第8章 決戦の時 3

 ――プァーーン! プァッ、プァッ、プァーン!


 命を落とす覚悟をしたそのとき、けたたましい音が橋の方から鳴り響いた。

 この音は……。聞いたことはあるけど、この世界では初めて。

 間違いない、これは車のクラクション。外界に慣れていない頃、道の真ん中を歩いていて、何度も鳴らされたっけ。

 でも、どうしてこの音が、今ここで?

 不思議に思っていると、王国軍の増援部隊の攻撃が止む。

 そして、道の右端が突如開けた。


「ヘイ、ヘイ、ヘーイ! ユウ様のお通りっス! 道を空けないと、容赦なく轢き殺すっスよ!」


 クラクションを鳴らしながら現れたのは、ユウノスケの運転する大きな自動車。どうしてこの世界に、こんなものが……。

 呆気に取られたが、呆然としているのはあたしだけじゃない。

 むしろ、自走する鉄の塊に手を焼いているのは国王軍。

 必死に魔法で抵抗しているようだけど、そんなものは無意味。だって外界製の自動車には、クローヌなんて含まれちゃいないんだから。

 そのまま向かってきた車は、挟撃部隊の真っ只中で停止。開いたドアから続々と援軍が降りて、部隊に加勢を始めた。


「ちょっと、ユウノスケ。一体何なのよ、これ」

「マイクロバスっスよ。レンタカーで借りてきちゃったっス。そして、みんなを乗っけて、界門に突っ込んで帰って来たっス」


 そういえば今日は、外界からこちらへ向けた界門が開く日。作戦のことばかり考えていて、気にもしてなかった。

 だけどユウノスケはそれに気づいて、昨夜の打ち合わせにも参加しないで、モリカドの魔法で外界に渡った。そして援軍を引き連れて、界門を使って帰ってきたというわけね。


「やるじゃない、ユウノスケ。お手柄よ」

「カズラ様! 道ができたっス。さあ、一気に最後方へ向けて突破するっス」


 ユウノスケが景気付けにクラクションを鳴らすと、その音に怯む国王軍。

 依然、国王軍に取り囲まれていることに変わりはないけど、車が通ることでできた隙間に挟撃部隊が流れ込む。

 東西の国王軍から挟まれていた状態から、壁に沿った縦長の隊形へ。

 援軍の助力もあって、少しずつ西へと進軍。

 なんて心強い援軍だろう。完全に国王軍を押し返してる……。


「相変わらずのお転婆ぶりだな、カズの娘よ。私を覚えているか?」


 援軍を率いているらしい男から、突然声が掛かる。

 その顔を見たら、援軍の心強さも腑に落ちた。


「ミッキー!」

「こら! その呼び方はやめろ。だが私が来たからには、もう大丈夫だ。さあお前たち、みんなを最後尾へと連れて行くぞ!」


 道理で強いはず。隊長の名は『モリカドミツキ』、そして助けられたのは二回目。あの神社での戦いぶりを、思い出さずにはいられない。

 この上なく心強い精鋭部隊の出現で、いやが上にも士気は急上昇。

 さっきまで心が折れかけていた挟撃部隊の隊員たちの目にも、希望の光が灯る。


 ミッキーたちに援護されつつ、挟撃部隊は最後尾を目指して西へ。

 そこには、ユウノスケが運転していたほどではないけど、大きな車がもう一台。そっちに乗っていた援軍とも合流し、完全に態勢を立て直した。

 自動車を運転できる人が、ユウノスケの他にもいたなんて……。


「久しぶりね! カズラちゃん」

「しゅ、主任さん……」

「運転手が足りないっていうから、あたしも来ちゃった。てへ」


 思いがけない主任との再会に、つい涙が溢れる。

 全然関係ない世界の、権力争いに駆けつけてくれるなんて……。

 俄然力がみなぎり、隊長でもないのに挟撃部隊の隊員たちに檄を飛ばす。


「さあ、一気に国王軍を蹴散らして、この包囲網を突破するわよ!」

「おー!」

「あたしもこのハンドルさばきで、カズラちゃんの援護しちゃうわよー」


 クラクションを鳴らしながら、バックを始める主任の運転する車。

 轢いてしまわない程度のゆっくりとした進み方だけど、国王軍にそれを止める術はない。

 車が下がる度に、道を空ける国王軍。

 なぜ後退しないで道を空けるのか不思議だったけど、それは包囲網を突破したときに、その答えがわかった。


「ちょっとユウノスケ……。これはいったい……」

「これっスか? 撤退されたら厄介っスし、さらに援軍がきてもまずいっスから……思い切って橋を落としたっス」


 石造りの頑丈な橋だったのに、見るも無残な姿。

 魔法で壊したのか、それとも爆薬でもつかったのか。

 長い目で見たら後々困りそうだけど、今は考えないでおこう。


「みんな! 思わぬ時間を取られたけど、これで振り出しに戻したわ。最後尾から改めて当初の目的、国王軍の挟み撃ちに行くわよ!」

「おっしゃー! いくぜー!」

「お返ししてやらねえと、気が済まねえぞ!」


 再び隊員の士気も戻った。

 あたしの仕事は投擲部隊だったけど、こうなったらこのままここに加勢しよう。国王軍を追い立てることには変わりがないし……。


「カズラちゃん、乗って! 一緒に行きましょう」


 主任の車の助手席に乗り込む。でも、この席はなんだか縁起が悪いような……。

 今度は車が二台に強力な援軍も得て、戦力は大幅増強。

 クラクションをやかましく鳴らしながら、遅れを取り戻すように激しく追い立てていく。


 さっきまでとは打って変わって、爽快な気分。

 高まる気分に窓を開け、そこから身を乗り出す。

 この道の先には王子が。彼も今必死に、作戦の遂行に尽力しているだろう。

 ここで叫んだところで声なんて届かないけど、つい叫ばずにはいられなかった。




「――こっちはなんとかなったわ。きっちり追い立ててあげるから、あんたもしっかりやりなさいよね、王子!」

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