第8章 決戦の時

第8章 決戦の時 1

 いよいよ、この日がやってきた。

 気を引き締めて、防衛本部の建物を出る。

 一緒にいるのは、ロク、モモ、そして陣頭指揮を執る会長。

 四人で感慨深く、ゆっくりと周囲を見渡す。


 赤、白、青、黄色……。様々な色に塗りたくられた壁たち。

 ここは貧民街のシータウにもかかわらず、レンガ造りの建物が取り囲む、雰囲気の良い場所だった。

 だがそんな美観も、魔法対策のお陰で見るも無残な戦地。

 きっと、今日の戦いが勝利に終わっても、すぐには平和は訪れない。

 当面はこの景色のまま、防衛拠点として維持されるだろう。


「なるべく早く、昔の広場に戻したいですね……」

「これはこれで、味があるんじゃねえか?」

「会長の感覚、やっぱりどこかおかしいわよ。この色彩を味って、ねえ?」

「いつまでも浸ってる場合じゃねえですよ。そろそろ始めねえと」

「そうですね。じゃあ、行きますか! 今日はよろしくお願いします!」


 会長と乗り込むのは、小型の馬車を改造した装甲車。この日のための特別製。

 馬車の外側にクロルツ塗装を施した装甲、ゆえに装甲車。正直言って、名前負け。

 そして、動力も人力。馬では機敏な反応ができないと、力自慢のロクが引くことになった。


 モモに見送られ、約束の時刻にはまだまだ早いが出発。

 本部のある三階の窓からは、アザミも手を振っている。

 これからやるのは、迎え撃つための最終準備。国王軍が到着する前に、すべて完了しなければならない。


 まずは広場をぐるりと周回、壁に触れながら血統魔法を発動していく。

 すべての壁をつないでしまえば、一回の発動で済んだのかもしれない。だがそうなると、魔力電池の交換が追い付かない。

 一回の電池切れで街中の壁が機能を失う設計は、余りにもリスクが高すぎる。


「電池の交換忘れたら承知しねえぞ!」

「おめえらこそ、腑抜けた戦いしやがったら、街を追い出してやるからな!」


 交わされる、シータウ流の激励。

 仕掛けた防魔壁に血統魔法を掛けながら、北大通りを北上。この通りは、国王軍を広場へと誘い込むための道。

 何時間か後には今とは逆に、ここを広場に向かって南下しているはず。そうできなければ、敗北ということだ。


 そしてここで左折。防魔壁に血統魔法をかける旅は、ここから西へと進む。

 路地はすべて塞がれていて、道は間違いようがない。そして電池切れにも備え、防魔壁の背後にも戦力を配置している。

 まるでモナコグランプリ。だがレーシングカーどころか、自動車すらないこの世界で、カーレースが実施されるはずもない。


「頼んだぜ! 王子さんよ!」

「ケンゴさんもよろしくお願いします!」


 防魔壁に問題が生じたときのために、中間地点であるここで待機しているケンゴ。道を隔てた反対側では、詩音が手を振っている。

 防魔壁が血統魔法を発動してしまえば、道の向こう側に渡ることはできない。

 準備期間中、ケンゴに付きまとって教えを受けていた詩音。失われていた親子の時間が、やっと流れ出したかのように見えたのが印象的だった。


 一つ一つの防魔壁に血統魔法をかけながら西へ進むと、次第、次第に人口密度が高まり始める。

 まだ作戦開始まで三時間以上あるというのに、すでに武装している者もちらほら。


「王子! 今日は頼むぜ!」

「居ても立ってもいられなくて、家を飛び出してきちまったぜ」

「国王に一泡吹かせてやるぞ」


 沿道からかかる、激励の言葉の数々。

 距離の近さは、昨日の演説とは比べ物にならない。

 一人一人の表情、声、感情、そのすべてが伝わってくる気がして、重圧に押し潰されそうだ。



「おう! 道を空けてくれ」


 民衆をかき分けながら、ロクが装甲車を引く。

 引き渡し場所の橋も、もうすぐそこ。言うなれば最前線だ。

