた。


「マリエル・・これはちょっとヤバいんじゃない?」

「多分モンスタートラップだわ・・」


そうマリエルが言った瞬間、奥の壁がズズズと上がっていく。上がった壁の向こうには、大量のモンスターが待ち構えていた。


「すごい数・・・」


レベル2〜3の低レベルのモンスターといえど、これだけの数がいれば駆け出しの冒険者の姉妹にとっては驚異的であった。しかし、二人は経験不足からか、その危機的驚異を完全には理解していなかった。リンスは呪文の詠唱に入り、マリエルは剣を握りしめ、モンスターの中に突っ込んでいく。


マリエルの剣は順調にモンスターを切り裂いていく。しかし、それも五、六匹までで、それ以降は体力が低下していき、徐々に鈍くなっていく。リンスの魔法はモンスターを一撃で屠るが、魔法の詠唱に時間がかかる為に、撃滅スピードはマリエルの半分ほどであった。


まだモンスターが三分の一ほど残っているその状況で、マリエルが肩で息をし始め、リンスの魔力が枯渇した。


魔法の使えなくなったリンスは、腰につけていた短剣を抜いて戦おうとする。しかし、その時の彼女の近接戦闘スキルは皆無と言っていいほどで、短剣などお飾りでしかなかった。それでも一匹をなんとか倒すことができたが、後ろから重い一撃をくらい、リンスは気を失ってしまう。薄れ行く意識の中で、リンスはマリエルの声を聞いた。


リンスが意識を取り戻した時に見たのは、ぼろぼろになって自分を抱きかかえる姉の姿と、全滅したモンスターの亡骸であった。気絶していた自分は傷一つついていないのに、姉は綺麗な顔の原型がなくなるほどにダメージを負っている。マリエルはあの状況の中、自分をかばいながらモンスターを殲滅したのである。それに気がついた時、リンスは自然と涙を流していた。


「何泣いてるのよ泣き虫」

そう言ってマリエルは優しく抱きしめてくれた。



あの時の姉の肌のぬくもりは今も覚えている。しかしその姉はもういない・・リンスは胸の奥で熱いものを感じていた。それは怒りなのか、悲しみなのか、リンスの心をぎゅっと締め付けるのであった。


紋次郎は広いフロアーを移動していた。それにちょこちょこと小さな生き物がついてきている。先ほど紋次郎のペットになったニャン太である。


「ニャン太。このダンジョンの出口って知ってる?」

「ある程度はわかるぜ。まー僕の庭みたいなもんだからね」

「じゃー案内してよ」

「わかった」

そう言ってニャン太は紋次郎を先導する。広いフロアーのその先に扉があり、そこを開け、しばらく進むと階段が見えてきた。それは紋次郎が降りてきたのとは違う上りの階段であった。


その階段を上ろうとした時、上から見知った人物が現れた。


「リンス!」

「紋次郎様!」

紋次郎を見つけたその人物は、小走りで駆け下りてくる。階段を降りるその勢いもあり、リンスは紋次郎に抱きついていた。この時彼女は、紋次郎に姉と同じ肌のぬくもりを感じていた。


「心配させないでください・・」

紋次郎の胸の中で、絞るようにそう言葉にする。顔を真っ赤にした紋次郎は、「ごめん・・」と小さく呟くのが精一杯であった。




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