第9章 余韻の時間 2
「――良くやってくれたぜ、王子さんよ。いや、シータウ国王か……。これから先も、みんなのことよろしく頼んだぜ」
防衛本部で開かれている、ささやかな打ち上げパーティ。
その冒頭、会長からねぎらいの言葉をいただいたが、根本的なところが間違っている。建国したのは共和国。王などいない。
それに代表者は選挙で選ぶ。だから僕だって、正確に言えば一般市民だ。
しかし、窓の外に見える中央広場で騒ぎに興じる人々も、認識はこの程度のはず。
だから軌道に乗るまでは、ここにいるメンバーで暫定政権の樹立が必要不可欠だ。
「共和国は、王国と違って王様がいないんですよ。まずはそこからですね」
「王様なしで、どうやって国をまとめ上げんだ? まあ、今は難しい話は抜きにして、まずは祝おうや! 乾杯!」
正直なところ、今は騒いでいる場合ではない。
国王の名を冠する五千の兵を、たった一つの街で撃退した。
となれば、プライドを傷つけられた国王が、すぐさま挙兵して再侵攻を仕掛けてもおかしくない。
だが、一人息巻いても撃退は不可能。今日のところは、流れに任せるしかない。
「当面は、ここにいるみんなに大臣になってもらって、それぞれの指揮を執ってもらおうと思ってます」
「大臣? 俺たちが? 何やったらいいかなんて、全然わかんねえぞ」
「もちろん土台が出来上がったら、広く国民の中から才覚のある人を登用していきますけどね」
「確かに国を作るとなると、今まで王宮に任せてたことを全て、我々自身でやらないといけないわけじゃな……」
町内会長の中でも理解のある者、ない者様々。
そういう自分自身だって、社会科の授業でやった程度の知識しかない。
こんなことなら、政治経済をもっと勉強しておくんだったと後悔しても後の祭り。
「大臣て、どんなお仕事があるんでしょう? 兄さま」
「えーっと、防衛大臣、財務大臣、経済産業大臣……それから、国土交通大臣って、これは必要ないか……」
「総務大臣、法務大臣、外務大臣、文部科学大臣、厚生労働大臣、農林水産大臣、環境大臣、大臣だったらこんなとこじゃない?」
スラスラと列挙される日本の大臣たち。
さすが現役学生の詩音。
「この世界じゃやることなさそうな大臣も、随分混ざってんな」
「そのまま持ってくるんじゃなくて、この国に必要なものを考えた方がいいんじゃないの? 山王子くん」
「確かにそうですね。この世界だと、魔法大臣とかあってもよさそうだし……」
日本の仕組みを、そのまま持ち込んでも機能するはずがない。
この世界に合った政府を作り上げる。そんな大仕事が、僕にできるんだろうか。
さっき偉そうに演説したことを、今更ながらに少し後悔する。
「兄さま、そこはヒーズル王国の制度を参考にしてもいいじゃないですか。そこから、自分たちなりに改良を加えていけば」
「そうよ、王子一人で抱え込む必要はないんだから。そもそも、これからは何事も話し合いで決めるって言ったのは、王子じゃないのよ」
一本取られた。カズラの言う通りだ。
僕が考えて決めていたら、それは僕の独裁政権じゃないか。
「じゃあ、どんな政府を作り上げるかは、明日から話し合うってことで。とにかく大臣をやってもらう件は、よろしくお願いしますよ。みなさん」
「大臣っスか。なんだか、貴族にでもなった気分っスね。あ、でも王子、しばらくお暇をもらっていいっスか? 次の界門が開くまで、外界に行ってきたいっス」
「なに、浮かれてんだか。そうだ、あんたを外界大臣に任命するわ。そのままずっと、外界を見張ってなさい」
「そんな……むごいっス」
今は、国王を完全に敵に回して、基盤を固めなくてはいけない大事な時期。
信頼のおける人物は、一人でも多く手元に置いておきたいところだ。
でも個人の事情があるなら、それも尊重したい。そして、外界に行くつもりだというなら、ちょうど頼みたいこともある。
「それならユウノスケさんに、ついでのお願いがあるんですが……」
「なんスか? 改まって。何でも言って欲しいっス」
「それじゃ、ケンゴさんと詩音さん、それに主任を外界に送り届けてもらってもいいですか?」
