第3話 ダンジョン不動産

まだ日が昇って半刻も立たず、人もまばらな街の通りを、紋次郎とリンス、そしてデナトスが歩いていた。三人が訪れた街はアルマームという、冒険者が冒険の中継の拠点として利用する、中規模な街だった。必要な施設もほとんど揃っている為に、普段からリンスはこの街をよく利用していた。


「主様。まずは宝を換金しましょう」

「そうですね。現金が無いと始まりませんからね」

「交渉は私に任せなさい・・この魅力的な体を使って高く買い取らせるわ」


ちょっと不謹慎だけど、デナトスさんのその提案に少し期待してしまう。少しでも高く売値がついて欲しいと心から思っていた。しかし・・この提案は不発に終わってしまう。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」

紫の長い髪に、はっきりとした顔立ち、絶世の美人とまでは言えないが、愛想のある可愛らしい商店の女主人が俺たちを出迎えてくれた。意気揚々と店に入ったデナトスさんはフリーズしている。


「すみません。この品を売りたいんですけど・・・」

そう言って俺は宝を机の上に出した。

「はい。ちょっと鑑定しますね」


店の女主人はまだ若いが目利きに定評のある、アメリという名の者だった。アメリは紋次郎の持ってきた品を一つ一つ丁寧に鑑定していく。ほとんどの品の値を悩みもせず算出したが、一つの品の鑑定で動きが止まる。


「これは・・・・」


それは紋次郎が元の世界から持ってきたボールペンだった。見たこともないその品の鑑定にアメリは値をつけることができなかった。しかし珍しい品なのは間違いないので、買い取りたいとは考えていた。


「申し訳ございません。こちらですけど初めて見るもので・・値をつけることができません。しかし珍しい品のようですので良かったら50万で買い取らせてもらえませんか?」

「全部で50万ですか?」


「いえいえ。こちらの品だけです。全部ですと160万で買い取りさせていただきたいです」


紋次郎は小声でリンスに相談する。

「リンスさんどうでしょう?妥当ですかね」

「そうですね。妥当な値段だと思います。ただ・・あの50万の値がついた品は・・」

「あーあれは俺が元の世界から持ってきたものです。ついでに一緒に売ろうと思いまして」

「主様の世界の物だったらかなり珍しい物じゃないでしょうか。もしかしたらもう少し値を上げれるかもしれません」

「なるほど」

俺は女主人の目をじっと見つめて、交渉に入る。

「そっちの品ですけど、もう世界にその一つしか存在しない貴重なものなんですよ・・なのでもう少し高く査定してもらえないでしょうか?」


その俺の交渉に、下を向いて少し考える。そして意を決したように金額を提示する。

「では、80万でどうでしょうか?これが私の提示できる最高額です」


交渉がうまいな・・少しづつ値を上げていくんじゃなくて、ある程度ドンと引き上げて、即決するように提示してきた。まー百均のボールペンが80万で売れるんならこちらとしては御の字だし、この人ちょっと好感が持てるのでこの額でいいかな。

「はい。その額なら納得です。それで買い取ってください」

「わかりました。では全部で190万になります。今お金を用意しますね」


予定より大分多く資金が手に入りそうだ。リンスさんとデナトスさんも少し表情が緩んでいるようだ。


アルマームのメインストリートである中央通り、通称『迷宮横丁』冒険者やダンジョン運営者の為の専門店が多く並ぶその一角に、煉瓦造りの二階建ての建物があった。木造や石造りの周りの建物とは作りが違うこともあり、個性的な迷宮横丁の店舗の中でも、程よく目立っていた。その建物の入り口横には【クローネのダンジョン不動産】と看板が掲げられている。


「クローネさん。例の物件やっぱりダメですわ。内見で笑いは取れるんですけどね。さすがに購入はしてくれません」

クローネと呼ばれ、眼鏡をかけた金髪の長い髪のニュターの女狐人は看板に名が付いていることからここの主人のようである。彼女は部下のその報告を聞くと、少し斜め上を見つめ、しばらく考えると意を決したように決断した。


「よし。値下げするぞ」


不動産屋の女主人が、そんな決断をしたその時、店の扉を開け3人組の客人が来店してきた。素早く店員が3人に近づき、客人用の立派な椅子を勧める。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」


