第7章 立ち上がるシータウ 3

 技術的なことは理解できそうもなかったが、興味が湧いた人工クロルツ。

 ケンゴによれば、こっちの方で作っているらしいが……。


「まだ作るんですかい? こんだけ作ったら充分じゃねえですか?」

「なに、弱音吐いてんの! 負けてから『あのとき、もっと作っておけば』なんて言っても手遅れなのよ! 今は、できうる最大限の努力を払いなさい!」


 相変わらずの口の悪さ、それでも不思議と怒りは湧かない言葉。

 この声を聞くと、自然と気合が入るのは僕だけだろうか。


「カズラが人工クロルツを作ってたなんて驚いたよ」

「作ってるって言ったって、あたしはケンゴが作った機械を動かしてるだけよ。もっぱらのあたしの役目は、怠け者がサボらないように監視してるだけね」

「どういう仕組みなの? これは」

「ケンゴの話では……まず、ここに変質で作った水を注ぐ。そうすると、ここに運ばれて、高温により蒸気になる。次にこっちで圧力をかけて……えーと……」


 どうやらケンゴの言葉を思い出しながら、それを反復しているだけのようだ。

 向こうの世界でも、誰もが理解できる仕組みではないだろう。ましてや科学力では劣るこっちの世界のカズラが、きちんと理解して説明出来たら表彰ものだ。


「つまり、ここに変質で作った水を注げば、上手いことやってくれて、こっちから人工クロルツが出てくるってことだね」

「ちょ、ちょっとあんた、人に説明させておいて、そのいい加減さはなんなのよ。それより、王子はなに? サボり? 余裕かましてる暇なんてあるの?」

「い、いや……。今回、先頭に立つことになっちゃったから、ちゃんとこの目で全てを見ておきたくて」

「まさかこんなに早く、国王軍と一戦交えるとは思わなかったわ。でも、立ち上がってくれてありがとう。恩に着るわ」


 素直な感謝の言葉と、深々とされたお辞儀。

 カズラから優しい言葉を掛けられると、なんだか照れくさい。


「立ち上がったのは会長で、僕は賛同しただけだから……」

「そうね、本当は王子が率先して立ち上がってくれると嬉しかったんだけど……。それでも、あんたにしちゃ上出来じゃない?」

「そ、そうかな……」

「何ニヤニヤしてんの、まだ始まってもいないのよ? そして勝利を収めないと、あたしたちは全てを失うわ。わかったら、こんなところで油売ってないで、あんたも最大限の努力を払いなさい!」

「は、はい!」


 やっぱり、この方がカズラらしい。身が引き締まる思い。

 そんなカズラらしさを嬉しく思うのは、完全に調教済みの証だろうか。

 作業に戻った彼女を背に、もらった気合を握りしめ、作業場を後にする。

 すると不意に、背後からカズラの声。


「負けたら承知しないけど……。絶対に無茶はしないでよね。引き際はわきまえること。いいわね!」




 少し離れたところでは、たき火を取り囲むように、作業をしている人々。そしてその中に、アザミの姿を見つけた。

 空の木桶を前にして、肩を押さえながら首をしきりに回すアザミ。

 どうやら作業が一息ついたところで、肩の凝りをほぐしているのだろう。

 そっと背後から近づき、おもむろに肩に手をかけ、揉んでやる。


「――ヒャッ! 兄さま……、どうされたのです?」


 思った以上に大きい悲鳴だったので、こっちの方が驚く。

 振り返った瞬間は険しかったが、僕だとわかると途端にその表情を緩めた。


「ちょっと、みんなの様子を見て回ってたんだよ。アザミは何をしてたんだ?」

「ケンゴ様考案の、簡易防魔服を作っておりました」


 防魔服と言えば、目玉が飛び出るほどの高額品だったはず。

 『簡易』と言いながらも防魔服まで作ってしまうなんて、ケンゴは一体……。


「防魔服まで作っちゃうなんて、ほんとにケンゴさんはすごいな……」

「変質で作った水に服を浸して、急速に乾かすのを繰り返すだけでいいらしいんですよ。あ、すみません……お水作っていただけますか?」


 近くにいた女性に声を掛けるアザミ。

 その女性がアザミの前にある木桶に手をかざすと、みるみる水で満たされていく。

 彼女は変質魔法で水を作って回る係らしい。呼ばれる度に、その先々で木桶に水を生み出していく。


 木桶の水に、手元の服を浸してみせるアザミ。

 当然ながら服は、あっという間に水を吸い込んでびっしょりだ。

 アザミは三枚ほど服を水浸しにすると、中央のたき火へと歩み寄る。


「変質で作った水は、放っておいてもクローヌに戻るんじゃ?」

「なんでも、水の性質を持った状態のクローヌのまま、急速に乾かしてやることで、糸の中にとても小さなクロルツが作られていくらしいんです」

「防魔服って、そうやって作るんだ」

「ケンゴ様によると、本来の作り方じゃないらしいです。でもこれを何度も繰り返して、糸の中にクロルツを充分蓄えれば、性能は遜色ないって言ってましたよ」

「すごいな……」


 独自のやり方で、防魔服まで作り出したケンゴ。

 防魔壁、魔力電池、防魔服……。きっと、他にも色々考えているに違いない。

 魔法が使えないからこその知恵。もちろん、科学の発達した日本で培った知識だが、見事な応用だ。


 そして、抱えた三枚の服を乾かし終わったアザミが、優しい笑顔で口を開く。




「――絶対自由の身になって、外界のいたときのように、またみんなで仲良く暮らしましょうね。兄さま」

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