「そんなことっスか。お安い御用っス。みなさん、いつお帰りになるっスか?」
日本から来ているみんなも、貴重な戦力だった。
特に、今回の国王軍の撃退は、ケンゴの技術力のお陰といっても過言ではない。
帰られてしまっては、戦力の大幅ダウンは確実。
だが十年来の悲願だったケンゴの帰国は、叶えてやらないわけにはいかない。
「それなんだがな……。詩音と話し合ったんだが、もうしばらくこっちに居たいって言うんだよ」
「詩音ちゃん、本当にそれでいいの?」
「今はまだ、あの家には帰りたくなくて……。それに、大臣になったお父さんも見てみたいじゃない? 戦ってるお父さんかっこよかったし」
「え、そうかぁ? かっこよかったか? そうか、そうか、照れるなあ」
確かに日本に帰っても、ケンゴに帰る場所はない。
しかも、最愛の奥さんは再婚済み。
さらに娘がそばにいて、声援を送ってくれるとあれば、帰国の見送りも当然か。
ケンゴには防衛大臣として、引き続き活躍してもらうとしよう。
「主任はいつ帰ります? 会社もそうそう休めないでしょうし」
「頼りない部下が、暫定とはいえ国を治めるなんて、心配で帰れるわけないじゃないの。日本の大臣の名前すら言えないんだもの」
「えー、そんな……」
「なに? いたらまずいの?」
「いえ、残ってくれるのはとても嬉しいんですが、主任は永遠に頭の上がらない上司だなーと思って……」
サラリーマンになった僕に、社会の常識を教えてくれたのは主任。
そして、ことある毎に盾になって、かばってくれたのも主任。
僕にとっては大恩人、一生頭が上がらない。
そんな第二の教師だった主任の適役は、文部科学大臣だろうか。
「なーんだ、結局誰も帰らないんスね。それじゃ明日にでも、おいらは外界に行ってくるっス。お土産は今晩中に考えておいてくださいっス」
「あ、あたし名義で借りたレンタカーのワゴン車。あれだけ返しておいて欲しいんだけど……」
「あれ、傷だらけじゃないっスか……。保険効かないっスよ、あれ。それにそもそも、あんなに大きいものまで魔法で飛ばせるんスかね……」
主任とユウノスケ。確か、僕の送別会の後でユウノスケがナンパして知り合ったんだっけ。
あの憎めない性格に、親しみやすい振る舞い。
カズラが任命した外界大臣というのも、まんざらでもないかもしれない。
「アヤメさん、口数少ないけど大丈夫ですか?」
「だってぇ、お料理は美味しいしぃ、お酒も美味しいんだものぉ。今日はたっぷり英気を養ってぇ、また明日からしごいてあげるわよぉ、王子ぃ」
今日は目立った役割はなかったものの、準備期間中は大活躍だったアヤメ。
僕の魔法特訓の相手に、魔力電池の補充、ケンゴの魔法の研究の実験台等々……。
やはり元魔法教官だけあって、教え方はバッチリだった。
適任は文部科学大臣、いや文部魔法大臣といったところか。
「あたしだって、しごいてあげるわよ。王子に回し蹴りを決めると、スカッとするのよね」
「兄さま、私もしごいて差し上げます。あんな汚い字ではこの先恥をかきますから」
「みなさん、お手柔らかにお願いしますよ……」
笑いの絶えない祝賀会。
外は外で人々の楽しそうな笑い声が、三階のここまで聞こえてくる。
つかの間の平和とはいえ、建国を宣言して良かったと感じられる瞬間だ。
「宴もたけなわだが、そろそろお開きとしようか。最後に締めの言葉はもちろん、王子。頼むぜ!」
「景気良いやつ、一発頼むわ」
「かっこいいこと言おうなんて考えると、滑るわよ」
「兄さま、頑張ってください」
「じゃぁ、手短に一つ……」
みんなの期待感いっぱいの視線が集まる。
僕は大きく息を吸って、窓の外にも聞こえるほどの大声で叫ぶ。
「シータウ共和国に栄光あれ!!」
たった一枚のメモから始まった。出会い、別れ、また出会い……。
僕を含めた誰一人が欠けても、辿り着くことのなかった王国からの独立。
これはシータウ共和国という、自分たちの居場所を勝ち取るまでの物語。
そして今度は、その居場所を守る物語へと続いていく……。
~完
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