第2話 いきなりの絶望

俺は新しい仲間と、膨大な資産を手に入れ、ダンジョン運営を悠々自適に送っていた・・・とはならなかった。それどころか希望の新生活から絶望へと突き落とされることになってしまった。


事の始まりは、前の主様の送別会も無事終わり次の日、その巨大な老人が退職金として持てるだけの宝を持って南へと旅立った後の出来事であった。


「お邪魔するよー誰かいないかー」


送別会は大いに盛り上がり、ほとんどの者が死んでいるように眠っていた。一人辛うじて意識のあったリンスがその客人の応対をする。


「あっおはようございます。失礼ですがどなた様でしょうか?」


客人は小さく、色黒で爬虫類系の顔立ちをしていた。リンスは客人とは面識はなかったが、特徴的な見た目から、ディーロンと言う大陸の西に多く住む種族だと言う知識はあった。


「私はここのダンジョンの家主だよ。滞納している家賃を回収しに来たんだ。お前達の主人はいるかい?」

「え!家賃って!ここって賃貸だったんですか?」


このダンジョンに長くいるリンスも初耳だった。てっきり主様の所有する物件だとばかり思っていたのだが・・・


ディーロンの家主は懐からゴソゴソと何かを取り出し、リンスに見せてきた。それはエイルの契約書だった。読んでみると、確かに前の主様とこのダンジョンの賃貸契約が交わされていた。


