第8章 決戦の時 2

 まもなく正午。通告書の期限の時刻。

 橋に最寄の三階建ての屋上で、開戦を今や遅しと待ち構えてる。

 すでに橋の向こう側では、国王軍が集結中。だけど約束の時刻までは、どうやら動く様子はないみたい。


「カズラ隊長、どうです? まだ始まりそうもねえですか?」

「落ち着きなさい。まだ時間じゃないでしょ? せっかちは嫌われるわよ?」


(投擲部隊の隊長としての大役を、立派に果たして見せなきゃ……)


 橋とは反対方向に目を向けると、五十メートルほどに渡ってひしめく防衛部隊の後方に、指揮を執るための馬車を改造した車が見える。

 あの車の中では、さっき激励の声をくれた王子が、緊張で震えているに違いない。いや、最近は少し頼もしくなってきたし、意外と堂々としてるかも……。

 いやいやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。両頬を手のひらで打ちつけ、改めて気合を入れなおす。


「ちきしょー! 早くこの石、ぶん投げてえぜ」

「石の数、これだけで足りますかね? カズラ隊長」

「だから妥協せずに、出来る限りの準備をしなさいって言ったじゃないの! それよりも、そろそろ姿を隠して。敵に見つかったら、奇襲にならないんだからね」


 まったく、石を運び上げてる最中は弱音ばっかり吐いて、「もう疲れた」だの、「これだけあれば余裕で足ります」だの言ってたくせに……。

 いざ本番を迎えたらこれだから、怠け者は手に負えない。


 ほぼ真下に見えるのは、身柄の受け渡し場所。

 一足早くその場に立っているのは、正装に身を包んだ父。今日はなんだか、いつも以上に誇らしく見える感じ。

 引き続き身を潜めながら、望遠鏡で橋を注視。

 すると、一名の使者が送り込まれてきた。


 ――定刻。


 使者は父と二言、三言、言葉を交わすと、手紙を受け取り本隊へと戻っていく。

 どうやら、その場で斬りつけてくるほど、礼儀知らずではなかったみたい。


「下はどうなってやす? カズラさん」

「ちょっと、おいらにも見せてくださいよ」

「うるさいわね。動くときには合図を出すから、それまでは見つからないように、ちゃんと隠れてなさいよ」


 投擲隊員たちの邪魔をあしらいつつ、国王軍の動きを監視する。

 そろそろさっきの使者が、部隊に戻って隊長に手紙を渡した頃かしら。

 そう思うや否や、国王軍の旗が動き出す。


「隠れて! 動き出したわよ!」


 だが、その動きは緩やか。一気に攻め込んでくるとばかり思っていたので、少し拍子抜け。

 やがて国王軍は橋の上に集結。そしてさっきの使者が、再び先頭から歩み出た。


「最終通告である! 手配書の人物六名を、こちらに差し出せ! 差し出せなければ即刻、我が軍によりシータウ市内の捜索を始める。邪魔な建物の破壊や、妨害する者の身柄の拘束、容赦なく行うのでそのつもりで。で? 最後の返事を聞こうか!」


 静まり返った中に、響き渡った最終通告。

 その声は、王子にまで届いたのではと思うほど。


「断固拒否だ! 王子、王女はもちろん、私自身も囚われるつもりはない!」

「本当に、それでいいんだな!」

「くどい! 早々にその旨、将に伝えるがいい!」


 予定通りの交渉決裂。

 使者と父、それぞれが両陣営に別れ、静かに決戦の瞬間を待つ。

 何事もなく父が最初の大役を果たし終えたので、ひとまずホッとする。

 だが、戦いはこれからが本番。

 いよいよ気が抜けなくなった。



 橋の奥から気勢が上がると、押し寄せるようになだれ込んでくる国王軍。

 いよいよ始まる……。


 最前線では、簡易防魔服に身を包んだ腕自慢たちが応戦。

 やや後方では、アルミホイル張りの簡易盾を構え、魔法攻撃を跳ね返す。


「姉さん。もういいですかい?」

「早いところ、石を投げさせてくださいよ」

「まだよ。説明したでしょ? 敵の後方がここに差し掛かったときに、追い立てるように投げつけるのよ」


 あたしたちの投擲は、国王軍を中央広場に追い立てるための援護。

 今投げつけても、国王軍の進行を遅らせるだけで、逆効果になってしまう。


 やがて、ジリジリと後ずさりを始める防衛隊員たち。

 これが今回の作戦。国王軍の勢力に、押し込まれているように見せかける。

 装甲車では、時折王子が顔を出して隊員を鼓舞しているが、きっとこれも演出だろう。王子が姿を見せるたび、逆に国王軍の士気を高めているところを見ると、狙い通りみたいだ。


