第7章 立ち上がるシータウ 5

「――明日の作戦をおさらいしておくか」


 昼間演説を行った部屋に集まり、会長が説明を始める。

 この二週間、各自が持てる力を出し合い、準備を進めた。

 そして明日は、いよいよ通告書の期日。内容には従わない、これは決定事項だ。


「明日の昼十二時に、王子以下六名の身柄を引き取りに来るとのことでしたな」

「引き渡し場所はシータウ大橋、隣町とを隔てる川に架かってる橋よね」


 マスターとカズラの親子が、改めて確認するように呟く。

 参加者は僕、アザミ、カズラ、マスター、ケンゴ、そして詩音。そして、一丁目からは会長のタイゾウに、ロクとモモ。さらに、二丁目から六丁目の会長たちも同席している。


「そういえば、ユウノスケはどこだ? 姿が見えねえみてえだが……」

「あ、ユウちゃんなら、大事な用があるって、昨日出かけました。『作戦はちゃんと頭に入ってるから、心配ないっス』と伝えてくれって」

「あいつ……。自分の立場、わかってんのかしら」


 カズラが心配するのも無理はない。

 もしも一丁目で国王軍を撃退できなければ、通告書の通りに全員で出頭することになっている。ユウノスケも、その六人のうちの一人だからだ。

 もっとも、通告書に含まれていなかった詩音を除く六人で出頭したところで、素直に国王軍が引き上げるとも考えにくいのだが……。


「まあ、いない人の話をしても始まらない。続けましょう」

「王子の言う通りだな、続けるぜ。まず最初にやることは、その身柄受け渡し場所できっぱりと宣言だ。『通告書には従いません』てな」

「王子直々の書状を使者に渡す大役、確かに引き受けましたぞ」


 直々の書状と言いながら、清書したのはアザミだ。

 宣戦布告にもなる文書の字が汚いのは、やはり格好がつかない。

 文面も要約すれば、『やれるものならやってみろ。僕らは国王には屈しない』という退路を断った内容。これは、自らを鼓舞する意味合いでもある。


「これを受け取って、向こうがどう出るか。国王に書状を届けるために、奴らが一旦城へと引き上げるなら明日は空振りだ」

「それならそれで、さらに迎え撃つための備えを強化するまでだわ」

「ああ、まだ魔力電池も防魔壁も必要最低限だからな。たった二週間でよく間に合わせたと、我ながら思うぜ」


 そんなことを言いながら、カズラもケンゴも疲労の色が隠しきれない。

 この二週間、みんなを指揮して疲労困憊ひろうこんぱいのはず。

 しかし今疲れていない者など、ここシータウにはいない。

 全員総出で連日、よくぞここまで頑張ってくれた。

 さらに会長の分析は続く。


「だが俺は、そのまま攻め込んでくると睨んでる。掴んだ情報によれば、一部隊が既に隣町まできてやがるらしい。その数、ざっと三千人。これだけの兵、手紙を受け取っただけで引き返すはずがねえ」

「そんなに大勢? どうして、そんな大軍勢が……」

「決まってるじゃないの、あんたは国王の血を引いてるのよ? それぐらいの警戒は当然だわ。それに、身柄を差し出されなかったときには、そのまま街中の捜索をするつもりなんじゃない?」