「年2000万ゴルド!!・・・ちなみにお聞きしますが・・何年滞納してるんですか?」

「今年で丁度100年じゃ」

「なぁ!・・に・・20億・・・」

リンスはあまりの高額に開いた口が塞がらない。20億もあれば、小さい城なら買えてしまう。

「いやいや延滞手数料を含めると50億ゴルドになるぞ」


中くらいの城が買える金額に増えたことにより、ダンジョン資金の蓄えで足りるかどうか微妙になってきた。とりあえずリンスは現在の主である、紋次郎を起こすことにした。


「主様!主様!起きてください。大変です!」

「う・・っ・・まだ眠いので、もう少し寝かせて・・」

「ダメです!緊急事態なので起きてください!」


眠い目をこすりながら紋次郎はものすごく嫌そうに起きる。少しずつ覚醒していく意識の中、昨日の出来事が夢ではなかったと実感してくる。


「リンスさん。緊急事態ってなんですか?」

「今家主さんが来てまして・・・」

「家主さん?何のですか?」

「ここです。このダンジョンの家主さんです」

「え?ここって賃貸なんですか?」

「そうなんです。私も今日知りました。エイルの契約書がありますので間違いなです」

「それで何の御用なんですか?」

「それがですね・・・前の主様が家賃を滞納してたみたいで・・・」

「ええ!!家賃を滞納!大丈夫なんですか?」

「家主さんはそれを払えって来てるんですよ・・どうしましょうか?」

「どうするかって聞かれても・・払うしかないんですよね?」

「はい・・エイルの契約は絶対です」

「それじゃー払いましょう。今、宝物庫の鍵を開けますね」


紋次郎は前の主からダンジョンの鍵を貰っていた。それを取り出すと宝物庫の扉を開いた。リンスがそこに家主を案内してきた。


「どうぞ。こちらからお支払いいたします」


リンスの言葉に、家主はカバンから何やらソロバンのような道具を出して、それを手に持つ。そして後ろに控えてた部下に声をかける。


「おい。どんどん運び出しなさい」


家主の部下たちはゾロゾロと宝物庫に入り、命令通りどんどん宝を運び出し始めた。運び出す宝を見ながら家主は手に持った道具をカチャカチャと何やら操作している。


宝物庫の宝がものすごい勢いで運び出されるのを見て、不安になった紋次郎はリンスに問いかける。


「えーと滞納した金額っていくらなんですか?」

「50億ゴルドです・・・」

「え!!50億!!・・・ってどんなもんなんですか?」

「中規模の城が購入できます」

「なぁ・・・・・・!!城が買える!!」


家主は大きく頷き、道具をカバンにしまいながら部下に声をかける。


「もういいぞ。それで足りる」


滞納した金額に到達したようだ。家主はそう言って笑顔になる。見ると宝物庫の中はほとんど空になっている。そして家主は紋次郎に近づき、話しかけてきた。


「あんたが今の主かい?悪いけど今日でここを出て行ってくれるかい?ここはもう売却することにしたんだ」

「え!そんな・・いきなり困ります・・・」

「困られてもこっちが困るよ。もう買い手も決まってるからね。すぐに出て行ってくれ」


昨日このダンジョンの主になったばっかりで路頭に迷うことになろうとは・・・

宝物庫に残ったわずかな宝をカバンに入れ、1日だけの我が家を出ていく準備をする。別にこのダンジョンに思入れなどほとんど無いが、今後の事を考えると不安でいっぱいになる。


「それじゃー主さん。落ち込まないで頑張ってくれ」

そう言って長身で髭面のスタッフが去っていく。これで何人目だろうか・・もう残っているのはメインのスタッフだけになった。そりゃー職場が無くなってしまって、みんな愛想が尽きても仕方ないと思うけど・・・ちょっと薄情だよな・・・


「リンスさん達は残ってくれるんですか?みんな去って行っちゃいましたけど」


そんな俺の問いに、リンスは悲しそうな顔でこう答える。


「私達メインスタッフは、前の主様とエイルで直接雇用契約をしているんです。主様は前の主様から全ての契約と権利を引き継いでますので、自動的に私達と契約が結ばれたことになっているんです。エイルの契約は絶対です。こんな状態になって・・お給料も貰えるかどうかもわからない悲惨な事になっても、契約が残っている限り、どこにも行く事が出来ないんです」


ポーズがリンスの話に乗って、紋次郎を怒鳴り気味に話しかける。


「そういう事だ!契約なんてもんが無かったらとっくに出ていってらー!とにかく!俺たちの食い扶持を早急にどうにかしろ!」


そんなこと言われても・・俺は昨日この世界に来たばっかりなんだぞ・・どうしろって言うんだよ・・・


「主さま・・オレ・・腹減った・・・」

「うぇ〜ん。お家が無くなったよ〜寒いよ〜悲しいよ〜」


やばい・・グワドンの食事だけでもどうにかしないと、俺を食ったりしないよね・・

え〜と・・この泣いてるは子誰だろう?メインスタッフの誰かの身内かな?俺はリンスさんに小声で聞いてみた。


「あ・・そうですね。送別会に参加していなかったので、メイルは紹介してませんでしたわね。彼女はメイル・ファンタースン、蘇生や回復アイテムの生成を担当しています。幼いですけどハイレベルのヒーラーですよ」


説明され、紹介されたのはいいのだけど、激しく泣きじゃくるメイルに、紋次郎はどうしたもんだか困っていた。


「ヒック・・ヒック・・う・・主様・・お家どうして無くなったの?主様が新しくなってお家が無くなったよね?てことは主様が悪いの?主様は無能なの?だからメイルのお家が無くなったの?お家欲しいよ・・・・お家ぃいいいいい!うわ〜ん」


「メイルは天性の引きこもりで、家の中にいないと情緒不安定になるんです・・」

冷静なリンスさんの説明に紋次郎はさらに困惑する。


「まーとにかくその辺にテントでも設営しよう。そして火を起こして湯を沸かし、熱いお茶でも飲めば少しは落ち着くじゃろう」


メタラギさんが大人な意見で助けてくれる。


「そうですね・・それがいいですね」


と、いうことで俺とメタラギさんとポーズさんでテントを設営する。リンスさんとデナトスさんは焚き火のために小枝を集めに行った。そんな中、激しく泣いているメイルをグワドンが必死になだめていた。


「メイル・・大丈夫・・家・・・主さまが買ってくれる・・・オレの食物も・・買ってくれる・・お腹いっぱい食べれるよ・・・」


「グワドン・・ありがとう・・でも私お腹すいてないから・・」


どうも話が噛み合ってないようだけど・・大丈夫かな?