 国王軍は、その数三千。

 そのほとんどが橋を渡り切り、シータウ市内へと入り込んだ。

 もうまもなく、次の作戦が始まる。


「もうすぐ、あたしたちの出番よ。準備しておきなさい」

「へい」

「わかりやした」


 国王軍が橋を渡り切った頃合を見て、さらにその後方から挟撃部隊が投入される。その数、千人。

 後から追い立てられ、国王軍は進軍を速めていく。

 いよいよ、あたしたちの出番だ。


「さぁ、お待ちかね。あたしたちの出番よ! 追い立てるように、国王軍の後方に向けて石を投げつけてやりなさい!」

「おっしゃー!」

「やってやるぜえ!」


 解き放たれる、投擲部隊の忍耐。

 一斉に石を掴んで、眼下の国王軍に向けて投げつける。

 奇襲は効果があったようで、さらに国王軍が東へと進んでいく。


「さぁ、追うわよ! でも慌てて走って、落っこちないでよね」


 屋上は通路で繋いである。

 だけど、たった二週間で立派なものが作れるはずもない。仮設の通路というやつ。

 下を見ると、目が眩みそう……。

 そんな恐怖心とも戦いながら、国王軍を後方から追い立てていく。


 ゆっくりと市内へ誘い込まれていく国王軍。順調に作戦を消化中。

 あたしたちの役目は、北大通りまで。

 その道中も半分に差し掛かったところで、最後尾の異変を察知した。


「ちょ、ちょっとなによ、あれ……。なんなのよ……」


 挟撃部隊のさらに後方、橋の上に見えるのは間違いなく国王軍。

 情報になかった増援部隊が到着したみたいだ。

 慌てて望遠鏡を覗き、ざっと数を見積もる。


 ――千? いいえ、二千はいるわ。


 このままじゃ、追い立てるための挟撃部隊が、逆に挟み撃ちに遭ってしまう。

 そうなると追い立てられないどころか、手薄になった路地に入り込まれるかもしれない。作戦が根本的なところで崩れてしまう。


「ちょっとあんた、すぐに王子のところまで伝令に走って! 国王軍の増援部隊が現れたって。その数は二千よ!」

「通りの外を回って王子のところまでなんて……。どうせ、間に合いやしませんて」

「それでも行きなさい! あたしは挟撃部隊に加勢してくる。残った人たちは、石投げを続けるのよ、いいわね!」


 今出せる指示なんてこれぐらい。

 あたし一人が加勢したところで、挟撃部隊の危機を救えるとは思えない。

 でもやっぱり、屋上で指をくわえて見ているわけにはいかなかった。

 だってこの戦いは、魔力絶対主義との戦い。その根絶の第一歩目。絶対に勝たなきゃいけないから……。


「――ナデシコ王女を悲しませた恨み! このモリカドカズラが、絶対許さないんだから!」


 念のためにと支給されていた簡易防魔服。まさか役に立つなんて。

 急いで建物の階段を駆け下り、一階へ。そして非常用の隠し扉を開けて、道へと飛び出した。


「うおーー!」

「させねえぞ!」


 飛び込んだのは挟撃部隊の真っ只中。

 前後を国王軍に囲まれ、挟み撃ちに遭っている真っ最中。

 そこかしこでは、つばぜり合いが繰り広げられている。


「みんな、落ち着いて! こっちだって人数はいるんだから、東隊と西隊の二手に分かれるわよ。そして、道幅いっぱいに広がって囲まれないように!」


 戦力を分断されて、国王軍を押し込む余裕なんてない。

 むしろ押し込まれてるのは、こっちの方。この挟撃部隊が壊滅したら、今回の作戦は失敗に終わるかもしれない……。


「ここが踏ん張りどころよ! 気合を見せて! 押し返さないと、囲まれるわよ!」

「そうはいっても、もう限界ですよ……」

「こんなはずじゃなかったのに……。作戦が、作戦が失敗だったんだー」


 隊員の士気は、急速に低下中。

 国王軍は東に三千、西に二千。そしてこの挟撃部隊は千名。

 上から見ても圧倒的不利だったのに、増援の終点が見えないここでは、希望も見えてこない。


(父さんぐらい強かったら……。この場面でも、形勢逆転できるのかな……?)


 弱気な感情がムクムクと顔を出す。

 だけど、すがりたい父は、国王軍三千人の先。

 そして王子は、さらにずっと先。伝令だって、到着しているかすら怪しい。

 周囲の隊員も、膝を折る者が増えだした。一人、二人と戦線から離脱していく隊員たち。このままでは戦線は決壊してしまう。


「痛っ……」


 死角に回りこまれ、国王軍の太刀が二の腕を掠める。

 あたしの簡易防魔服にも、血統魔法をかけてもらったはずなのになぜ?

 だがそれは簡単な話。何のことはない魔力切れ。

 魔力補充する隙すら与えてもらえなかったせいで、いつの間にか蓄積魔力が尽きていたみたいだ。

 この最悪の状況下で、身を守る術も失ってしまった。

 周囲は五千の軍勢、絶対絶命の危機。せめて最後まで、勇敢に振舞わなきゃ……。




「――ごめんね……。あたし一人が加わっても、何の役にも立てなかった。でも絶対に、魔力絶対主義を滅ぼしてよね、王子……」

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