第7章 立ち上がるシータウ 4
たった二週間で防衛拠点を構築した、シータウ一丁目中央広場。
通告書の期限を明日に控えたこの場所は今、立錐の余地なく人で溢れる。
一体どこから、これだけの人々が湧いて出たのか……。
「早えところ、国王軍をぶっ倒してやりてえぜ」
「おらあ、親父の仇をとってやんだ」
「おめえ、震えてんじゃねえのか? 逃げるなら今のうちだぜ?」
「う、うるせえ。武者震いってやつよ」
思いの丈を語り合う、総決起集会に集まった市民たち。
そんな血気盛んな声が耳に入り、今更ながらに自分の責任を痛感する。
彼らが力を最大限に発揮できるよう、鼓舞し、団結させるのが、首謀者としての務め。こんなことなら、拡声器でも持ち込んでおくのだった……。
広場の南方に位置する、ひときわ高い三階建ての建物。
広場全体が見渡せる、この見晴らしの良い部屋から、この後演説をする予定だ。
サラリーマン時代は、目立たないように、無難に、控えめにが信条だった。
そんな自分が、こんな大観衆に向けて演説なんて。しかも王子として……。
「ああ、やばい。緊張してきた……」
「に、兄さま……。兄さまがそんなに緊張されるから、私も怖くなってまいりました。私の方が先に、あの場に立たなくてはいけないというのに……」
演説予定の窓を指差すアザミ。
その人差し指は、小刻みに震えている。
「ちょっと、いまさら何言ってんのよ。ここまで来たんだから、二人とも腹を括りなさい。あんたたちが弱気だと、士気が上がらないでしょ?」
対照的に、頼もしいほどに落ち着いた様子のカズラ。
だがそれは、カズラには演説の予定がないからだろう。
「そうだ! アザミの紹介は、カズラがやったらいいんじゃないか? 会長、まだ段取りを変える余裕はありますよね?」
「ちょっと、何を言い出すのよ、あんた……」
「私もそうしてくれると落ち着けると思う。お願い! カズラ」
「無理無理無理無理無理! な、何、アザミまで変なこと言い出してんのよ。ふ、二人とも昨夜遅くまで練習してたんだし、きっと大丈夫だってば!」
さっきまでの冷静さはどこへやら。
慌てふためくカズラを見て、張り詰めていた空気が緩む。
右手を口元に当てて微笑むアザミ。どうやら、彼女の緊張もほぐれたらしい。
「俺だって町内会長なんてやっちゃいるがよ、こんなに大勢の前に立ったことなんざ初めてだ。まあ、大声張り上げて景気良く行こうや」
「はい、よろしくお願いします」
「血の気の多い野郎どもが、こんなにおとなしくしてるなんてな。でも、これ以上待たせたら、それこそ暴動が起きちまう。そろそろ始めるぞ、準備はいいか?」
アザミに目を向けると、アザミもまた、こちらを見つめていた。
目を合わせ、お互いに言葉なく頷く。
準備完了の確認ができたところで、会長にゆっくりと頷いてみせた。
いよいよだ……。
「待たせたな、おまえたち。一丁目町内会長のタイゾウだ! まさか今日、なんで集まってるか分からねえ奴なんていねえよな。そう、いよいよ国王たちと一戦交える日がついに来た。明日だ!」
会長が窓から外へ向かって叫ぶと、群衆からは叫喚の応答。
その叫びは、直接会長の声が届く手前側から順々に、奥へ奥へと広がる。
さらにその声を受けて各々が叫び、広場全体の空気を痺れさせるほどの大歓声に。
こうなると、もはや声では制止できない。両腕を広げ、なだめるような仕草で、静まるように合図を送る会長。
その姿に、観衆も静寂で応える。
「今まではじっと耐えるしかなかった。勝ち目がなかったからだ。でも、今回は違うぜ! これ以上ない援軍がいる。まずは一人目、ナデシコ王女様だ!」
僕の手を、ギュッと握りしめるアザミ。
目を閉じ、小さく息を吐き出す。
気持ちを落ち着かせ、小さい声で「行ってきます」と呟くと、窓へ向けてゆっくりと歩きだした。
窓際に立ち、深呼吸を一つ。
遠くに視線を向け、ゆっくりと口を開くアザミ。
その声は今までに聞いたことのない力強さで、広場へ響き渡る。
「ヒーズル第一王女のナデシコです。まず私は、皆に謝らねばなりません。ずっと皆を
広場がざわめく。
王族なのに魔力がないというのは、やはり衝撃だったのだろう。
『無理に告白しなくてもいい』と忠告はした。魔力絶対主義の世の中で、魔力がないことを告白すれば、この先どんな目で見られるかわからないからだ。
だがこの晴れやかな声と、清々しい表情を見れば、余計なお世話だったことは明らかだった。
「――そしてそれを隠匿するために、今までずっと日の当たらない場所で、国王によって囚われていました。さらに王族の矜持として、魔力を持たない私の存在は疎まれ、無かったことにされようとしていました」
感情がこみ上げてきたのか、涙ぐむアザミ。
群衆も心配そうに固唾を呑む。
演説が中断したのを見て、慌てて駆け寄るカズラ。すぐに寄り添い、肩を抱く。
そのおかげで落ち着いたのか、アザミは演説を再開した。