テントは3つ設営した。男性陣テントと女性陣テント、そして荷物置き用に一つ。荷物置きテントに荷物を運び入れると、早速焚き火の準備を始める。と言っても簡単なもんで、集めた小枝にデナトスが火の魔法で着火するだけだけど。


焚き火に枝で組み上げた台を置いて、そこに鍋を吊るす。その横にはヤカンのようなお湯を沸かす用具を置いてお湯を沸かし始めた。


小枝を集めるのと同時に、リンスとデナトスはたくさんのキノコを持って帰ってきてた。それを切った野菜と干し肉と一緒に鍋に入れて煮込み始める。


「干し肉はまだ少しあるけど、野菜はもうないからね、明日の食料をどーするか考えないと」


デナトスさんが鍋を混ぜながら、我が家の食料事情を説明してくれる。


「リンス。残ってる宝を売っていくらくらいになりそうなんだ?」

「そうね・・良くて100万ゴルドくらいじゃないかな・・・」

「げぇ、そんだけかよ・・・」

「えーと。こちらの金銭感覚がまだ分からないんですけど・・100万ゴルドってどんなもんですか?」

「そうですね。一般的な庶民の1年分の収入くらいでしょうか」


リンスが紋次郎にそう説明すると、彼はう〜んと何やら考え込んでこう発言する。


「その100万を元手に何か商売すればいいわけですよね?何かいい商売ないですかね〜それで儲けてぱ〜とこういい感じで・・」

「ダメです・・・ダンジョン運営以外はできません・・」

「へ?」


俺がマヌケな返事をするとリンスさんは説明をしてくれる。


「主様もそうですけど私達は皆、エイルの契約でダンジョン運営しかできないように縛られてるんです。なので商売するにもそれしか選択肢がないんです」

「なんてこった・・そんな契約になってるのかよ・・・」

「そうだよ。だから早く営業できる新しいダンジョンを見つけないといけねーんだ」

「ちなみに・・ダンジョンを借りるのに幾らくらい必要なんですか?」

「まず、主様には誰も貸してくれないかもしれません・・・」

「どういうことですか?」

「実績が無いからです。貸してくれても保証金をかなり請求されると思います」

「それじゃ・・どうしたらいいんでしょうか?」

「ダンジョンを手に入れるには一般的に3つの方法があります。一つは借りる、もう一つは買う。そしてもう一つは・・攻略入手する方法です」

「攻略入手?」

「そうです。所有権を誰も持っていない天然のダンジョンは、初めて攻略した者にその所有権が与えられます」

「おぉーーその方法いいじゃないですか!攻略したら無料で貰えるんですよね?それしかないじゃないですか」


紋次郎の喜びを一刀両断するようにポーズが発言してくる。


「馬鹿かお前は、そんな簡単な話じゃないぞ。そもそも所有権が空白のダンジョンなんてもんがもうほとんど無いんだよ。誰でも攻略できるようなのはすでに誰かの物になってるし、残ってる天然ダンジョンはその攻略が誰にもできないような超高難易度なやつで、最高ランクの冒険者が山ほどパーティーを組んでも攻略できない品物だ。そんなもんをお前が攻略できるわけないだろうが」


もっともなご意見である。それじゃー一体どーすればいいのか・・・


「ダンジョンは実は借りるより、購入する方が金額が安く済む場合があります」

リンスさんの神の一言に、すがるように詳細を聞く。

「リンスさん詳しく聞かせてください!」

「ワケあり物件です。誰も借り手のつかない不良物件を手放す時に、驚くような値段で売りに出されることがあります。もしかしたら100万以内で購入できるかもしれません。


不良物件ってのがすごく気になるけど・・背に腹は変えられないよね。


「それでいきましょう!それしかないですよね」

「わかりました。それじゃー明日、街のダンジョン屋さんに行ってみましょう」


「まー明日の話もいいけど、とりあえず鍋が煮えたぞ、腹が減ってはなんとやらだ、どんどん食べろ」


メタラギのその言葉に、グワドンがすごい勢いで鍋を食べ始めた。俺もお腹が空いていたので少し頂く。見たこともない野菜やキノコが沢山入っていてちょっと不安になったけど、味はすごく美味しい。一杯目をペロリと平らげ、おかわりと鍋を見ると、もうほとんど残っていない。どうやらグワドンがほとんど食べてしまったようだ。これは食費が中々大変だぞ・・・と本気で心配になった。



































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