そう聞かれた3人組の一人、ヒューマンの男性がこう切り出してきた。

「一番安いダンジョンを見せてもらえますか?」


お金を持ってない客だ・・クローネはそう判断した。こういう細い客に長く時間をかけるのは勿体無い。そこで先ほど値下げを決断した不良物件を押し付けることを思いつく。

「マシュ。例の物件を紹介してみては?」


マシュと呼ばれたホビットの男性はすぐにそれが先ほど値下げされた物件だと気がついた。


「お客様は運がいい。今丁度いい物件がございます。初心者用のダンジョンですが立地が良く、値段は破格の激安価格になっています」


マッシュはこう紹介しながらも実はこみ上げる笑いを必死に我慢していた。都合の良い所しか客に伝えない自分に受けているのだ。


「おいくらですか?」

「通常は200万の物件なのですが・・・今は特別価格になっていまして80万でご購入できます」


それを聞いたヒューマンの男性は大喜びしている。どうやら予算内らしい。それを見て隣にいたエルフの女性に何やら諌められている。


「その物件を見たいのですが・・」


マシュは控え目にそう伝えてくる男性の願いに同意すると、早速出掛ける準備をする。即決で決まったことに備えて契約書も持参した。紹介する物件はアルマームの街を出て、徒歩で2時間ほどの場所にある。大陸有数のダンジョン密集地帯、あの有名なキュウレイ・ダンジョン群の少し手前にあった。キュウレイ・ダンジョン群目当ての冒険者達が多く通るルート上にあり、確かに立地的には一等地と呼べる場所であった。


「こちらがご紹介の物件になります」

不動産屋が俺らを連れてきたのは、街から2時間ほど歩いた場所であった。リンスさんの話だと、確かに立地は良いとの話である。肝心のダンジョンだけど、入口は石で組まれた土台に、鉄製の大きな扉がつけられていた。外からの見た目では、入口を入ると、すぐに地下に向かっているようだ。昨日追い出されたダンジョンに比べると小さいようだけど、それほど悪いようには見えない。


「まー安い割には悪くないわね」

デナトスさんはそう言ってそのダンジョンに近づき、扉の隅々を頷きながら見ている。リンスさんは不動産屋に扉を開けるようにお願いした。


カチャリと鍵が外され、いよいよダンジョンの中が観れる。開かれた扉の向こうは・・・大きな部屋であった。


「おーいきなりこんな広い部屋なんだ」

俺は中に入り、部屋を見渡す。リンスさん、デナトスさんも中に入ってきて、中を物色し始める。その後に不動産屋がコソコソと中に入ってきた。


「あれ・・ちょっと気になることがあるんですが・・」

不動産屋はそんな俺の疑問に、なぜか体をビクつかして反応する。リンスさんも何かに気がついたのか不動産屋を見やり、問いかける。

「この先はどこから行くのですか?階段も扉も見当たりませんが?」

そうなのだ。この広い部屋には、入ってきた入口以外の扉や階段が存在しない。


「ここがこのダンジョンの最深部になります・・これが全てです・・」

「え?このダンジョン、ワンルームの物件なの?」

素直に驚く俺。リンスさんとデナトスさんは丸い目で呆然としている。


「いやいや、あなた!これじゃーダンジョンじゃなくて、ただの地下室じゃないですの!」

デナトスさんが的確な表現で突っ込む。リンスさんは驚きから持ち直して、冷静に質問する。


「ここがダンジョンだとして・・運営の事務所は無いのですか?普通あるものだと思いますけど・・」

「あっ・・はい。もちろん事務所は付いております」


そう言って不動産屋が連れてきたのは入口の石の土台の裏側・・・そこには贔屓目に言って掘建小屋・・いや・・完全なる掘建小屋が隠れるように建っていた。中を見ると、小さい部屋が三つと炊事場が付いており、広さ的にはまずまずである。しかし至る所に痛みがきており、ボロボロの壁と雨漏りしそうな天井・・床も少し腐っている・・・


「私、こんな所住のいやだわ・・・あそこ見てよ・・見た事ない虫がいるわよ・・」

デナトスさんの言い分はもっともである。俺もここに住むのならテントの方がいいと思ってしまった。


「不動産屋さん・・ちなみになんですけどここ以外の物件での最安値はいくらになりますか?」

リンスさんの質問に、不動産屋はう〜んと物件を思い出しながら、こう答えた。


「そうですね・・確か250万ゴルドだったと思います」

「それじゃー決まりね。主様、ここを購入しましょう」

「え!!そうなんですか!?」

「仕方ありません。予算的にここを購入するしか道がありませんので・・・」


確かに俺たちには選択肢が無い。買える物件がここだけなら、ここを買うしか無いよな・・・

「でも・・こんなダンジョンでやっていけるんですかね?」

「それを考えるのが主様の仕事です」


う〜ん。今の所・・なんも思いつかないよ・・・とてもやっていけるとは思わないな・・・










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