「大丈夫でしょうか? 兄さま……」


 六人を連行するだけなのに三千人。

 思った以上の大軍勢に、言葉にはしないが動揺せざるを得ない。


「心配すんな、アザミちゃん。作戦通り事が運びゃ、三千人程度どうってことねえさ。こっちだって一万の荒くれ者たちが、手ぐすね引いて待ち構えてんだ」

「はい……。そうですね、弱気になっちゃダメですよね」


 予定の範囲内か、それとも強がりか。

 確かに人数は上回っているかもしれない。だが、魔法が使えない者ばかり。

 三倍の人数差など、簡単にひっくり返されるのでは……。

 いや、今更弱気になっても仕方がない。決戦はもう明日だ。


「相手は魔法が使えることを考えりゃ、そのまま戦っちゃ勝ち目がねえ。そこで必要になるのが作戦だ。何度も説明した段取り、もう一回話しとくぜ――」


 何度も何度も、耳が痛くなるほど繰り返し聞かされた作戦。

 出席している全員が、確認するまでもなく頭に入っている基本事項だ。


「――第一防衛線は、その身柄の引き渡し場所。ここは十字路だが、東を突破されるのは構わねえ。だが、北東と南西に向かう川沿いの道には絶対に通しちゃならねえ」

「わざと東側を手薄にしておくんでしたよね」

「北東と南西の道は広くねえから、国王軍が大勢で来るなら、最初から東へ進路を取ると思うんだがな」


 今回は、中央広場で国王軍を迎え撃つ作戦。

 そこへ誘い込む手はずになっているが、四方八方から攻められるとさすがに苦しい。極力ひとまとめにして、相手をするのが望ましい。


「第二防衛線は、北大通りとの交差点だったわよね」

「ああ。東へ向かって来た国王軍を、ここで南下させて中央広場へと迎え入れるのが、今回の作戦の最大の難関だな。王子、頼みますぜ」

「僕を追わせるように仕向けながら、中央広場へと逃げ込むんですね」

「途中の路地にも敵が入り込まねえように、持ち場を死守するように指示たのむぜ。会長さんたちよ」


 同席している二丁目から六丁目の会長たちが、その言葉に大きく頷く。

 要は、身柄受け渡し場所の橋から、真っすぐ東へ進ませ、途中の十字路で南へ。

 そのまま中央広場まで、国王軍を一直線に向かわせるのが狙いだ。


「途中の路地に入り込まれないように、防魔壁は仕込んでおいたからよ。魔力電池を切らさないようにだけ、注意頼むわ。それから王子さんは、戦闘開始前に防魔壁への魔法発動を忘れないようにな」

「本当に頼りになるなあ、ケンゴさん。こうして国王たちと一戦交えられるのは、あんたの知恵と技術のお陰だ。ありがとうよ」

「シータウにゃ、十年間住まわせてもらった恩があるからな。それに俺だって、負けたら洒落にならねえしよ」


 詩音の方をじっと見つめるケンゴ。

 思えばケンゴや詩音には、王族の権力争いも魔力絶対主義もなんの関係もない。完全に巻き込んでしまった形だ。

 こんなことになるのなら、再会してすぐに日本へ帰してやるべきだった。


「ケンゴさん、巻き込んでしまってすみません。でも、もしも一丁目で撃退できなかった時は、僕一人で出頭しますから……。大人しく王子の座に就く条件を出せば、きっと国王も――」

「負けた時の話は、今は無しだぜ。俺たちは勝つんだからよ。そうだろ?」

「そうは言っても……」

「それにそもそも、お前さん……いや、王子に出会わなきゃ、一生詩音とは再会できなかったかもしれねえ。だからこれは、恩返しなんだよ。このまま日本に帰っちゃ、俺が一生後悔しちまう」


 そう言って、親指を立てたケンゴ。

 だが、恩返しとしては高すぎるリスク。最悪の場合、命を落とす危険だってある。

 もしもの場合はマスターかカズラに頼んで、ケンゴと詩音を日本へ送り届けてもらおうか? いや、そうなるとシータウの街が……。

 葛藤を始めた僕に、カズラから声がかかる。


「うじうじ考える必要はないわ。王子は王子の役割を、しっかり果たせばいいのよ。そして勝ちましょう」

「大丈夫ですよ、兄さま。みんなで力を合わせて、これだけ準備したんですから。後は勝利を信じて、明日に臨みましょう」


 みんなを鼓舞する立場である王子が、みんなに励まされるなんて……。

 すぐに弱気に考えてしまうのは、昔ながらの悪い癖だ。


「ごめん、そうだね。今は明日勝つ事だけ信じて、目一杯やろう。負けたときのことを考えるのは止めにするよ」


「よっしゃ! それじゃあもう、固い話は抜きにして景気付けと行こうぜ! おい、ロク、モモ、持ってこさせろ」

「わかりやした」


 部屋から出て行った、ロクとモモ。

 しばらくして、モモは大皿料理を、ロクは木箱を抱えて帰ってきた。


「さあ、今日は俺の奢りだ。まだまだ用意してあるから、明日のために精力つけてくれ! 残念ながら酒は無しだがな。さあ王子、乾杯の音頭頼むぜ」


 栓を抜いたビンを、会長から手渡される。

 よくよく見れば、これは初めてシータウに来た日に、買おうと思ってやめたオレンジ色の飲料。想像通りの『ミカンジュース』だった。

 あの日は記号にしか見えなかった、ラベルに書かれた文字。そうか、こんなことが書かれていたのか……。




「――明日はいよいよ、国王に対して反乱を起こす始まりの日。明日攻め込んでくるだろう国王軍を、撃退できないようでは話になりません。ここにも書かれているように『しっかり封じ込めて』、そして飲み干してやりましょう。乾杯!」

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