第8章 決戦の時 4

「――なんか問題でも発生しやがったのか?」


 装甲車の中で、会長が心配そうな声をあげる。

 ちょっと前までは、ちっとも国王軍が進んでこなかった。

 それが一転、また進軍を始めたと思ったら、今まで以上の速度。


 国王軍への挑発を兼ねて、装甲車から身を乗り出して前方をうかがう。

 だが、装甲車は右折済み。既に北大通りに入っているため、建物の陰になって挟撃部隊の様子は見えない。

 何事もなければいいのだが……。


「また国王軍も動き出しましたし、当初の予定通りすすめましょうか」

「そうだな。わからねえことを、うじうじ考えてても仕方ねえや。おう、ロク! もうちっと速く進んでくれるか?」


 国王軍の進軍速度にあわせて後退。

 付かず離れずで、少しずつ押されての後退を演出する。

 あからさまな撤退をしてしまうと、国王軍に罠の存在を気付かれ兼ねないからだ。


 ここまでずっと一人で、装甲車を引き続けているロク。

 隊員たちが後ずさりする速度だから決して速くはないが、この車の重さは相当なものだ。

 しかも、徐々に国王軍の進軍速度も上がり、体力も少し心配になってくる。

 まだまだ目的地の中央広場までは、二百メートルは残っているというのに……。


「大丈夫ですか? ロクさん」

「任せてくれ、王子を置いて逃げ出したりしねえからよ」

「じゃあすみませんが、今の速さを維持してください」

「おう、わかった!」


 冗談を織り交ぜる余裕はあるみたいだが、明らかに疲れも見える。

 さっきまでは振り返りながら笑顔を見せていたが、もうそこまでの余裕はないようだ。


 さらに、国王軍の進軍速度が増す。

 同じ速さで走っていたはずの装甲車は、今やそれよりも遅い。

 最後尾にいたはずなのに、その速度差のせいで、徐々に防衛部隊の中に飲み込まれていく。

 そして前線の方から聞こえてくるのは、防衛隊員たちの弱気な声。


「俺はもうやめたぁ!」

「こんなん、勝てるわけねえよ!」

「助けてくれ! もう勘弁してくれ!」


 一人、また一人と、敗走していく隊員。

 装甲車の前にいた五千近くの隊員は、今や二千ほど。

 ということは後ろには三千……と言いたいところだが、装甲車よりも後ろは一目散に駆け出していく隊員ばかり。

 単純に、五千いた隊員が二千になった状況だ。


 これだけ前方が逼迫ひっぱくしてくると、敵の最前線も近く、敵兵の声も耳に届く。

 形勢有利と見たのか、その中には軍を率いる将と思しき人物も。


「王子はそこだ! いいか、王子は絶対に生け捕りだ! 他は殺しても構わん!」


 僕の姿を捉えたことで、敵の最前線の士気がぐんぐん高まるのがわかる。

 対照的に声もなくなった防衛隊員たち。戦線の離脱が相次ぐ。

 早まっていく国王軍の進軍速度。

 速度が落ちる装甲車。

 その前を守る隊員は、数えられそうにまばらになってきた。

 聞こえてくる敵兵の声も、徐々に辛辣なものへと変わっていく。


「殺しはしませんが、痛い思いさせたらすいませんね、王子」

「百万の報奨金は俺のもんだ!」

「もういい加減諦めたらどうです? 王子」


 迫る国王軍、維持が困難になってきた戦線。

 中央広場まではあと五十メートルほど。


「――退却だ! 走れ、ロク!」


 最後の力を振り絞り、全力疾走するロク。

 だが僕には報奨金が掛けられているらしく、目の色を変えて追いかけてくる敵兵。


「待てよ! おとなしく捕まりやがれ!」

「逃げても無駄だぞ!」


 中央広場までもつれ込む、追いかけっこ。

 広場の南端にロクが達したところで、それは終わりを迎えた。


「袋のネズミですね、王子」

「観念してください。もう逃げ場はないですよ」


 僕が血統魔法を発動しているため捕えることはできないが、追い詰めたという安心感から、余裕の表情を見せ始める国王軍の兵たち。

 そうしている間にも、後から後から国王軍の軍勢が広場へと流れ込んでくる。

 僕を捕らえようとする国王軍によって、中央広場は埋め尽くされていった。



 やがて、最後尾に位置していた挟撃部隊が中央広場になだれ込み、北大通りの通路を塞ぐ。

 そしてなぜか、マイクロバスと大きめのワゴン車までも。一体どこからきたっていうんだ、あんなもの……。

 だがそれはつまり、全ての国王軍を広場に追い込んだということ。

 僕たちが脱兎の如く撤退したため、こうなるまでにそう時間はかからなかった。


「さあ、王子。根競べはやめて、おとなしくお縄についてもらいましょうか」

「まだそんなことを言ってるんですか? 後の方々はもう気付いてるみたいですよ」


 その言葉に後を振り返る、国王軍の将。

 やっと事態に気付いたらしく、顔を青ざめさせながら周囲を見回す。

 そう、まんまと罠にはまった、ネズミの大群だ。


 隊員たちに敗走させたのは、一足早く広場に戻し、壁沿いに人垣を築くため。

 その際の弱気な言葉の数々も、国王軍を調子づかせて、油断を誘うため。

 油断をすると、周りが見えなくなるもの。その証拠に、勢いに任せてここに誘い込まれた最前線の兵たちは、今の今まで罠に気付いていなかった。

 後は挟撃部隊によって次々と広場に押し込まれ、退路を塞がれた国王軍。


 今、すべての国王軍は中央広場に押し込められた。

 そしてそれを、ぐるりと取り囲む防衛部隊。全員が腕を組み、繋がった輪となる。

 僕は一度血統魔法を解除し、その人々の輪の中に入る。

 そして発動する、血統魔法……。


「さあ、袋のネズミはどっちですかね?」


 何ものも寄せ付けない人の輪。少しずつ、その輪を狭めていく。

 中には剣を抜き、抗ってみせる者もいたが、血統魔法は万物を跳ね返す。

 ここにいる国王軍全てを、完全に包囲した。


「くそ……。屈しはせん! 身体が動くうちは、最後まで抗ってみせる!」


 敵ながらあっぱれな、将の言葉。

 だが、その言葉を打ち砕くように、最後の罠を発動させる。

 すると、次々膝を折り始める国王軍。

 逃げようにも周囲は取り囲まれ、逃げ場なし。

 力強い言葉を放った将さえも、瞬く間に力尽きた。


 最後の罠の正体は広場の石畳。国王軍の軍勢が立つその場所には、クロルツを混ぜた塗装が施してある。

 そこに対して発動させたのは、魔力を吸収する魔法。

 みるみるうちに足元から魔力を奪われ、枯渇した者から順に、地に膝を突いたというわけだ。




 ――立ち上がれなくなった国王軍。その五千の兵、全ての身柄の拘束に成功した。

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