 血の気の多い、気がはやる猛者たちは、すでにこの辺りで防衛線の形成を始めていた。


「やっと来たの? まさか、寝坊したんじゃないでしょうね!」


 聞きなれたカズラの声に、慌てて辺りを見渡す。だが、ちっとも見つけられない。

 さらに遠くの方にも目を向けていると、再びカズラの苛立った叫び声。


「こっちよ! 上よ、上。あたしの持ち場は屋上の投擲部隊って、作戦会議で決めたじゃないの! ひょっとして、聞いてなかったの?」

「ごめーん。まさか、もう持ち場についてるとは思わなくてー!」


 大声での会話のやり取りは、周囲にも筒抜けだ。

 そのやり取りに、民衆から忍び笑いが漏れる。

 

「王子も隅に置けねえな。早くも王妃候補ですかい?」

「お、この戦いが終わったら、ご成婚か?」

「仲睦まじいねえ」


 勝手に始まる噂話。どこが仲睦まじいのか。

 そして立てられるフラグの数々も、縁起が悪いのでやめてほしい。



「これで最後ですね」


 受け渡し場所の南と北、それぞれの道を塞ぐため防魔壁。この二ヵ所を最後に、防魔壁の発動はすべて完了したはず。

 やっと一息つき、身柄の受け渡し場所に立ってみる。

 通告書は無視する以上、この場で僕が国王軍と対峙することはない。だが『この後二時間もすれば、この場所から歴史が始まる』、そう思うと胸が高鳴る。


 国王軍を誘導すべき東に向くと、そこには防衛部隊の先頭に立つマスターの姿。

 バーで彼から一枚のメモを受け取った時、こんな未来が待ち受けているなんて、考えてもみなかった。

 当時憧れていたのは、『異世界で魔法をぶっ放し、悪人をやっつけ、困ってる人を助ける英雄』。挫折しながらも、気付けば随分と憧れに近づいたものだ。


「今回は、危険な役目を押し付けてしまってすいません」

「いえ、このような大役をいただき、身に余る光栄でございます」

「ケガなどしないように、気を付けてくださいね」


 通告書には従わない趣旨の手紙を、渡す役目のマスター。

 その場で国王軍の怒りを買い、すぐさま攻撃を受ける可能性も高い。

 真っ先に危険にさらされる場所、それが最前線。

 無事を祈りつつ右手を突き出し、マスターがまとった簡易防魔服に渾身の血統魔法をかけてやる。


「ご武運を……」

「ありがたき幸せにございます」

「もたもたしてて国王軍に見つかったら大ごとだから、僕はもう行きますね」

「王子、必ずや勝利を我々の手に」


 マスターと語り合っていると、隣にやってきたのはカズラ。

 作業の手を止め、わざわざ降りてきてくれたらしい。

 マスターと同じく、カズラにも渾身の血統魔法をかけ、さらに一声添える。


「今日はよろしく頼むよ!」

「あんたこそ、頑張んなさいよ!」


 カズラの声を胸に刻み、装甲車へと乗り込む。

 さて、準備はすべて整った。

 そこへタイミングを計ったかのように、会長から声がかかる。


「さぁ、王子。ちょっと早ええが、俺たちも持ち場につくとしましょうか」

「そうですね。ロクさん、お願いします。所定の位置に」

「おう、任せとけ」


 僕と会長が向かうのは、防衛部隊の最後尾。

 マスターの位置から換算すると、五十メートルほど後方になる。


「さぁ、どいたどいた、王子のお通りだ。道を空けな!」


 掛け声で道を空けつつ、その怪力で装甲車を勢い良く引くロク。

 予定していた位置まで、あっという間に装甲車を運び終えてしまった。大人二人を乗せているというのに……。

 今からそんな調子では、戦いが始まってから動けなくなるのではと心配になる。


 開戦まで後二時間。

 持ち場に着くと、いやが上にも緊張感が高まる。

 そしてそれは、時間の経過とともに、天井知らずで高まり続ける。




(さあ、後は時が来るのを待つだけだ……)

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