「実の父に殺されかけた悲劇も、すべては魔力絶対主義によるもの。魔力などなくても、人に迷惑をかけることなく暮らしていけるというのに、なぜこのような迫害を受けなければならないのでしょう? こんな間違った思想は、打ち壊さねばなりません。立ち上がってくださった皆さん、共に戦いましょう。自由を勝ち取るために!」
アザミを包み込む、広場からの割れんばかりの大歓声。
みるみる顔がほころび、アザミは満面の笑みに。
無事演説を終えた安堵感と、観衆からの反応の喜びが入り混じっているのだろう。
なかなか止まない広場の喧騒。
しばらく静観していたが、そろそろ頃合いかと会長が僕に合図を出す。
いよいよ僕の番か……。
自分の前にこんな見事な演説をされ、一気にプレッシャーがのしかかる。
「さあ、援軍の二人目はこのお方だ。次期国王のレオ王子! よろしく頼みますぜ」
会長の紹介を受けて窓際に立ち、広場をひと眺め。
感じ取れる無数の視線。
観衆の表情からもうかがえる、その期待感。
それを受けて、再び一気に高まる緊張感。思わず空を見上げ、息を吐き出す。
隣から、そっと手を握りしめるアザミ。その温もりに、落ち着きが戻る。
「ご紹介にあずかりました、ヒーズル王国第一王子のレオです」
(しまった……。どう考えても王子の言葉じゃないだろ、これ……)
後悔しても始まらない。
一気に噴き出した汗をぬぐいつつ、気を取り直して演説を続ける。
「まずは僕が王子であることを、皆に信じてもらおうと思います」
右手を突き出し、広場中央に建てられたやぐらに向ける。
そして次の瞬間、魔法を発動させ、そのやぐらを業火で焼き尽くしてみせた。
これだけ離れた場所に火を点けるだけでも、必要とする魔力は相当のもの。それを尋常でない火力で行うことで、ただ者ではないことを証明をする。
アヤメに毎日しごかれた成果だ。
黙り込む観衆。
魔法に嫌悪感を持つ者の多いこの地では、警戒心が先に立ったのかもしれない。
肝心なのはここから先。観衆の心を掴めるかにかかっている。
「王子の座に就き、その後国王となれば、きっと魔力絶対主義も終わらせられる。だけどそれでは、何年かかるかわからない。それでは、間に合わない。さっき本人が言った通り、僕の妹であるナデシコは、実の父の国王から命を狙われています。それに、行動を共にした大事な人たちも……。だから今、僕は立ち上がった!」
アザミの演説のような反応はない。
だが、少しずつ雰囲気が変わりつつあるのを肌で感じる。
用意した言葉はまだ終わりではない。さらに演説を続ける。
「今では王子の僕ですが、かつては魔法も使えずに、ここシータウで暮らしていたこともあります。そんなある日、喧嘩と呼ぶには一方的な、魔法を使っていたぶる人物に出くわしました。見るに堪えず仲裁に入りましたが、現場に駆け付けた治安官が捕まえたのは、こともあろうに僕の方だった。魔力を持つ者への優遇。魔力を持たない者への迫害。皆さんも味わったことがあるでしょう」
「そんなんばっかだぜ!」
「俺もやられたぞ!」
少しずつ観衆が反応を始める。
僕自身も味わった、魔力を持たない者に降りかかる理不尽。
この街に住む者なら多かれ少なかれ、みんな味わっている日常なのだろう。
「こうしている間にも、魔力絶対主義の名のもとに苦しめられている人々がいる。涙を流している人がいる。そんな人たちのためにも一刻も早く、間違った世の中は正さなければならない! みんな、僕と一緒に戦ってくれますか!?」
「おー!」
「やるぜ!」
「ぶっ倒してやろう、国王軍を!」
徐々に高まる、みんなの士気。
威勢の良い声が、あちらこちらから響く。
群衆の反応に、気分が高揚してくる。注目を集めるのが、こんなに気持ちの良いものだったとは……。
予定のセリフもあとわずか。自分でも信じられないようなハイテンションで、演説を続ける。
「だが聞いて欲しい、戦いに身を捧げようとしている勇敢な人々よ。相手は国王軍、きっと容赦はない。命を賭す戦いになるかもしれない。だからと言って、その命を投げ出す必要はない。身の危険を感じたら、遠慮なく撤退して欲しい。街は再建できても、命は作り直すことはできないのだから!」
つい自分の言葉に酔ってしまったが、これは本心だ。
改革に犠牲はつきものとはいえ、命まで捧げる必要はない。
「王子! それでも俺の命、あんたに預けるぜ!」
「あたしもよ! 国王軍なんてひねりつぶしてやるわよ!」
最前列で、いち早く賛同の声を上げたのはロクとモモ。
これじゃ完全にサクラだが、本人も賛同していたしギリギリセーフか。
その言葉が引き金となったかは定かでないが、地鳴りのような観衆の声が徐々に広がり、広場の空気を震わせる。
広場を覆いつくした人々の勇ましい雄たけびは、傾きかけた夕日にいつまでもこだましていた……。
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