第9章 余韻の時間

第9章 余韻の時間 1

「――みんな、ありがとう! そして、勝利おめでとう!」


 ユウノスケが気を利かせて持ってきた拡声器で、昨日と同じ三階の防衛本部から民衆に呼びかける。

 その声に、狂喜乱舞の民衆たち。

 対照的に広場中央では、ぐったりとした捕虜の国王軍たち。

 そんな非日常的な空間の中で、ここ数日進めてきた計画を、大々的に発表する。


「僕は決めた! ここシータウに、新しい国を作る。そう、シータウ共和国の建国だ。この国は自由、そして平等だ!」


 さらに盛り上がる民衆。

 言葉の内容で盛り上がっているというよりも、雰囲気で騒いでいる気がしないでもないが、気にせず演説を進める。


「魔力がないからといって、虐げられることはない。だからといって、魔力を禁じることもない。魔法は魔法として、有効に活用すればいい。

 魔力を持つ者は魔法を、腕力があるものはその力を、知恵を活かそうとする者はその頭脳を、みんなそれぞれに発揮して国のために役立ててくれればいい。

 その能力の活かし方に、優劣などない!」


 騒ぎ続ける民衆に向けて、理想を掲げてみせる。

 もちろん、そう簡単に事が運ぶとは思えない。僕が生まれ育った世界でさえ、掲げた理想を完全に実現できている国などないからだ。

 それでもなお、民衆に自由を訴えかける。魔力絶対主義の根絶は譲れない。


「そして捕虜の処遇だが……。無条件で解放しようと思う!」


 一転、ブーイングの嵐。

 不満を口々に叫んでいる声が、ここまで届いてくる。


「国王軍は国王の番犬だぞ! 同罪だ!」

「魔力を笠に着る、役人共には制裁を!」

「こいつらを人質に取って、多額の賠償金をふんだくるべきだ!」


 シータウ市民が味わってきた屈辱を思えば、当然の感情。

 僕が味わった思いなど、彼らの前ではただの笑い話。

 だが排他的な感情だけでは、周囲に敵を作る一方だ。


「彼らは国王に忠実に従っただけのこと。彼ら一人一人が、この街を滅ぼしたいと思っているわけではない。憎むべきは指示したもの、つまり国王だ。彼らには罪はない」


 拡声器のお陰で、騒然としていた中でも声が通る。

 僕の言葉に納得したわけではないだろうが、ブーイングは収まりをみせた。


「だから、帰りたいものは帰るがいい、国王軍の兵たちよ。ただし、武器と防具はこの場に置いて。

 そして、この国に住みたいというのなら、喜んで迎え入れよう。呼び寄せたい家族がいるのなら、その者も含めて」


 国王軍兵士の反応も様々。

 顔を上げ興味深く耳を傾ける者、疲労困憊ひろうこんぱいで顔を上げる気力さえない者、敗北の屈辱に打ちひしがれ続ける者……。

 きっと、ほとんどの者は帰っていくだろう。だが、去るものは追わずだ。


「もちろんこのシータウ共和国が国として認められる日は遠い。

 この先、国王からの本格的な侵攻にも遭うだろう。

 だが、自由を勝ち取るために共に戦おう。シータウ国民たちよ!」


 無事言葉を締めくくり、演説を終える。

 と同時に、ひときわ大きい歓声が、広場全体から沸き起こった。

 抱き合って喜ぶ市民、笑顔でこちらに向かって手を振る市民、何やら手を合わせて拝んでいる市民……。


 今日の勝利は、本当の勝利ではない。

 ここまで用意周到な反乱を起こすとは思っていない国王軍に対して、奇襲が見事にはまっただけのこと。

 でも今日ぐらいは素直に、互いの健闘を讃え合い、共に喜んでも良いだろう。


 結局、居残った国王軍の兵士は五百人ほど。わずか一割。

 懇願したり、強制して残らせても意味がない。だが自由を与えてなお、この地に留まった彼らは、れっきとしたシータウ市民、いや国民だ。


 今日帰した兵士だって無意味じゃない。

 シータウ共和国の建国は、彼らによって広められる。

 噂は噂を呼び、魔力絶対主義に異を唱える者たちの耳に届く。

 志を同じくした人々がここに集結したときこそ、ヒーズル王国の世論を二分する本当の戦いが始まる。




 ――今はその時を迎えるまで、建国したばかりのこの小さな国を守り続けよう。

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